第十五報 天の川
注:この回の途中、王国歴1050年夏に以前から言われていたようにアントワーヌが副宰相に就任します。それに伴い、ティエリーは今まで彼のことを補佐官と言っていましたが、副宰相と呼ぶようになります。
***
舞踏会の次の休みにマキシムはローズをうちに連れてきた。婚約が決まったそうだ。何という急展開だ。
「は? もう婚約? いや、だってお前たちって付き合っていたのか?」
「まあ、うちのマキシムには勿体ないくらいの素敵なお嬢さまですわ」
両親は戸惑いながらも反対する理由もないし、喜んでいる。俺だって同じだ。当て馬は無事役目を終えられたようで何よりだ、コノヤロー。
なるべく早く式を挙げたいなどとマキシムの奴はぬかしている。その気持ちは確かに分かる。俺だってカトリーヌと気持ちが通じ合ったら即結婚したい。
うちの母は式の準備のことを考えてだろうか、既に興奮気味である。
花嫁のローズよりもマキシムとうちの母の方が浮かれてはしゃいでいるように見えるのは気のせいだろうか。
それからマキシムがローズを送って行ったあと、俺は両親が居間でひそひそと話しているのを聞いてしまった。
「次男が先に結婚、お嫁さんのお家が爵位も高くて王族とも縁続きで……ティエリーにはそれに見合うようなお嬢さんが来てくれるのかしら……」
「私はそんな家の格よりも、ティエリーが幸せになることが一番重要だと思うね」
弟が先に結婚するのも、我が家よりもずっと爵位の高い家から花嫁をもらうのも関係ない。
俺は確信している。カトリーヌが侯爵令嬢でなくても、王妃の姪でなくても彼女以外の人では俺を幸せに出来ないことを。
俺は別にマキシム達の結婚式に一人で出席するのも気にしない。カトリーヌを同伴出来ないなら一人の方がましだ。
マキシムの婚約以降、周りがやたら
俺は縁談なんて持ってくんじゃねぇオーラをバンバン出しているつもりだ。
後で知ったが、両親はマキシムから俺がうじうじと片思いをしていることを聞いていたのだった。だから遠慮して何も言ってこなかったらしい。
マキシムには素直になってローズに求愛して良かったと礼を言われた。
「まあいいってことよ。お前には大きな借りがあったからな」
「何の借りですか?」
「小さい頃から取っ組み合いの喧嘩で良く俺を負かしてくれていたよな。そのお陰で俺も関節の決め方とかが身についていた。だからカトリーヌを襲ったあの護衛を文官の俺でも簡単に倒せた」
「へぇ、カトリーヌって言うんですか。舞踏会で踊っていたあの女性ですよね。少しは進展したのですか?」
「聞くな」
「ということは……」
「職場で気まずくなるとか、彼女から拒絶されるかもとか考えるとどうしても何も行動に出られない」
「モタモタしていると後で後悔するぞ、と俺の背中を押してくれたのは兄上ですよ」
「……ヘタレとでも何とでも言ってくれ……」
夏にはローズが学院を卒業、もうすぐ俺と同じ司法院に配属されることが決まっている。マキシムとローズの式は秋に行われることになった。婚約が決まってたった数か月後のことである。
補佐官は以前から言われていたように、王国史上最年少で副宰相に就任した。
マキシムは日々楽しそうに結婚式の準備に張り切っている。主に奴と双方の母親が仕切っているようだった。衣装だけでなく、招待客や花に飾り付けに料理、果ては新居の家具、新しく雇う使用人……こんな気の遠くなるようなことをマキシムは面倒がることもなく嬉々としてこなしている。
その気持ちも分かる。俺だってカトリーヌとの結婚が決まったらどんな面倒なことだって何だって喜んで取り組むに決まっている。
そして秋も深まったある晴天の日、大聖堂での結婚式は厳かなうちに始まり……途中少々の騒動に見舞われたものの、マキシムとローズは正式に夫婦となった。
結婚式後の晩餐会は両親の屋敷で行われた。と言うのも新郎新婦の新居は招待客全てを収容できる広さがなかったからである。
皆が思い思いに踊り始めても俺は特に何もすることがなく、手持ち無沙汰だった。丁度側を通りがかった副宰相夫婦にお祝いを言った。
「ソンルグレ侯爵夫妻、本日は誠におめでとうございます」
「ありがとう。ついにこの日がやってきたよ。僕のローズがこんなに早く嫁ぐことになるとはねぇ」
副宰相は奥方の腰をしっかりと抱いている。この二人はいつもそうだ。手を繋いでいることも多い。密着度は俺の両親の百倍はあるだろう。別にうちの両親の仲が冷めているというわけではない。この夫婦はいつまでも仲が良すぎるのだ。
俺だってカトリーヌと歳を重ねてもこの夫婦以上に人前でもラブラブイチャイチャしてやる、と改めて自分自身に誓った。
「ガニョンさんにはいつもローズが職場でお世話になっています。これからは私たちも親戚としてよろしくお願いしますね」
「ところでティエリー、今日は君があの愛しの彼女と出席するものだとばかり思っていたのだけど。君の式には是非僕たち夫婦も呼んで欲しいね」
少し前から副宰相に俺は苗字ではなくて名前で呼ばれるようになっていた。彼が家族の前では自分のことを僕と言っているのは知っていたが、俺の前でそう言ったのは今日が初めてだった。
「まあ、アントワーヌったら。少し気が早すぎるのではないかしら?」
「だってね、ティエリーが僕に彼女のことを相談してきた時、あまりに必死だったから。まるで若い頃の僕自身を見ているようだったよ。二人にも早く幸せになって欲しいね」
「恐れ多いことです。副宰相ご夫妻を御招待できるとは……しかし、式どころか、未だ彼女に気持ちも伝えられなくて……」
「彼女は君が東奔西走してあちこちで頭を下げて色々手を回していたことを知らないの?」
「私は職場の先輩としてしか見られていないのです。嫌われてはいないと思うのですが、フラれて職場でぎくしゃくするのが怖くて何も言い出せなくて……」
「先日の舞踏会で一緒に踊っていたあの可愛らしい方のことでしょう? とてもいい雰囲気でお似合いだと思いましたわ」
「えっ、そこまでご覧になっていたのですか?」
「君が異動して彼女と毎日仕事で顔を合わせなくなったら告白もし易いのじゃないかな?」
副宰相は楽しそうにそんなことを言いだした。
「まあそれは名案ね、アントワーヌ」
奥方まで含み笑いをしている。俺は二人にからかわれているようだった。完全に面白がっているな、もう好きなようにしてくれ、だ。
***ひとこと***
ローズとマキシムが落ち着いたことですし、そろそろティエリーさんも……と周りがそわそわしています。
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