第八報 冬日和


 補佐官からの報告とほぼ同時にビアンカ様から魔法具が出来たとの連絡が来た。帰宅して自室に居たところ、窓際に薄茶色のふくろうが居たのだ。


 そいつは窓をコツコツと叩いて俺の注意を引いた。片足を上げてそこに小さな筒が結び付けられているのを俺に見せている。


「何だ、お前は。伝書ブクロウとでも言うのか?」


 俺の言葉が分かったのか、そいつがうなずいたように見えた。俺は筒の中にあった文を取り出して読んだ。


『ティエリー・ガニョンさま、こんばんは。ビアンカ・テネーブルです。


 突然驚かせてしまってごめんなさい。この子の名前はノワゼットです。女の子で、体の色がはしばみノワゼット色だからよ。


 お願いされていた魔法具が出来ました。アナさんが持っていますから彼女の執務室に訪ねて行ってくださいね。


 カトリーヌさんの傷が少しでも癒えて彼女に笑顔が戻ってくることを祈っています』


 俺は伝書梟のノワゼットに話し掛けた。


「なあ、お前、返事を書いたらビアンカ様に届けてくれるか?」


「ホー、ホー」


「肯定と受け取っていいんだな」


 早速アナ様のところに伺うということとお礼を書いた。その紙切れを筒に入れながらノワゼットに聞く。


「豆でも食うか?」


「ホ……」


「お腹いっぱいか」


「……」


「返事は急用じゃないからな、ここで一晩寝て明日の朝帰ってもいいんだぞ。女の子が一羽で夜道は怖いだろう?」


「ホ?」


 最後はどうも意思の疎通が出来なかった。ノワゼットはすぐに夜空に飛び立っていく。翌朝弟のマキシムにそれとなく聞くと、梟とは肉食で夜行性だと言う。


「兄上は一般常識が少々欠けていますよねぇ。フクロウっつったら夜でしょ、ハハハ」


 筋肉バカに常識不足だと言われるとは!




 早めに出勤して魔術塔に行って、辺りを見回しながら恐る恐るアナ様の執務室の扉を叩いた。朝早すぎたかとも思ったが、彼女はもう既に出勤していた。彼女の夫はいきなり瞬間移動で現れるストーカーではないようでほっとした。


「よくいらっしゃいました。こちらが完成品ですわ」


 それは小さな銀の筒だった。側面には何やら模様や古代文字のようなものが彫られている。首にかけるためだろうか紐が結ばれていた。


「これは、もしかして笛ですか」


「はい。身に危険が降りかかりそうになったらこの笛を吹くと、体の周りに防御壁が築かれて、ビアンカさまの動物たちが駆けつけてきてくれます。それに笛の音だけでも周囲の注目を集められて暴漢がひるむかもしれませんしね」


「動物たち、とは?」


「ビアンカさまは動植物とお話が出来るのですよ」


「ああ、そう言えば昨晩私のところに梟がビアンカ様の文を持ってきてくれました」


「ええ、ビアンカさまの小さなお友達は皆とても賢いのですよ。私も結婚前は彼らにお世話になったのです。懐かしいわ」


「ルクレール侯爵夫人、ありがとうございます。これで彼女も安心できるでしょう」


「お役に立てて良かったわ。それから主人に聞いたのですが、あの護衛の男が配置換えになったようですよ」


 彼女の夫は近衛騎士団の大佐だ。もしかしたら彼もこの件に力添えしてくれたのかもしれない。


「はい。私もつい昨晩知ったところです。この笛を彼女に渡す時に教えてあげられます。本当にお世話になりました。ありがとうございます」


 本当にお礼のしようもない。今朝は時間がなかったが、今度菓子折りでも差し入れすることにした。




 いつになく軽い足取りで本宮の職場に着いた。カトリーヌはもう来ているだろうか。もちろんもう出勤していた。


 今日も最高に美しいよ、俺のカトリーヌ。声に出して言いたくてたまらない。


 事件からしばらく経って顔色も良くなったし表情も少し柔らかくなった。すぐにでも笛を渡したかったが諦めた。もう始業時間だから他の同僚もいるからである。彼女の机の脇を通る時にそっと紙切れを置いた。


『渡すものがあるから昼休みに私に声を掛けて下さい』


 昼休みが待ち遠しいなどと感じるのは久しぶりだった。そしてお昼になり他には誰も居なくなった執務室でカトリーヌにその笛を見せた。


「もしも君の身に危険が迫るようなら、この笛を吹きなさい」


「まあこれは……もしかして魔法がかかっているのですか?」


 彼女には一目でこれがただの笛ではないと分かった。


「うん。笛の音で人の気を引けるし、魔法で君の身が守られる筈だよ。でも私としてはこの笛の出番がないことを願うばかりだ」


 カトリーヌが遠慮がちに俺に尋ねる。


「こんな貴重な魔法具、私が持っていて宜しいのですか?」


「もちろんだよ、君の安全のためだ。私も心配だしね」


 君以外の誰がその笛を使うというのだ、カトリーヌ。


 確かに魔法具など大金を積んだからと言って簡単に購入できるものではない。王国に数名しか存在しない高級魔術師が魔力を込める魔法具は大量生産できないからだ。


 でも君の笑顔にはそれ以上の価値がある。


「ここをくわえて吹けばいいのですね。綺麗な細工ですね……ありがとうございます。肌身離さず携帯して大切にします」


 カトリーヌは自分の手の中にあるその笛を愛でている。


 俺がモルターニュに頼み込んで、彼とのベロチューという試練を受けてまで作ってもらった貴重な魔法具である。とは言ってもそれはただの金属片だ。だと言うのにカトリーヌはその笛に惚れた男に見せるような顔を向けている。


 そして忌々しいその銀の塊をカトリーヌは首に掛け、なんとドレスの中に入れてしまったのである。衣服越しでなく、直にあの双丘の合間に……俺は目玉が飛び出るかと思った。


「ウグッ……」


 思わずうめき声が漏れてしまった。カトリーヌが不思議そうな顔でこちらを見る。


「どうかされましたか?」


「いや、何でもないよ……」


 畜生、チクショー、たかが金属片がいい思いしやがって……俺も彼女のカワイイお口にくわえられてぇ……四六時中パフパフ、しかも生、だなんて夢のまた夢……俺、しばらく浮上できねぇよ……でもカトリーヌの不安が少しでも減らせるなら……涙を飲むしかない……


 俺は大きく深呼吸をして妄想を振り払い、冷静を装って続けた。


「それから、あのけしからん男は配属替えになったそうだ。王宮ではもう働いていないから顔を合わせることはないよ」


 カトリーヌは驚いた顔をしていた。配置換えではなく左遷だが、まあそんなことはどうでもいいのだ。うじ虫が王宮から消えた、それだけだ。カトリーヌはそれを喜んでいいのかどうか迷っているようだった。もちろん大手を振って喜んでいいに決まっている。


「まあ、そうだったのですか……」




 それからカトリーヌはドレスの上からその憎き笛をぎゅっと握りしめるのが癖になったようだった。俺はその押し付け生パフパフの現場を何度も目撃してその度に苦々しい思いに駆られるようになった。




***ひとこと***

またまた後半はカトリーヌ編「第二報 みぞれ」と被る部分です。そちらをお読みの時点で既にお分かりの方もいらっしゃいましたね、ティエリーがカトリーヌに笛を渡してうめいていたのはこんな理由からなのでした。

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