第4話三者の思惑

ハンチングを頭にのせ、二メートルもの長さの木刀をもった妖魔が突如現れた。

黒コートに黒ズボン。

白いシャツと顔の肌が白い男だった。

細い目をあけ、あたりを見渡した。

「今日はやけににぎやかだね」

コートの胸ポケットから煙草を取り出し、口にくわえる。勝手に火がつき、妖魔は紫煙をくゆらせた。

「おい、あんた。とんでもないもの呼び出してくれたな」

スーツの男の胸ぐらをつかみ、Q作は言った。

「だって、だって仕方ないだろう」

「夢幻の世界で夢食みに遭遇したら記憶ごと食われるかもしれないんだぞ」

Q作はそう言い、男を床に投げ捨てた。

マミと妖魔から距離をとるため、後方に飛び退いた。

「あなたは誰?」

マミはきいた。

「俺かい。俺の名は貘、夢食み貘さ。夢魔を食らう妖魔さ。あんた、うまそうだ。本能に忠実な欲望が実に言い匂いだ」

そう言い、夢食み貘はコートの袖で口元の涎をぬぐった。

瞬時にマミに接近し、顎さきをつまんだ。

「知ってるか。食うも者もまた、食われるかもしれんのだよ」

と夢食み貘は言った。

言い様のない恐怖がマミの背中をかけなぬける。

考えもしなかった。

自分たちが狩られる側にまわるかもしれないということを。

闇の瞳で夢食み貘をにらみつける。

「いい目だね。ますます食いたくなってきたよ」


シベリアンハスキーが飛びかかる。

その爪と牙で貘を切り刻もうというのだ。

「夢太刀‼️‼️」

貘が叫び、木刀をなでるとそれは銀色に輝きだす。

目を開けていられないほどの輝きだ。

胴を真っ二つにし、犬の血が雨のようにふりそそぐ。

「ヨシヒロくん」

悲痛な叫び声をマミはあげる。

彼女を慕い、愛するものが簡単に死んだ。

人がちいさな虫を殺すぐらいの容易さだ。

吹き飛ぶ肉塊をつかむと夢食み貘はそれをむしゃりむしゃりと食べてしまった。

「いや、やめて」

顔を激しく振り、見苦しくマミはわめいた。

「そいつは無理な相談さ。俺は腹が減ってるんだ。あんただって、嫌がる誰かさんを食っったんだろう。なら、諦めることだな」


「ちょっと邪魔するよ」

そう言い、間に入るのはQ作であった。

「僕も契約不履行はいやなんでね」

手に持っていた文庫本を額にあてる。

「夢幻の扉を開け、ドグラマグラより出でよモヨ子」

空間に木の扉があらわれ、その扉を開け一人の少女が出てきた。

黒いフリルのついたワンピースに同じ色の大きなリボン。

白いソックスに黒い靴。

端正な顔立ちだが、目を開けたまま、まばたきをしない。

じっとQ作の顔をみつめる。

ふふっ彼女は笑う。

「どうするのQ作。夢食み相手は荷が重いよ」

ぷうと頬を膨らませる。

「ごめんよ、かわいいモヨ子。少しの間でいい時間を稼いでくれ」

「かわいいって言った。帰ったらいっぱいかわいがってよ」

「わかったよ」

やれやれとQ作は頬を掻いた。


地面を蹴り、モヨ子は夢食み貘にとびつく。

左腕で貘は払いのけようするが、モヨ子は紙一重でかわした。

逆に腕を掴んだモヨ子は、貘の顔を蹴りあげた。

後方に一歩さがり、貘はその蹴りをかわした。

貘は左腕にまとわりついたモヨ子を思いっきり床に叩きつけた。

床に叩きつけられたモヨ子は空中にバウンドする。

ものの数秒の戦いだった。

それで十分だった。

Q作はラブラドールを肩にかつぎ、空中に舞うモヨ子の体をキャッチすると彼が呼び出した扉めがけて駆け出した。

扉の奥に飛び込む。

彼らが飛び込んだ次の瞬間、扉は跡形もなく消えてしまった。


「はははっ、してやられたな。まあ言い、残りのをいただくとしよう」

そう言い、夢食み貘は太刀を振りかざした。


一歩、一歩とマミたちに近づく。

犬たちの中でシェパードがマミの首を咬むと、ひょいと背中に乗せ、全速力で駆け出した。

ブルドッグとセントバーナードが夢食み貘の体に覆い被さる。

だが、彼らは一秒後には四分五裂にされていた。

「シュウイチくん、ヤスオくん‼️‼️」

悲痛な叫びが遠ざかっていく。

シェパードは役所の自動ドアを破り、世界から脱出した。


ひとしきり食事を終えると夢食み貘は、彼を呼び出した男の前にしゃがみこんだ。

男は不思議に思った。

異様に視界が低い。

何故だかわからないが、手足が毛むくじゃらだ。

「どうも食い足りん」

夢食み貘は、男のぼんのくぼあたりを持ち上げる。

軽々とだ。

男は見た。

夢食み貘の薄い瞳に写る自分の姿を。

仔犬になっていた。

やめてくれ、そう言おうとしたが実際の声はキャンキャンという鳴き声だけだった。

そして、大きく口を開けた夢食み貘の中に吸い込まれていった。












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