第2話五匹の犬

薄暗い商店街に彼女はいた。

すべての店がシャッターをとじている。

空気が湿って、蒸し暑い。

うっすらと汗がマミの白い頬をつたっていく。

少し湿り気のある髪をかきあげると硬い違和感がした。

そっと手でさわるとそれは渦巻き状の角だった。

それが耳の上、頭の左右に存在する。

マミはそれを両手でなでた。

ツルツルとして心地よい。

きょろきょろと周囲を見渡すと、ガラス戸の店があったのでそこにいき、全身を見た。

白い体のラインにぴったりと張り付くようなデザインのドレスを着た自分がいた。

頭には山羊の角が生えていた。

なぜだかはわからないが、不思議と恐怖を感じなかった。

乳歯が抜け、永久歯が生えたような気持ちだった。

なんとはなしに商店街をとぼとぼと歩いていると一匹の犬が足元によってきた。

クウーンクウーンと鼻をならし、犬は頭をこすり付ける。

白いラブラドールレトリバーだった。

その潤んだ瞳をみて彼女は理解した。

「ミツルくんね」

とマミが言うと、ラブラドールは嬉しそうに頷いた。

犬が次々とどこからともなくあらわれ、マミの足元に集まる。

ぶるぶるとたるんだ頬を揺らすブルドッグ。

「シュウイチくんね」

はあはあと喜びの息をもらした。

りんとした眼差しでマミをみつめるシェパード。

「タカシくんね」

とマミは言い、シェパードの頭をなでた。

のそりのそりと大きな体を揺らして歩くセントバーナードがいた。

大きなあくびをしてマミの足元に座る。

「ヤスオくんね」

大きな耳をなでる。

柔らかく心地よい。

背中に両足で立ち、抱きつくのはシベリアンハスキー。銀色の毛並みが美しい。

マミは重さに耐えられず、態勢を崩した。シベリアンハスキーはマミの白い頬をなめる。

「ヨシヒロくんね」

とマミは言った。


ラブラドールがマミのドレスの裾を咬み、引っ張る。シェパードが前に立ち、ゆっくりと歩く。

どこかに誘導しようとしている。

シベリアンハスキーがシェパードの横に移動し、歩みだす。

ブルドッグとセントバーナードはマミのすぐ後ろを歩いた。

背後を守ろうとする意識のあらわれか。

少し歩くと、とある人物に遭遇した。

あの窓口でわめいていた老人だった。


老人の顔には誰でも見ればわかるぐらいの狼狽と恐怖の色がうかがえた。

マミと視線が交差する。

「お、おまえ。区役所の女だな。こ、ここはどこなんだ」

あわてふためき、老人は言った。

その醜態を見て、こんな男に恐怖をかんじていたかと思うと、なんだか、ばからしくなっていた。

うっすらとマミは笑う。

声をださずに、唇だけで笑う。

「おまえ、なんとかしろ」

そう言い、老人はしみだらけの腕でマミにつかみかかろうとした。

すかさずラブラドールが咬みついた。

手首をがぶりと咬む。

ぼとりと手首が地面に落ちた。


うわぁぁっ。


情けない声をあげて、老人は血を撒き散らしながら、地面をのたうちまわった。

それを見て、マミは

「あはははっ」

と自分が思うよりも大きな声で高笑いした。

犬たちが次から次へと老人にとびかかり、咬みつき、肉を引きちぎる。生きた体をただの肉塊へと変えていく。

うるさかった悲鳴もいつしか聞こえなくなっていた。

飛び散った血が数滴、頬についた。

それを指でぬぐい、マミはなめた。

えもいわれぬ濃厚な味わいであった。

あの口汚い老人の血がこれほど美味であるとは。


もっと味わいたい。

もっと口にいれたい。

もっと食べたい。


本能を揺さぶられ、勝手に口から涎が溢れてきた。

それを察したのだろうか、シェパードが片耳を咥え、マミの柔らかな手のひらに置いた。

それをマミは夢中で貪った。

こりこりとした軟骨がなんとも心地よい。

溢れだす肉汁と、したたる血をごくりと飲み込んだ。

これほどの美味をマミは感じたことがなかった。

五匹の犬と山羊の角を生やした女は老人の肉体を味わいつくした。

残ったのは彼の洋服だけだった。


またもや老人の孤独死です。しかも、その老人は世にも珍しい奇病にかかっていたのです。その病気の名は、脳噛み症。大脳の一部が何者かに噛られたような後が残り、消え去るという恐ろしい病です。

真剣なまなざしでテレビの中の女性レポーターが言っていた。


大きな毛布に二人でくるまれながら、マミとミツルはテレビのワイドショーをぼんやりと眺めていた。


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