第12話 皇帝の意地

 後半、俺達はシステムを通常の戦術に戻した。


 だが、既に世田三の面々は体力が限界を迎え、前半開始当初のキレは無くなっていた。

 当然、世田三以上の運動量で動きまくったウチの体力もかなり疲弊してしまっていた。本来あの戦術は後半になってから行う戦術だったからな。


 結果的に、元々実力的に差があったこの試合は、後半ロスタイムを残して7対2にまで点差が広がっていた。



『さあ、残すはロスタイム2分程でしょうか?やはり東条強い!』


『ですねぇ。正直、東条は全員がレベル高いですネぇ。でも、やっぱり日向君は頭一つ二つ抜けてるネ。この試合も、3得点に2アシストですか。

 彼のプレーはどこか、感じがするヨ。フェイント一つとっても、既存の技なのに少しだけアレンジされてると云うカ…ともかく、将来が楽しみな選手ダネ』



 東条は既に俺を含む主力をベンチに下げているのだが、それでもやはり力の差は歴然で、三中は防戦一方だったのだが…



「まだだ!諦めるな!」


 一人、香田はこの試合通してクオリティの高いプレイは見せていた。

 前半の2点は間違いなく香田の実力を証明するものだったが、それ以降は全国二連覇中のウチのディフェンス陣を突破する事は出来ていなかった。



 ここまで、香田はチームプレーに徹していた気がする。

 タイムスリップ前を知っている俺からすれば、それは成長だと思っていた。でも、こんな劣勢の場面で、個の力で現状を打破するのもまた、香田の魅力だったハズ。


 チームプレーは確かに大事だが、やっぱり勝負する所は勝負する負けん気が無くなってしまったのなら…それは逆に退化してしまったのかもな…。



 もうそろそろ笛も鳴るだろう…。今回もまた、力の差を見せ付けて香田に勝った。そう思っていた次の瞬間、ウチの不用意なパス回しを香田がカットし、高橋がボールをキープすると、あっという間に駈け上がった香田にパスが渡った。



 状況はペナルティエリア前、ボールを持った香田の前には、全国屈指のDF陣が三人。

 俺でもそこからは点を取るのはてこずる状況だ。


 しかし、次の瞬間…俺の目は、香田圭司という一人の天才に奪われた…。



 目で、身体で、足で、あらゆるフェイントで一瞬の隙を突き、ドリブルで三人を置き去りにすると、そのままゴールを決めたのだ。



 …そのプレーを見た時、何故か俺は、タイムスリップ前の初対面のあの日、香田のプレーを初めて見た時の様な感情を抱いてしまった…。



『ゴォーーーーール!世田谷三中、試合終了間際で1点返しました!凄い!なんだ今のドリブルは!』


『まるでマタドールの様だったネ!!ボールが足に吸い付いてるみたいだったヨ!

 凄いね、この年代は!日向君と香田君、この二人は間違いなく日本を代表する選手にナルよ!』



 凄いプレーだった。確かに…。でも、俺でも同じ様なプレーが出来るし、実績も実力も俺の方が遥かに上にいる。


 タイムスリップ前よりも努力してるし、着実にサッカーが巧くなっている自負だってある。


 それでもこの先、アイツはもっともっと巧く、強くなっていくだろう…多分、物凄いスピードで。


 何が退化だ。持ち前の負けん気は健在じゃないか。



 結果は、俺達が全国大会進出を決めた。番狂わせをは起きなかったし、俺の活躍もいつも通り際立っていた。


 でも、今日の試合を見た人達に、最も印象に残ったプレーは?と聞いたら、もしかしたら香田の最後のプレーと答えるかもしれない。



 タイムスリップしてから今まで、俺はこの状況を楽しむようにしてたし、実際楽しかった。


 でも、俺は才能があった訳じゃ無い。ただ、タイムスリップ前で得たアドバンテージがあっただけなのだ。



 “凡才”の俺はいつまで、本物の“天才”のアイツと張り合って行けるのだろう…?



 …この日から、俺はそんな不安に追われる日々を送る事となったのだった…。

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