夢食み 五匹の犬

白鷺雨月

第1話約束

誰かとつながっていたい。

ぬくもりを感じていたい。

寂しいのは嫌。

それがそんなに悪いことかな。

私のしていることは常識から考えたらきっと悪いことなんだろうけど、でも、そんなにいけないことかな。

たぶん、法律にも違反していると思う。

自分の気持ちに正直に生きてるだけなのに……


その日はタカシくんとの約束の日だった。

茶色いアパートのドアの前に立ち、ピンポンとチャイムを押す。

すぐにドアが開いて、彼が私を部屋にいれてくれた。

少し広めの1Kのマンション。

部屋中にプラモデルと漫画とアニメのDVDがおかれていた。

それらは、きちんとジャンルごとに整理されている。

タカシくんオススメのロボットのアニメを見ながらご飯を食べる。

海老とキャベツのパスタ。ブロッコリーと玉子のサラダ。コンソメスープ。

どれも美味しかったし、私の好物だった。

タカシくんは料理上手だ。

手先が器用であんな細かいプラモデルを作るなんて、ホントに感心する。

「わかってるじゃん」

海老にホークを刺し、口にいれながらそう言うと、

「まあな」

と照れ笑いながら彼は言った。

ご飯を食べた後、彼はコーヒーをいれてくれた。

ミルクと砂糖をたっぷりいれた甘ったるいコーヒーだ。

私と彼の共通の好物。

アニメの内容はむづかしいけど、ちゃんとタカシくんが説明してくれる。

好きなもののことを話すとき、早口になるのが彼の癖だった。

うんうんと小さく頷き、私は彼の話をきく。

話を聞くのは楽しい。

特に好きなことについて熱っぽく語る話は面白い。

情熱の温度を感じて暖かい気持ちになれる。

感情の熱を感じると、ああ、今この人とつながってるんだと実感する。

いぜん、自慢話や誰それと知り合いとか友達ってことばっかり話す人がいたけど、その人とは関係を絶ちきった。

私たちの中にそんな人はいらない。

買ったばかりの洋服に付いた値札のタグをハサミで切るみたいにばっさりとね。


アニメを見た後、二人でベッドに入った。シングルのパイプベッドは狭かったけど彼の肌の暖かさを知ることができるので、嫌いじゃなかった。

ねっとりとした舌が口のなかにはいってきて、私の舌にまとわりついた。

唾液が溶け合い、体の中に侵入してくる。でも、決して不快ではなかった。

むしろ、その行為を私は待ち望んでいた。

ざらざらとした手が体中を蛇みたいに這いずり、少しくすぐったいけど、そうされると考えるのができなくなる気持ちになる。

はぁはぁと体が勝手に反応して、意識していないのに声がでる。

我慢することなんてできなかった。

本能に支配され、思考を放棄した。

火傷するんじゃないかとおもうほどの何か言い様のないものが肉の中に入ってきて、感情と気持ちが奔流となってかけめぐった。

全身に電気がびりびりとながれ、私はタカシくんの背中に思いっきり爪をたてて、抱きついた。うっすらと血がながれ、赤いねっとりとした液体が指にまとわりついた。

痛みに歪む彼の顔を見るのが好物だっだ。指についた血をなめると錆びた鉄の味がした。不思議だけど、血の味を美味しい思った。


早朝、まだ寝ている彼を起こさないようにベッドをでで、着替えた。

できるだけ音をたてないように部屋を出た。

鞄の中にはタカシくんがすすめてくれたコミックとお金が入っていた。

いついれたのかは私にはわからない。

知ろうとも思わない。

これは私たちの約束。

タカシくんをいれて合計五人、約束をした人がいる。

アニメ好きなタカシくん、特撮好きのミツルくん、歴史好きのシュウイチくん、電車好きのヤスオくん、アイドル好きのヨシヒロくん。

みんな好き。

それっていけないことなのかな。


自宅のマンションに帰って、シャワーを浴び、出勤するために着替える。

区役所の窓口で、私は働いている。

その日、知った顔が窓口にあらわれた。

「住民票をお願いします」

と彼は言った。

黒ぶち眼鏡が特徴のミツルくんだった。

「おはよう」

番号札を差し出す、彼に私は言った。

「おはよう、マミさん。僕、仕事が決まったんだ。会社にだすのに必要で住民票を取りに来たんだ」

ミツルくんは言った。

慣れた手つきで私は、住民票の写しを印刷し、彼に手渡す。

わざと手を重ねて、ペラペラの紙を渡した。

小声で、ミツルくんにだけ聞こえる声で私はささやいた。

「じゃあ、今夜、お祝いしましょうか」

と。

にこりと彼は笑顔を浮かべる。

承諾の笑み。

「おい、おまえ、いつまでやってるんだ」

乱暴で大きな声が私達の空間と空気を切り裂く。

そこには汚れた服を着た老人が立っていた。

「あ、あの、番号ふだは……」

大きな声に恐怖を感じながら、私は言った。

「番号だと、俺はものじゃないんだ。そんなのは知るか。俺は年寄りなんだ、優先させろ‼️‼️」

見るのも背けたくなるほど醜い顔で、ぞっとするほど汚いつばを撒き散らしながら、老人は言った。

その後、三十分ぐらい老人は怒鳴っていた。

私はその人が何を言っていたか覚えていない。暗い眼で老人をにらみつけ、ミツルくんはその場を去った。

騒ぎを聞きつけた課長が警備の人を連れてきて、対応をかわってくれた。

私はひとり、ロッカーで時間をすぎるのを待った。



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