第十報 五月雨


 部署の違う後輩のギヨーム・ルクレールも良くソンルグレ家に呼ばれていた。自分たちが何故こうも頻繁に屋敷に招待される理由を彼も薄々察しているようだった。魔法の笛をビアンカ様と一緒に作ってくれたあのアナ様の長男である。


 ギヨームは優しそうな容貌そのまま、人当たりも良くて穏やかな性格である。一部の人間は彼のことをトロくて気の弱い奴だと思っているようだが、そうではない。かなりの観察眼を持っていて、頭もいい。


「ティエリーさんはどう思われますか? 僕は元々従兄としてローズとは仲良くしていますけど……」


 ギヨームの父親と補佐官の奥方が兄妹なのだ。


「ああ、ギヨーム、君も同じことを考えていたのか」


「はい。でも僕はアントワーヌ叔父様の意図がいまいち……だってローズはマキシムさんととても仲が良いのですよ」


「あの二人交際はしていないだろう?」


「いつも喧嘩ばかりしていますけど、どう見ても両想いです」


「当て馬作戦だな、きっと」


「えっ、当て馬? それって何だか趣味悪くないですか?」


 ほら見ろ、ギヨームは頭の回転も実に速い。


「補佐官にも誰にも言うなよ。俺が思うにな、本命馬とくっついても当て馬のどれかに転んでもそれはそれで良しなんじゃないのか?」


「叔父様も人が悪いです。でも……ローズはどの当て馬にも興味なさそうですよね」


「やっぱりそう思うか? これもうちのマックスがいつまでもフラフラモタモタしているのが悪いんだよ。娘が可愛くてしょうがない補佐官のために一肌脱ぐかなぁ……」


 弟マキシムの行動は一々把握していないが、彼は未だにこの屋敷を時々訪れているようだった。目的は親友のナタニエル君ではなく彼の妹のローズの方に決まっている。


 マキシムの奴は今頃西端のペンクールの街で盛大にくしゃみをしているに違いない。彼は二、三か月ごとに国境警備隊に派遣されていて、今は丁度遠征中である。




 ある夕方再びソンルグレ家に俺達文官は呼ばれていた。居間で仕事の話で盛り上がっている。ローズもいつものように同席していた。あまりに専門的な話になっているのでそれとなく彼女に庭に出ないかと声を掛けてみた。


「そうですね、まだ明るいですし、外の方が気持ち良いですものね」


「君も一緒に来ないか、ギヨーム?」


「よろしいのですか、ティエリーさん。お邪魔でなければ」


 流石に二人きりは勘弁してほしかった。ギヨームの奴もわざとらしいな、絶対ついて来いと目線で訴えた。


「もちろんだよ、ギヨーム」


 ということで庭に三人で出ることになった。居間のテラスから階段で庭に下りる時にそっとローズに手を差し出して二人並んで歩いた。ギヨームも隣にくっついて来ている。


 その時に玄関前に一台の馬車が到着していた。庭の俺達から降りてきた人物が丁度見えた。


 そう言えば弟がそろそろ帰ってくる頃だったと思い出した。屋敷の中へと招かれていた彼の目にも俺達の姿が映ったようである。何という間の良さだろう。


 彼は屋敷に入らずこちらに向かって来た。その時俺の肘に添えられていたローズの手に力がこもったのを感じた。ふん、なるほどね。俺が最初に口を開いてやった。


「やあ、弟よ。久しぶりだね、ペンクールから帰ってきたばかりなのかな? 両親には顔を見せたのかい?」


 弟マキシムはいかにも旅装という格好だった。マジで屋敷にも寄らずに遠征帰りにローズに会いに来たのか、コイツは?


 そこで彼が目にしたのは、愛しいローズちゃんが男を二人両脇に従えて散歩中の図だった。しかもその二人のうちの一人は自分自身の兄で、彼とローズちゃんは腕を組んでいるという状況だ。あまりに傑作で笑い出すのを堪えるのに必死だった。


「マキシムさん、王都にお戻りだったのね。お帰りなさい」


 ソンルグレ家の庭で、ローズと当て馬二頭が本命馬マキシムと対峙している。ニヤニヤ笑いくらいはいいだろう。マキシムは不機嫌そうな顔を隠そうともしない。


「兄上、ご無沙汰しております。ローズ、お前も遂にドブネズミドレス卒業か?」


「まあ、ご挨拶ね。でも、ドブネズミ状態でなくても私だとお分かりになって下さって嬉しいですわ、マキシムさん」


 こいつら久しぶりに会ったのに、言うことといったらそれかよ。


「ローズ、あまりムキにならなくっても……」


 ローズとマキシムの間に火花が散っているのが見えたのかどうか、ギヨームは不安そうである。この二人はいつもこんな感じで言い合っているのだろう。


「兄なら二階の自室だと思いますわ、それでは。ティエリーさん、ギヨーム、参りましょうか」


「じゃあまた後でな、マックス」


 俺はマキシムに見せつけるためにローズの腰に軽く手を添えて庭の奥へ向かった。やべぇ、面白すぎて噴き出しそうだ。隣について来ているギヨームは益々不安そうな顔になっている。




 庭を歩きながらローズはギヨームと舞踏会の話をしていた。


「ねえギヨームはご家族と今度の舞踏会に参加するの?」


「うーん、多分両親と妹だけかな。アンリと僕は行かないと思う」


 アンリとはうちのマキシムに何故か憧れて騎士を目指すようになったというギヨームの弟のことだろう。


「アンリは来るのじゃない? 男性の方が少なくなりそうね、そんなことでは。うちの兄も行かないそうよ。私と妹と両親だけ」


「御両親と行くの、ローズ? だったら私に君のエスコート役を務めさせてもらえるかな?」


 その時の俺は少々自棄になっていたのかもしれない。当て馬作戦上等じゃねぇか。どうせカトリーヌは舞踏会にも出席しないし、俺は彼女を誘う度胸もなくてうじうじしているだけだ。


「まあ、ティエリーさん、よろしいのですか?」


「えっと、僕席を外した方がいいですか?」


「いや、いいよギヨーム」


 ギヨームお前はいちいちわざとらしい。ここから消えるんじゃねぇよ。


「そうよ、貴方もここに居てよ」


「お邪魔かと思いましたので……でもお二人がそうおっしゃるなら」


「全然構わないわよ、ギヨーム。あの、ティエリーさんはもしかして父に何か言われたのですか?」


 ローズお嬢様まで何か気付いているようだった。これは楽しくなりそうだ。


「君には敵わないね、ローズ。お父様は何もおっしゃらなかったと言えば嘘になるけれども、私だって誘いたくない女性に声を掛けたりしないよ」


 そして本当に誘いたい女性には何も言えずにいるヘタレなのだ、俺は。ローズは少しの間沈黙して何かを考えていたようである。


「喜んでお受けいたしますわ、ティエリーさん」


「本当にいいの、ローズ? あ、いえ僕は別にティエリーさんがお相手では駄目と言っているわけではなくてね……」


「いいのだよ、ギヨーム」


 ギヨームはマキシムが怒り狂うことでも心配しているのだろうか、俺に任せておけと言う意味で目配せした。



***ひとこと***

こうしてティエリーさんは当て馬になったのでした。

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