第十二報 雷雲
マキシムの奴はある晩俺の部屋に来てやっと肝心の質問を投げかけてきた。
「兄上、ローズと付き合っているのですか?」
「は? 何のことだ?」
「今更とぼけないで下さいよ!」
「ふん、お前の定義じゃ手を繋いで庭を散歩したり、一緒に歌劇を観に行ったりするだけで付き合っていることになるのか?」
「い、いいえ……」
「だろ? お前な、付き合ってなくても女とそれ以上のことをしているくせにどの面下げてそんな質問してんだ?」
「いや、今は兄上とローズの話をしているわけで……で、付き合っていないのですか? 答えによっては一発ぶん殴らせていただきます」
「キャー、マキシムさまコワーい! 暴力はんたーい!」
「茶化さないでくださいよ!」
コイツが女のことでテンパっていて余裕がないとは。もっと
「だからさぁ、手を繋いで庭を散歩して、歌劇を観に行って、舞踏会に一緒に行くだけだって」
「どうしてローズにつきまとうのですか?」
「つきまとう? 人聞きが悪いこと言うんじゃねぇよ。同意の上だ。俺が誘ってローズが承諾したから一緒に出掛けているのに決まってんだろーが」
「だから、俺の質問はですね、どうして兄上は好きでもないローズを誘うのかという点ですよ!」
「そんなにローズが好きなら憎まれ口叩かずに素直になれ、マキシム君よ。モタモタしていて後で後悔しても知らねぇからな」
「そんなこと重々承知しています! だから兄上はローズから手を引いて下さいよ、分かりましたね?」
「あぁ? 何様だと思ってんだお前? 俺だってホントは好きな子を誘いたいに決まってんだろ!」
「じゃあその人を誘ってくださいよ! ローズは放っといて!」
「それが出来ればそうしているさ! そう簡単に事は運ばないんだよ!」
「えっ何ですか、大きな障害があるのですか? お相手は人妻とか婚約者ありですか? それとも男性? でなければもしかして禁断の異種間? まあ心配しないでください。ローズでなければ誰であろうが弟として応援しますから」
「はぁ? 職場の後輩だ、性別は女、未婚、彼氏無し! って言うより、なんだよその異種間って? 彼女はれっきとした人間だ!」
ん? 何だか会話が別方向に走り出してしまった。
「冗談ですよ。この物語、シリーズ通して今のところエルフとか獣人とか出てこないみたいだし……まあ約一組、異種間でニャンニャンしているカップルは居ますけどね」
「異種間ニャンニャンって誰だよそれ? まあとにかく、お前が考えるような意味での障害はない。彼女はな、可愛くて頭が良くて性格も良くて、その上スタイル抜群で……」
「そんな
「いや、付き合ってないんだよ! 俺、職場の優しい先輩としてしか見られてない……」
「だったら
「兄上に向かってアンタだとぉ?」
「誠実そうな先輩が実はムッツリスケベで、職場でそんな目で見られているとは彼女も思ってもいないでしょうねぇ……」
「……そんなあからさまに見てるわけねぇだろ! こっそりジロジロ見てんに決まってる! とにかく、俺は一緒に仕事をする仲からどうしても進展出来ずにいる。先輩文官として頼りにされているし、尊敬されているのも分かる!」
俺達はローズの話をしていたのじゃなかったか?
「大丈夫でしょ、ちょっと甘い言葉を掛けてそれから……嫌悪感を抱かれてなかったら楽勝でしょう、何つったって爽やかで優しいガニョンさんの仮面を被ってるのですから。我慢しすぎるのも体に良くないですよ、ムッツリ兄上」
「黙れ、そこの減らず口! それ以上口を開くとたたっ切ってやる」
「騎士の俺に切りかかってくるおつもりですか? 無謀なことを……」
マキシムとの会話は何だかどんどん変な方向へ向かっている。
「うるせぇ! 彼女、男性不信みたいなんだよ。以前不埒な王宮の護衛に襲われて暴力も振るわれて、俺が丁度通りがかったから良かったものの……しかもそいつにヤられそうになったのは初めてじゃなくてな。その時の彼女の怖がりようを見たもんだから……俺はどうしても最初の一歩が踏み出せない」
「兄上が彼女の危機を助けたんですか? そう言えば昨年末くらいでしたか、勤務態度に問題がある護衛が何とかって聞かれましたね」
「そいつは上に報告して、まあ色々あったが即左遷してもらえた。叩けば埃が出る奴だった」
「兄上は彼女にとっては危ないところを助けてくれたヒーローでしょう、信頼されて好意を持たれているに決まっていますよ」
「嫌われてはいないのは分かる。朝も俺と同じくらいの時間に出勤してくるから、他の奴らが出てくるまでは執務室で彼女と二人きりだ。嫌われていたら始業時間ギリギリに来るだろ?」
「兄上が声を掛けて来るのを待っていますね、それは。据え膳食わぬは騎士の恥ですよ、兄上」
「騎士じゃねぇし。本能の赴くままに誰にでも飛びつくお前と一緒にすんな!」
「そんな人聞きの悪いこと言わないで下さいよ。俺は付き合う相手は厳選していますからね」
「……お前な、いつか男でも女でも刺されっぞ……」
「兄上、とにかくこの通りです、今度の舞踏会でローズをエスコートさせて下さい」
こいつは最初からこうして俺に頭を下げていれば俺もすぐに彼女を譲ってやったというのに、あまりに生意気でムカつくことばかり言うので意地悪したくなってしまった。
「ヤダね。先に誘ったのは俺だ。大体お前、ローズにまだ何も言っていないだろーが。補佐官を始めご家族も皆、俺が彼女を迎えに来るとばかり思っていらっしゃる」
「兄上はご自分の恋愛が上手くいかないからって、俺達の邪魔をしても何の得にもならないでしょうに! もういいですよ!」
そういうことで結局舞踏会は俺がローズをエスコートして会場に行った。それを俺は大いに後悔することになったのだった。
***ひとこと***
再び、全くこのガニョン兄弟二人は何をやっているのでしょうね。
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