第5話 全国少年サッカー大会東京地区予選決勝

「よーし、お前ら!遂にこの時が来たぞ!」


 岡田監督の気合いの入った掛け声の下、俺達下高井戸キッカーズは、創設以来初となる都大会決勝の舞台にいた。


 相手は勿論、香田率いる成城FC。



 俺がタイムスリップしてから一ヶ月が経った。


 その間、俺は未来の知識を生かし、チームの大改革に着手した。


 まず、一人一人に広い視野を求めた。小学生はどうしてもボールを目で追ってしまう子が多い。だから、常にルックアップする癖、そして首を振って周りを見る癖を徹底して叩き込んだ。

 それにより、周囲の状況を把握して二手三手先のプレイを想像出来る様になり、ボールの支配率は格段に上がった。


 多分、今なら俺抜きでも、かなりの強豪チームになってると思う。

 それでも、今日の相手は、俺の知る未来では全国制覇を成し遂げた成城FCだ。俺抜きでは勝てない相手だろう。



「いいか!成城FCは10番の香田にボールを集めて来るだろう。香田には常に誰かがマークに付く様に声を掛けて、ボールを持たれたら二枚三枚で止めろ!」


 強豪成城FCの中でも、やはり香田は別格だった。


 タイムスリップ前の香田は、明らかに天才肌で、試合中もどこか気が抜けてる時があった。

 でも、今の香田は違う。常に集中し、全力でプレイしている様に見える。天才が油断しないで本気を出してる姿なんて、凡人にしてみればとんでもない話である。


 でも、今の俺の実力は、軽く香田を凌駕している。正直、個人でもチームでも、負ける可能性は限りなく低いハズ。



「大輔!相手はお前を徹底マークしてくるだろう。その分周りのマークが空くだろうから、基本はどんどんパスを回せ。で、チャンスがあればドリブルで行っても良いぞ。」


「はい!高橋、パス回すから、スペースに走れよ。」


「おう!スピードだけはチーム1だからな!まかせとけ!」


「よし、行くぞ!」


「「オオーッ!!」」




 両チームが整列し、入場を待つ間、隣に並んだ香田は俺を睨んでいた。


 俺と香田は、今大会でもズバ抜けたプレイで注目されていたからか、結構な数の観衆がこの試合を見守っていた。


 中には東条学園スカウトの新間さんの姿も。


 新間さんの話だと、俺の推薦は確定なのだが、香田にもその才能を見込んで推薦の話を持ち掛けたらしいのだ。でも、どうやら俺と同じチームになるのを嫌がり、推薦を断ったらしい。

 内部情報なので絶対に他に言ったら駄目よ…と言われたが、俺が嫌で推薦を蹴ったなんて、ちょっと釈然としないので、試合が終わったら一言言ってやろう。



 両チームの選手がピッチに散り、開始のホイッスルを待つ。キックオフは成城FC。



 ピーッ!



 キックオフと同時に、香田がロングシュートを放って来た!


 そのシュートは鋭い弾道を維持し、クロスバーを掠めてゴールに突き刺さった。


 開始数秒で、俺達は失点を許してしまったのだ。



「オオオオッ!やっぱ成城の10番スゲー!」


「小学生のキック力じゃ無いよ!」


 観客が騒ぐのも分かる。でも、本当に凄いのはキック力じゃ無い。


 小学生のゴールキーパーには、どうしても体格の問題が付きまとう。どんなに横のセービングに長けていても、高くてコースを突いたシュートを打たれると、そもそも身長が低いのでジャンプしても届かない場合がある。

 実際、うちのキーパーは、シュートに対する反応の早さと、前に飛び出すタイミングが絶妙だが、小柄なキーパーだ。


 それを見逃さず、超ロングシュートをゴール高めの隅をしっかり突くコントロールで蹴った事こそが、今のプレイの凄い所だ。



 流石に開始早々の失点は、チームにとってもかなり痛い。でも、そんな状況をなんとかするのが、エースの仕事だ。


「ドンマイドンマイ!俺が直ぐ取り返してやる!」


 チームメイトの表情に少しだけ活気が戻る。俺は、それだけのプレイを今大会を通じて皆に見せて来た。


「そうだな!よし!まだ1点だぁ!気合い入れて行こう!」


 ムードメーカー・高橋が声を掛ける。よーし!まだまだこれからだ!



 試合が再開し、もうすぐ前半15分を過ぎ様としていた。


 1点を挙げた成城は、香田一人を前線に残し、後は引いて守る陣形。

 俺には常にマークが二枚から三枚付き、そもそもパスが貰えない状況が続く。


 コイツら、チームとしてウチと戦う為の準備をかなりして来たな。練習試合で俺に5点取られたのが相当悔しかったんだろう。


 で、俺は開始からまともにボールを触らせてもらって無い訳だが、ただ黙ってマークされていた訳では無い。むしろ、複数のマークが俺に付くのはこちらにとって好都合だった。それに、まだ成城は気付いてないらしい。



 場所によって代わる代わるだが、俺のマークに付いた選手が肩で息をし始めた。まだ、前半も半分しか経ってないと云うのに。


 …そろそろ1点返しておくか。


「高橋!」


 高橋からのパスが俺に渡る。後方、俺の背にはマークが三枚。


「…で、俺を止められるのか?」


 三枚のマーク振り切る為、ドリブルで左右に揺さぶると、15分間俺に振り回されたマーカーの足は疲労から動けず、一気に振り切った。


 スピードに乗ってしまえば最早俺を止められる訳もなく…。


「お返しだ!」


 香田と同じく、ゴール高めの隅にミドルシュートを突き刺した。


 成城のキーパーは小学生にも関わらず身長が170センチを越えていたが、純粋にシュートに反応出来なかった。



「オオオオッ!やっぱ下高井戸の10番はもっとスゲー!」


「小学生のテクニックじゃ無いよ!シュートもスゲエ!」



「クソッ…。俺にボールをくれ!直ぐに点を取り返してやる!」


 香田が焦っているのが分かる。多分気付いたんだろう、俺の狙いに。つまり、これから俺を止める事は出来ないって事に。



 さ、反撃開始だ!

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