第16話 アクシデント
その後も、香田は華麗なドリブル、鋭いパス、強烈なシュートでドイツを脅かした。
自然と、香田がボールを持つとドイツサポーターでいっぱいの観客からブーイングが起こる。これは、ある意味認められている証拠だ。“この男は脅威”だと。
一方の俺は、ドイツの徹底的なマークに遭い、決定的な仕事をさせてもらえないものの、随所にチャンスを演出してはいる。
でも、前半の香田のプレーに対する対抗心と、徹底マークによって段々イライラが募っていた。
―後半20分
一進一退の攻防が続くが、未だ0対0。
開催国であり、優勝候補でもあるドイツの不甲斐ない戦いぶりに、味方であるハズの観客からもブーイングが出始める。
「なあ…」
ボールがタッチを割ったタイミングで、香田が俺に話し掛けて来た。
「…なんだ?」
少し苛立たし気な俺の返事に、香田が少し驚いた表情を見せる。
「いや、らしくねーんじゃないかと思ってな…」
それだけ言って去って行く香田。なんだってんだよ。
「おーい、大輔ぇ!表情固いって!」
すると、今度は高橋が寄って来た。
「ああ?」
「うおっ!?睨むなよ!確かにお前はドイツに警戒されて徹底マークされてるからストレスが溜まるのは分かるけど、そんな怖い顔すんなよ。
大輔はさ、いつでも余裕で、堂々としててくれないと。いつもそうだろ?お前は日本の王様なんだから」
言われて、気付く。俺の表情が、感情に釣られて悲観的…というより怒りに変わっていた事を。
「圭司もさ、お前がそんな顔してたから不安そうにしてるぞ。なんだかんだでお前を信用して期待してるのは俺達もアイツも同じなんだから」
アイツが不安に?…そうか。遂に、哀れまれる程になっちまったのか、俺は。
…そうだな。確かに香田の成長には焦っている。自分の中のネガティブな感情は消えていない。むしろ、前半のプレーで更に強くなった。
でも、俺はまだ負けてない。負けたくない。その気持ちは、俺の雑念を振り払った気がした。
哀れみ?だったら、そんな感情を打ち消させる程のプレーを見せればいい。俺は、王様なんだから!
―後半30分。
ドイツの猛攻が続く。日本は俺一人を前線に残し、全員で守備に回る。
ドイツも必死だ。まさか、格下と思っていた日本相手に、開幕戦でここまで苦戦を強いられるとは思っていなかったのだろう。
俺へのマーク一人を残し、総攻撃を仕掛けたのだ。
隣を見ると、ドイツのセンターバック・3番のボアテックも、攻撃に参加したそうにしている。
前半、あのワンプレー以降は、俺はコイツに徹底マークされているが、何度も好機を演出している。俺をフリーにする事の危険度は重々承知してるハズだ。
後半も残り僅か。俺はここ数分、意図的に行動を制限している。それは、相対するボアテックにしてみれば、疲労から俺の運動量が落ちたと思ってもおかしくはないだろう。今の俺を、俺の限界だと見切りを付けていたとすれば…まだチャンスはある。
日本ゴール前、乱戦からのこぼれ球が香田に渡る。ドイツの選手が直ぐに寄せて来るので、まともなパスは出せないだろう。
「前だ!前に寄越せ!」
そう叫ぶと、香田は一瞬だけ俺と目が合い、苦し紛れのパスを前線に蹴り出す。ほぼ只のクリアボールだが、俺は自らそのボールを取りに行き、前を向く。
目の前にはボアテック一人。一定の間合いでマークしている。
俺が常に意識している事。それは
ワンタッチでボールを前方に蹴り出すと、一気にボアテックの横をすり抜ける。作戦成功!やっぱり疲労でヘロヘロだと思ってたみたいだな。表情が「騙された!」って顔だ!
千載一遇のチャンス!前方には誰もいない!
一気にドイツ陣内に切り込み、途中から蹴り出しの短いドリブルに切り換える。
その分、戻ってきたドイツディフェンスに追い付かれるが、蹴り出しが大きければそのタイミングを狙ってネイヤーが飛び出してくるから。
二人が俺と並走する。だが、スピードに乗っているので、簡単には止められないだろう。
ペナルティーエリア付近、前方にはネイヤー。両サイドもディフェンダーに挟まれてるが、俺はもう一段階スピードを上げる為、ネイヤーの手の届かない場所にボールを蹴り出し、更に加速する!
振り切った!…と、思った次の瞬間!相手ディフェンダーに足を蹴られ、思い切り転倒してしまった。
ホイッスルが鳴る。審判は…ペナルティーキックを示した。
沸き上がる大歓声とドイツサポーターの悲鳴。俺を引っ掻けたディフェンダーにはレッドカードが出されて一発退場。
味方が俺に集まってくる。本当は華麗に得点を決めたかったんだけどな。
ペナルティーキックは、練習でも常に俺が蹴っていた。プレッシャーが掛かる中だが、やるしかない……あれ?
……左膝が……
「ぐああぁっ!?」
痛い!猛烈に!相手に蹴られた箇所だろうか?思わず悶えてしまう程に痛い。
チームメートが心配そうに俺を囲み、担架がやって来た。
ちょっと待って、俺はPKを蹴るぞ?自分でもぎ取ったチャンスなんだ!
ドイツに勝つ為…そして、まだまだ香田に負けて無い事を証明する為に!
でも、痛みは一向に引いてくれない。
俺はそのまま、喋る事も出来ずに担架で運ばれていった。
ピッチの外で治療を受ける間も、痛みが引かず苦しんでいた。
痛みと悔しさで混濁する中、俺の代わりに香田がPKを決めた。
苦労した上の先制点。決めたのは香田だが、殆んど俺が取った点だ。当然嬉しい。でも、左膝の痛みが俺を不安にさせた。怪我が酷ければ、この後の試合には当然出れないのだから。その間にも、香田は物凄いスピードで俺に迫って来てるのだ。
…歓喜の輪のど真ん中にいる香田を、俺は眺めている事しか出来なかった…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます