第18話 神の子と皇帝

 いよいよグループステージ突破を賭けたアルゼンチン戦の日を迎えた。


 怪我の回復具合はそれほど悪く無い。無理をすれば出れない事は無い位には回復したはずだ。


 なのに、スターティングメンバーに、俺の名は無かった。



「日向は大事をとってベンチスタートだが、状況次第では出てもらう」


 “西田監督”の言葉に、俺は力なく頷く事しか出来なかった。


「ベンチから出来る仕事もある。キャプテンとして、自分が今何をすべきかを考えろ」


「…分かりました」


 感情は複雑だ。でも、監督の言う事はもっともで、俺はチームのキャプテンでもある。

 暗い顔ばかりもしていられない。控えでも、チームを鼓舞する事は出来る。よーし!



「いいか!引き分け以上ならグループステージは突破だ。でも、アルゼンチンは狙って引き分けに出来る様な相手じゃない!最後まで全力で勝ちに行こう!」


「「オウッ!」」



「流石王様。場が締まるねぇ」


「一応キャプテンだからな。やれる事があるならやらないとな」




 ―いよいよキックオフが目前に迫っていた。


 ピッチにはミッシが、若かりし頃の姿で立っている。ミッシなんて俺からすればもう雲の上の存在過ぎて、対戦相手として見れない大物だった。これまでの年代別の代表戦でも、巡り合わせの関係で今回が初対戦だし。


 でも、今は違うハズだ。ミッシは現段階で既にバルセロナのトップチームで試合に出てるが、実は俺にもバルセロナから声が掛かっている。まだ内密なのだが。



 ―ピッチ上。ミッシが香田に話し掛けていた。


「やあ、確か…コーダだね!ドイツ戦とナイジェリア戦でのプレー見たよ。凄かったね。あ…英語なら喋れるよな?」


「…ああ。アンタも、ドイツ戦とナイジェリア戦の両方でハットトリックを決めるなんて、流石“ドラマーナの再来”と呼ばれるだけあるな」



「まあね。ハットトリックしたのに試合に負けてたら意味無いんだけどね。で、やっぱりヒューガはベンチか。怪我は酷いのかい?」


「大した事は無いさ」


「そう?良かった~。彼とは今まで縁がなかったからさぁ、今日は期待してたんだ。それに、もしかしたら来シーズンからチームメートになるかもしれないからね」


「なに?バルセロナでか?」


「おっと、これはまだ内緒だったっけ。まあ、彼にはレアルや他の国の強豪チームも目を付けてるらしいからどうなるか分からないけど。…でも、ヒューガは調子が悪かったのかもだけど、正直ドイツ戦を見た限りだと僕は君の方が上にも見えたけどね」


「………フッ。神の子の目は節穴だったようだな」


「ん?なに?」


「アイツは誰よりもゴールを決める力を、試合を決める力を持った王様だ。この試合も、必ずアイツは出てくる。舐めてたら痛い目にあうぞ?」


「…ハハッ、そいつは楽しみだ!期待して待つとするよ」


 …そんな会話が行われていた事など知らず、俺はベンチから試合を見守る事しか出来なかった。




 ―前半5分。


 ミッシが良い位置でボールを持つと、日本は二人がマークに付く。これでも万全とは言い難いが、ミッシにはしっかり警戒してる。


「イッツ、ショーターイム」


 細かなボールタッチで一瞬にしてディフェンス二人を振り切る!


「させるか!」


 直ぐに権田がフォローに入る。…が、ミッシならではの細かいボールタッチで権田の背後を抜くと…左足を振り抜いた!


 キーパーが手を伸ばすが届かず…ボールはバーを掠めて外れていった。



「オーウ!もうちょっとだったな!」


 ミッシが悔しそうに天を仰ぐ。だが、まだ余裕の笑みを浮かべていた



「神の子か…。どうやら名前倒れじゃないみたいだな」


「圭司、やっぱミッシってスゲーな」


「ああ。だが、スゲー奴なら日本でいつも見てるだろ?」


「…そうだな!」


「ミッシを倒す。それくらい出来なきゃ、アイツ日向には勝てないからな」




 ―前半10分。



 今度は香田が良い位置でボールを持った。


 アルゼンチンも香田を警戒して、直ぐ様チェックが入る。が、香田は一気にドリブルを仕掛ける。

 マルセイユターンでマークを外すと、ペナルティーエリア付近からミドルシュートを放った。


 ボールは鋭い弾道を描き、ポストに直撃した。



「チッ!」


「へぇ~、やっぱやるねぇ、コーダ」


「次は決める」


「面白い。次、決めるのは僕さ」



 その後、点の取り合いになるかと思われた試合は、お互い守備的な戦いに徹した為、静かな立ち上がりとなった。


 日本は単純に格上のアルゼンチンの攻撃力を警戒した為。そしてアルゼンチンも、ドイツ相手に4失点した為、まず守る事を念頭に置いたのだろう。




 ―そして迎えた前半40分。



 中盤でミッシがボールを持つと、アルゼンチンの前線が一気に動き出す。


 そして、ミッシにマークが集中した瞬間、一本のスルーパスが、アルゼンチンの9番“デービス”に通り、キーパーと一対一に。


 デービスはこれを冷静にゴールに流し込み、アルゼンチンが先制点を上げたのだった。



「やられたか…」


 ミッシは一瞬の隙も見逃さない。パスも、ドリブルも、シュートも、やはり全てが超一流だ。でも…


「ドンマイ!まだ1点だ!直ぐ取り返せる!気を落とすな!」


 俺は、ベンチから叫ぶ事しか出来ない。でも、それしか出来ないなら、それをやるだけだ。



「日向…」


 西田監督が俺に声を掛ける。


「本当は、もう少し様子を見たかったんだが…後半頭から行けるか?」


 行けるかって?そんな事、わざわざ聞くまでも無いだろう。


「…はい。必ず、点を取って来ます」



 この時を待ってたんだ。必ず、ミッシにも、そして香田にも、俺は負けない!

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