第十三報 積乱雲


 舞踏会当日、俺はまずソンルグレ家にローズを馬車で迎えに行き、彼女の家族の馬車と二台で王宮に着いた。


 皆一緒に舞踏会会場に入り、最初に王家の皆様に挨拶をした。そして俺達が挨拶を終わった時、挨拶待ちの人々の中に何と愛しのカトリーヌを見つけたのだ。


 若草色のドレスをまとい、いつものまとめ髪でなく美しい金髪を肩に下ろした彼女は周りが霞んでしまうくらい輝いている。


 見惚れている場合ではなかった。しかも彼女とバッチリ目が合ってしまったのだ。彼女は舞踏会には来ないと言っていたのに、いや、この状況は非常にまずい。ローズと腕を組んで彼女の家族と一緒に居る俺を見てどう思われただろうか。


「カトリーヌさん、こんばんは。いつもに増してお綺麗よ。素敵なドレスね」


 隣のローズがそうカトリーヌに挨拶をしている。彼女達は年も近いし学院で同じ文科だったから顔見知りなのだろう。カトリーヌは彼女の両親と見られる夫婦と一緒で、男は連れていなかった。カトリーヌが微笑んで少し頭を下げた。


「ローズさんの方こそお美しいですわ。就職おめでとうございます。それに……お二人とても良くお似合いです」


 今すぐ食べてしまいたくなるような彼女の唇からそんな言葉が出てきた。いや、似合っていないから。これはソンルグレ補佐官の陰謀で、俺はただの当て馬君なんだよ!


「クロトーさん、君、来ていたのか……」


 いや、別に君が来ているのはいいのだが……俺は焦ってそんな言葉しか出てこなかった。




 ローズ一家と移動し、ローズは最初父親と踊り、その後俺と一曲踊った。俺達が踊っている時に視界の端に素直じゃないバカマキシムの姿を認めた。


 踊り終わった俺はローズと広間の隅にいるマキシムの方へ向かう。こうなればさっさとローズを引き取らせるしかない。


 俺の肘に添えたローズの手が強張っている。ローズだって意地を張らずにマキシムが好きだって認めればいいのだ。マキシムは顔に出さないようにしているようだが、俺には彼が不機嫌なのが分かる。


「ほらローズ、君の守護騎士様が早速やって来たよ。さて、彼に君のことを託すとするかな……」


「え? 託す?」


 全くもう、この二人は、呆れてものも言えない。まあ、俺も偉そうなことは言えないが。


「ローズ・ソンルグレ嬢、今日は貴女を同伴するという栄誉ある役を賜り光栄でした」


 俺は彼女の右手を取り、深々と頭を下げてその手の甲に軽く口付けを落とした。もう自棄だ、当て馬の役はご免だ。


「え、いえそんな……私の方こそ」


「そういう事だ、ローズ踊るぞ」


 ローズはマキシムにガシッと腕を掴まれて広間の真ん中へ引きずられている。


「ちょ、ちょっとマキシムさん?」


「ローズ嬢を独占してもいいけれど、帰りはソンルグレ家の馬車でご家族と一緒に帰宅させるとお父上に約束しているからな、マックス」


 マキシムは振り向きもせず、空いている方の手を上げて俺に了解の意を告げた。


「じゃあね、ローズ」


「え、ティエリーさん? い、痛いわよ、マックス! そんなに強く握られると」


「ああすまん……つい」


 その後マキシムはローズの前にひざまずいて、きちんとダンスでも申し込んだのだろう。




 カトリーヌに大きな誤解をされてまで当て馬役なんて引き受けるものじゃなかった。やれやれ……マキシムが今夜ローズをものに出来なかったらアイツをぶっ殺してやる。


 俺は文官だが、騎士の弟の寝首を掻くことくらいは可能だろう。


 さて、弟はもうどうにでもなれだ。カトリーヌは何処だ、若草色のドレスだった。彼女のことだから相手を変えて踊り続けているわけでもないだろう。


 大広間中を見渡して彼女を探す。なんとあのモルターニュが黒髪の若い女と踊っているのが目に入った。意外と様になっているじゃないか。どういう風の吹き回しだ……


 いや、あの野郎なんか今はどうでもいいのだ。というより一番関わり合いたくない。


 やっと壁際にカトリーヌの姿を発見した。男に話し掛けられているようだった。急いでそこへ向かう。


「じゃあ椅子でも持ってこようか? いや、そこのバルコニーに出て座ってお喋りしようよ」


「でも、私ここで人を待っているので……」


「そんなこと言わずにさ、すぐそこのバルコニーだよ」


 ダンスの誘いを断られたのなら、とっとと引き下がれ。だいたい目つきがイヤらしいぞ、そこの男!


「待たせたね、カトリーヌ」


 彼女の後ろから声を掛ける。カトリーヌと初めて名前で呼んでしまった。俺に振り向いた彼女の自然な笑みの可愛らしいことと言ったら……ああ、ここでギュッと抱きしめたい。


「いえ全然待っていませんわ」


 俺はカトリーヌに寄り添い、大胆に腰を引き寄せた。そこの下心丸出しの男に見せつけてやるためだが、俺の心臓は普段の二倍の速さで脈打ちだした。


「えっと、じゃあ僕は……失礼します……」


「ガニョンさん、ありがとうございます。あの人しつこくて……」


 とりあえず俺の登場は間に合ったようだ。引き寄せた腰はまだ抱いていてもいいだろうか。


「クロトーさん、今日の舞踏会、欠席じゃなかったの?」


 もうカトリーヌと名前で呼ぶ勇気がない俺を小心者だと笑うがいい。彼女がエロックのヤローに舞踏会には行かないと言っていたから油断していた。


 君が来ると知っていればローズを誘ったりしなかったさ。


「本当は来る予定ではありませんでした。でも出席できなくなった従妹の代わりに叔父と叔母に引っ張り出されたのです。このドレスも、彼女のために仕立てられたものなのです」


 そうなのだ、先程から気になっていたのだ。胸のところの開きが大き過ぎないか、そのドレスは!


 ヤラシい男共の視線にその谷間がさらされて非常に危険だ。その男共の筆頭がお前だろ、というツッコミは聞かなかったことにする。


「そうだったのか、道理で……」


「えっ? ガニョンさん?」


 ヤベェ、彼女の胸元をガン見していたのがバレたか?


「い、いや、何でもないよ……」


 決して不埒な気持ちではあるが……先程のしつこい男と俺は断じて違う。どこがどう違うんだと言われても少々答えに窮する……そうだ、俺にはカトリーヌへの深い愛があるところが大きな違いだ。


「あ、もしかして魔法の笛ですか? 今日もちゃんと持っていますよ。流石に首には掛けられませんから」


「え、あ、ああ、あの笛のことか……」


 見事な双丘を覗き込むように見ていたスケベ心をそう都合良く解釈をしてくれた。助かった。そう、あの忌々しい笛は今日はパフパフおあずけのようだな、ざまーみろ。


「ええ。あの笛を持っていないともう落ち着かなくて……」


「そ、そうなの?」


 あの無機質な金属片なしでは生きていけないと? 俺は生身だ、温かくて長くて太いぞ! 硬さでは負けるけど!


 俺なら君に更なる悦びを与えられるというのに……未だにタダの銀塊以下なのか……


「今は紐を腕に巻いて、袖の中にしのばせているのです。ほら、ここです」


 カトリーヌは左の二の腕の内側を指差した。とりあえず下着の中ではないようで安心したが……パフパフの次は脇コキかよ、幸せ者の笛め、コンチキショー!


 俺は脇フェチじゃないが、カトリーヌの脇の下なら大いに萌えるしつ!


 うぉっほん、まあ何だ、今は本人が目の前に居るのだから妄想はこのくらいにしておこうか……




***ひとこと***

色々とティエリーさんに突っ込みたくなる舞踏会の一場面でした。

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