最終報 東風(一)
― 王国歴1051年 春
― サンレオナール王都 マキシムの屋敷
ここはマキシム、ローズ・ガニョン夫妻の屋敷である。居間の長椅子は夫妻、その向かいにはカトリーヌが座っている。昨年末に妊娠が判明したローズのお腹は目立つようになり、彼女はそのお腹を愛しそうに撫でている。
そこへ玄関の呼び鈴が鳴り、しばらくしてティエリーが居間に入ってきた。
「兄上、お早うございます」
「ああ、お早う。どうした皆揃って」
ティエリーはカトリーヌの隣に座る前に屈んで彼女の唇に軽く口付けた。
「ああ、カトリーヌ、今朝も君は綺麗だね。会いたかったよ」
「ティエリーったら、昨晩も一緒に食事をしたばかりですわ」
ティエリーは座ってカトリーヌの腰にしっかりと腕を回した。そこでマキシムが口を開く。
「今日は『溺愛警報発令中!』完結記念の座談会を開くことになりました。聞き手は俺達夫婦が務めさせていただきます」
「え?」
「え? じゃありませんよ、兄上。俺達だって兄上とナットに色々聞かれましたよねぇ。大体ね、シリーズ作史上他の物語の主人公夫婦という大物が聞き役だなんて今までありませんでしたよ」
「マックス、自分で自分のこと大物だなんて……」
「うふふ」
憮然としているティエリーの隣でカトリーヌは微笑んでいる。
「当初聞き手はソニア・ガドゥリー嬢とベンジャミン・モルターニュ氏の魔術師コンビにしようかと作者は考えていたそうです」
「はぁ? モルターニュは勘弁してくれ(黒歴史を暴露されるじゃねぇか……)」
「でも親友ではないのですか?」
「違うし」
「ではただのおホモだち?」
「誤解を招くよーなこと言うんじゃねぇ!」
「ほらほら、始まって五分もしないうちに本性を現していますよ、この人は全く。それにね、生まれてくる甥か姪の前で汚い言葉遣いはやめて下さいよ。胎教に悪いです」
「マックス、お前に口の悪さを指摘されたくねぇっつーの!」
「ティエリー、それでもマキシムさんのおっしゃる通りですわよ」
「うん、そうだねカトリーヌ」
ローズはあまりにティエリーがカトリーヌには素直なので噴き出している。
「俺はシリーズ作中一、二を争う行儀の悪いキャラの汚名を完全に返上、この兄に持っていかれましたよねぇ」
「行儀悪いってどういうことだ? 俺はカトリーヌ一筋だ、彼女に会ってからはやましいことは何一つない! (男にベロチューは奪われたけどな)」
「それはそうですけど、数々の下ネタや妄想、一つ間違えればカクヨムの規定に引っかかるようなことばかりですよね。それにローズにもちょっかいを出して手を繋いだりダンスしたりしていたではないですか!」
「もう、兄弟喧嘩をふっかけないの、マックス!」
「これは吊るし上げ大会じゃないだろ、座談会じゃないのか?」
「誰のせいだと思っているのですか、俺だって進行役として聞くべき質問を順にしていきたいのに最初の質問にさえまだ入れていないのですよ!」
「しょうがないわね、私が代わりに進めます。カトリーヌさん、自己紹介をお願いできますか?」
「はい。カトリーヌ・クロトーと申します。王宮司法院勤務の文官です。クロトー男爵家の長女としてクロトー領で生まれ育ちました。王都ヘは貴族学院に編入するために十五の歳に出てきました。学院卒業後、今の職場に就職し、そこで先輩であるティエリーさんと出会いました。彼とは今年の始めに婚約しました。結婚式までもうすぐです」
カトリーヌは嬉しそうにティエリーの方を向き、彼は愛しい婚約者の額にしっかりと口付けた。
「はい、そこの人! 彼女を離して自己紹介始めて下さーい」
ティエリーはじろりと弟の方を睨んでから渋々と唇を離して喋り始めた。
「ティエリー・ガニョン、王宮宰相室勤務。カトリーヌ愛しているよ。結婚式までもう待てない」
「……」
「それだけですか?」
「他には何も言うことはない」
「もう、しょうがないですね……私から質問させていただきます。ティエリーさんは今年初めから宰相室に異動になってお仕事の方も益々充実してきたのではないですか?」
「うん、そうだね。君のお父上ソンルグレ副宰相には公私ともに大変お世話になっているよ。異動してカトリーヌと毎日職場で顔を合わせられなくなる前に思いきって告白して本当に良かった」
「全くですよ、兄上。俺にはモタモタしていて後悔しても知らないなんて偉そうなことを言っていたくせに、自分自身は超ヘタレなのですから」
「舞踏会でのお二人はお互いしか目に入っていない様子だったわよね。両想いだって気付くのに時間がかかったようですけれど、本当に良かったわ。カトリーヌさんが私のお義姉さまになるなんて、私もとても嬉しいです」
「それは私も同じですわ、ローズさん」
「さて、次の質問です。お二人の夢や将来の計画がありましたらお願いします」
「はい。特に今はそうですね、次期伯爵となられるティエリーさんに相応しい妻になることでしょうか」
「カトリーヌは何もしなくてもそのままで俺の妻に相応しい。と言うより君以外は考えられない」
「彼はいつもそう言ってくれますけれど、私は何しろ田舎者ですからまだまだ至らないことも多いと思うのです」
「そんなことはありません。既にこの兄を上手に
「ええ、私は職場でもまだまだ未熟者ですし、ローズさんが以前おっしゃっていたような具体的な目標もあまりないのです。とにかく自立したいと考えて文官になったようなものですから。仕事は好きなので、少しでも世の中の役に立てるようなことが出来たらと思っています」
「兄上の目標はソンルグレ副宰相のようなスーパー文官になることですか? 彼には就職当時から何かと目を掛けられていたようですが」
「いや、俺はそこまでは……というか逆立ちしても副宰相には敵わないよ」
「よく分かりますよ」
「ふふふ……父はとても温厚で優しそうですけど結構腹黒いところもあるでしょう?」
「えっと、副宰相の本性について俺はノーコメントで」
「……ローズも結構言うね」
兄弟はそこで意味ありげな視線を交わし合った。
最終報 東風(二)に続く
***ひとこと***
ここからティエリーさんが暴走して長くなってしまったので、座談会は二話に分けてお送りします!
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