第17話 王様の焦燥

 香田がPKを決めてリードした日本だったが、終了間際、開催国ドイツに意地の同点ゴールを許し、結果は1対1の引き分けとなった。


 引き分けと云えど、相手は格上の優勝候補ドイツだ。結果だけ見れば上々だっただろう。結果だけ見れば。


 …なんであそこから追い付かれるんだよ!?…と言いたくもなったが、開催国ドイツの意地だろう。その場面でピッチにいなかった俺には文句を言う資格はない。

 でも、日本はこの試合、間違いなく勝てた。勝ち点3と勝ち点1では意味合いが大きく異なる。特に、今回の様な強豪国ばかりが揃った“死のグループ”では。


 そして何より、日本はエースが怪我を負ったのだ。



 チームドクターの診断の結果、左膝は怪我自体は然程重くは無いのだが、それでも、少なくとも一ヶ月は静養するべきだとの診断が下った。


 でも、俺は引き下がらなかった。然程重く無いのなら試合に出ると。


 監督やコーチも、俺の将来を心配して説得してくれるのだが、俺は出ると言い続けた。

 仮に、三日後のナイジェリア戦は出れなくとも、一週間後のアルゼンチン戦にまでは怪我の状態も良くなるハズだと。


 ドイツ戦の悔しさは当然だが、試合に出なければ、どんどん香田に置いて行かれそうな気がしたからかもしれない。


 ドイツ戦。確かにPKのキッカケを作ったのは俺だが、決めたのは香田だ。記録には香田の得点として残るんだ。

 その上、試合全体を通じて香田のプレーはドイツを相手にも一切引けを取らず、一気に世界が注目しただろう。



 負けられないんだ…。タイムスリップ前のアドバンテージまで貰って、これだけ努力してるのに、負けられないんだ!




 ―ナイジェリア戦



 俺不在の日本は、いつにも増して士気が上がっていた。


 権田も、高橋も、内村も、チームメート全員が、勝って決勝トーナメントへの可能性を残したまま、俺をアルゼンチン戦のピッチに立たせるんだと言ってくれたのは純粋に嬉しかった。


 そして香田も…。ナイジェリア戦、一番燃えていたのは香田だったかもしれない。


 ドイツ戦を上回るパフォーマンスを連発し、1得点1アシストを記録。


 日本は苦労しながらも、2対1で難敵ナイジェリアを下したのだ。



 一方、ドイツがアルゼンチンを4対3と乱戦の末に下していた。



 ―グループリーグ第2節が終了した結果。


 1位ドイツ、1勝1分、勝点4、得失点1、得点5

 2位日 本、1勝1分、勝点4、得失点1、得点3

 3位アルゼ、1勝1敗、勝点3、得失点3、得点7

 4位ナイジ、2敗、勝点0、得失点-5、得点1



 ナイジェリアが最後の意地を見せる可能性もあるだろうが、順当に行けばドイツが勝つだろう。


 となると、日本はアルゼンチン戦、引き分け以上でグループリーグ突破となるが、アルゼンチンは勝たなければいけないので、序盤から本気で来るだろう。





 俺は試合に出る為、左膝の療養をしつつ、ウエイトトレーニングに精を出していた。


「おいおいぃ、大輔、やり過ぎじゃねぇ?もう三時間ぶっ通しだぞ?」


「はぁ!はぁ!…負けられないんだよ…絶対に!」


「……アルゼンチンは確かに強敵だかんなぁ。でも、それよりもお前は負けたくない相手がいるんだろ?」


 俺のトレーニングの手が止まる。と、同時に高橋は俺の隣に座った。


「小学生の頃から、お前はずっと圭司を意識してたもんなぁ。内村も言ってたけど、あの時点では…いや、つい最近まで、お前にとっては圭司はライバルと呼べる存在でも無かっただろ?端から見たらな。

 でも、お前は圭司を意識し続けた。そして、その期待に応える様に、圭司もまた、漸くお前と同じ場所まで昇って来た」


 …高橋。お前にもそう見えるのか?香田が、俺に追い付いたって。


「凄いよなぁ、お前ら。俺達からしてみたら、代表の中でもお前ら二人は完全に別格だもん。間違いなくだよ」


「天才?…俺は天才なんかじゃ無いんだよ、高橋。俺は…」


「“タイムスリップ”だっけ?…昔、お前が言ってた。あの話さ、案外本当だったのかな~って思うんだ」


 俺は驚いて高橋を見る。まだ、覚えてたのか…。


「でもさぁ、タイムスリップしようがしまいが、お前が、そして圭司が、必死に努力してる姿を俺は結構近くで見て来てさ、ヘタなりにも触発されて、俺まで年代別の代表に選ばれてるなんてさ。まるで夢の様じゃん。だって、お前の話だと俺は電気屋継いでたんだろ?」


「……」


「それが年代別の代表に選ばれてさ、実はもう幾つかのプロチームからお誘いも受けてるんだぜ。まぁ、海外のトップクラブから声が掛かってるなんて噂があるお前程じゃ無いけど、夢だったプロサッカー選手になれるんだ。これ、お前がタイムスリップして来てくれたおかげだよな?」


「高橋、俺は…」


「だからさ。なんかお前が色んな物背負ってるのは分かるんだけど、別に良くね?タイムスリップしようがしまいが、お前はさ…なんだから。

 誰と比べてどーだこーだって、そんな事気にしないで良いと思うんだよな」



 高橋の言葉は、俺の心を深く突き刺さった。


 俺は俺で、良い。のか?



 …いや、俺が今歩んでる道は香田が進むべきだった道だ。俺は、香田の人生を大きく変えてしまった。その罪悪感は消える事は無い。


 でも、それ以上に、これだけのアドバンテージを持ってしても、本物の天才である香田には勝てないのかもしれないと云う憤りが大きいんだ。



「高橋…。俺は、俺である為に努力してるんだ。俺が、俺である為に、今も昔も、香田圭司には負けたくないんだ」


「……ま、それも良いか。お前ら本当に不器用で、だよ」


 そう言って、高橋は去って行った。



 高橋は、俺のタイムスリップの話を信じてるのかもしれない。

 だとすれば、ある意味、今の俺はズルいと罵られても仕方がない。


 でも、アイツは変わらず俺の親友でいてくれてるんだ。



「…タイムスリップのせいで、俺はアイツの人生を、変えちまったんだな」


 本来なら、心優しい電気屋の父ちゃんになるハズだった。それも、とても幸せそうな人生だったのに。


 もしかしたら、俺の知らない所で運命が変わった人間はもっといるのかもしれない。



 やっぱり、俺は逃げる訳にはいかない。多くの人間の運命を変えてしまった手前、のうのうと過ごす事なんか許されない。だから…絶対に妥協なんてしてられないんだ。

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