最終報 東風(二)


 文官のローズは職業柄か、卒なく場を仕切っている。


「さて、気を取り直して次の質問に参ります。お相手に対して要望、不満などありましたらどうぞ」


「ティエリーさんは私を甘やかしすぎるのです。私も愛されているってひしひしと感じられて幸せなのですけれど、今の状態に慣れてしまうのが怖いのです」


「カトリーヌが不安に思うことはないよ。それが俺の喜びなのだから、慣れてしまったらもっともっと甘やかすし」


「まあ、ティエリー」


「あらあら、甘々ですこと……ではティエリーさんの方はどうですか?」


「カトリーヌ、他の男に微笑みかけないで。特に俺はもう日中は一緒に居られないのだからね。他に要望は色々あるけどこの場で言うわけにはいかない」


「何を偉そうに……どうせカクヨムの規定に引っかかる系の淫らな要望でしょうが。俺達もそんなの聞きたくもないですしね」


 カトリーヌの顔が真っ赤になってしまった。


「あーあ。カトリーヌさん、いいんですかぁ、こんな兄で。この人表向きは冷静沈着で仕事もできて、お行儀のいいフリしていますけどね、それ全部外面ですからね。最近は仕事ばかりで全然遊びもせず、抑圧されていたおかげで今になってはじけて暴走気味なんですよ」


「おいマックス、お前何言い出すんだ!」


「ほら、慌ててるでしょ、特大の猫被っているんですよ」


「マックスったらそのくらいにしておきなさいよ!」


「猫ですか? ティエリーさんはどちらかと言うと大型犬という感じですわ」


「犬なんて可愛いもんじゃないですよ、本性は狼、オオカミ!」


「俺が行儀の悪い狼になるのはカトリーヌの前だけだよ」


「……こんな事、真顔で言ってのけるところは俺も顔負けです」


 ティエリーはカトリーヌの耳元で何か囁き、彼女は益々真っ赤になって絶句してしまっている。


「熱々カップルに私まであてられてしまったわ」


「このような展開になることは分かっていましたけれどもね……カトリーヌさん、何とかして下さいよ」


「えっと、その、私もティエリーさんがあまり図に乗っていると……あの魔法の笛を吹きますよって言うのです」


「まあ、本当ですか?」


「ハハハ、あの笛って暴漢だけでなく不埒な婚約者に対しても効くのですか? 魔法ってすごいですね!」


「勘弁してくれ……」


「笛と言えば、ティエリーさんはカトリーヌさんが好きすぎて非人物にまで嫉妬する始末でしたわね。この作品、人間の恋敵は出て来なかったものの、ティエリーさんは紙切れや金属の笛に対して敵対心を露わにしていました」


「えっ?」


「何だよそれ初耳! 何やってるのですか、兄上は……」


 驚くカトリーヌに面白がるマキシムである。ティエリーは苦虫を嚙み潰したような顔である。


「それに、コーヒーの淹れかす消臭袋には頬ずりをしていましたね」


 ローズは結構容赦ない。


「えっ? そのコーヒーってもしかして?」


「はぁ? ブッフフフッ……」


「ティエリーさんは魔法の笛がいつもカトリーヌさんの胸元にかけられているのが気に入らないようです」


「まあ……」


「マジ? ちょ、ちょっと俺もう我慢出来ない……ブハハハッ! 床に転がり回りたい気分だよ!」


 マキシムがお腹を抱えて大うけしているのも無理はない。カトリーヌは絶句し、ティエリーは憮然としたままである。


「マ、マックス! 貴方もちょっと大袈裟すぎるわよ……う、うふふ」


 夫をたしなめようとするローズだが、彼女も笑い出してしまっている。


「ちょ、俺笑い過ぎて涙まで出てきたぜ……ブフフ……」


「……さて、この物語にはあの問題作『淑女と紳士の心得』が出てきませんでした。シリーズ作でも珍しいですよね」


「そりゃ決まっているだろ、あんな本を出してこなくても、この人が一人で突っ走っていたし! 特に兄上視点の番外編なんか伏せ字ばっかりだよね」


「うるせーよ……」




「さあ、気を取り直して……質問がいくつか寄せられています。最初の質問です。『カトリーヌさんは学生時代、マキシムさんに声を掛けられなかったのですか?』」


「ちょ、ちょっと待てくれ、何だよ、それ?」


 今度はうって変わってマキシムが慌てている。


「いいえ。私は有名人で女性に大人気だったマキシムさんのことは存じておりましたが、別に接点もなかったですし、声を掛けられたこともありませんでした」


「見てみろ、マックスのこの焦りよう。ローズ、本当にこんな弟でいいの?」


「百戦錬磨のマキシムさんですからね、カトリーヌさんのような真面目な女の子ではなくて気軽に遊べる相手をちゃんと見極めて選んでいたのよね」


「……い、いや、だから……」


 マキシムは何も言えなくなってしまっている。ティエリーとカトリーヌは目を見開いてローズの方を見た。


「ふん、ざまーみろ。お前は一生ローズの尻に敷かれてろ」


「ふふふ……次の質問に移ります。『ティエリーさんの言う勝負下着とはどんな下着なのですか?』」


「黙秘権を行使する」


「ティエリー、ショーブ下着って何のことですか?」


「ワッハッハ! いやぁ、楽しーなぁ。兄上、そんな下着履いて機会をうかがっているのですか? カトリーヌさん、それはね……ウグッ」


 再び形勢逆転のようだった。ティエリーは慌てて立ち上がりマキシムの側に回り込んで彼の口を塞ぐ。


(これ以上言うとコロす、分かったな)


(だから何度も言っていますけど、無謀にも騎士の俺に切りかかってくるおつもりですか?)


 兄弟二人は目線だけで会話を交わしたようである。


「もういいだろ、後は適当にやっておけ、マックス。行くよカトリーヌ」


「え、え?」


 なんとティエリーはカトリーヌの手を引いて居間を出ていってしまったのである。


「前代未聞の途中退場だわ!」


「まあいいや。このまま行くと兄弟喧嘩で終わりそうだからな」


「主役の二人が居なくなったのでここでお開きね。それにしてもカトリーヌさんの『ティエリーのえっち!』はアメリさんの『リュックのバカァ!』やアナ伯母さまの『旦那さまのイジワル……』に並ぶ名口癖だと思うわ」


「お前の『もうヤダァ、マックス!』もあるよな。でも『エッチ!』だなんて言われるうちの兄が一番カッコわりぃよなぁ?」


「それもそうねぇ」


 その時である、居間の二人の耳に馬車が屋敷の前から去る音が聞こえてきた。


「なんだ、カトリーヌさんの部屋に二人でまたこもったのかと思ったよ」


「貴方に邪魔されたくなかったのねぇ」


「兄貴、今日は勝負下着履いてんのかな?」


「もうヤダァ、マックス! 笑わさないでよ!」


「俺が知る限りトランクス派なんだよなぁ兄上は。ブリーフも何枚か持っていたかも。それとも、ふんどしパンツとか? 男用の紐パンなんてものもあるんだぜ」


「もうだめ、ちょっとマックス! あはは……笑い過ぎで赤ちゃんが驚くわ……」


 本人たちが居ないのをいいことに好き勝手な憶測で面白がっている二人だった。




  ――― 最終報 東風  完 ―――




***ひとこと***

失礼いたしました。最後の最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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