6.僕は貴方を、助けにきたんです

八月四日。夜安やあんがベビーカー症候群という能力を発動してから、今日でと四日目になる。

毎日ベビーカーを片手に動くのは手間でもあるが、幸い夜安が使っているベビーカーは軽量型のB型ベビーカーである。それにこれで息子の身を守れるのなら構わない。

慣れとは怖いもので、今では能力についても少しずつ理解出来るようになってきている。

敵を倒す際に使う技の種類、ラッシュ(走り技)やローテ(回転技)の使い分けも初めはよく分からなかったが、息子を守らなければいけないと強く思えば、自然と言葉が出てくるのだ。

もはや自然の流れというか、どのように説明すれば良いのか夜安にも分からなかった。

映画などで見かける掛け声のようなものはこんな感じなのかもしれない。


「父ちゃん、今日の昼メシは?」

「冷凍食品」

「はァ?」


昼食の買出しの帰り道、朝日あしたはあからさまに嫌な顔をして見せた。

そういえば昔から離乳食も全部手作りでなくては口をつけなかったな。

十七歳になってもその性格は変わらないようだ。

苦労していた妻の姿を夜安は思い出す。


「バァカ嘘だよ。ミートソースパスタだ」

「ソース手作り?」

「当たり前だろ」

「やった!父ちゃんのソース美味いんだよなァ!」


お前の母さんから教わった味だからな。

夜安はその一言をあえて口にはしなかった。

妻の記憶を話さなくとも、自然と朝日に繋げることに意味がある。

言葉にしなくたって、きっと息子は分かっているに違いないのだから。


「よし。さっさと帰んぞ」

「おぉ!飛ばせ飛ばせェ!」


ベビーカーを押して少しだけ速度を上げる。

相変わらず外は暑くて蝉の鳴き声も煩いが、今の朝日と話しながら歩く帰路も正直悪くない。

夜安は息子の笑顔を見て心の底からそう思った。

訳の分からない事に巻き込まれるのはゴメンだが、この朝日と過ごせるのはあと数日だ。

どうせなら、悔いなく過ごしたい。

十七歳の朝日だって自分の大切な息子であることに代わりは無いのだから。

朝日の鼻歌を耳にしながら歩き進める。


すると、ふと見慣れないベビーカーが道の端に置かれていた。

夜安はその光景を見てまず始めに、珍しい。と思った。

大きい双子用ベビーカー。それは周りではあまり見かけたことのない形式だった。

縦型でシートが2つ装着されており、子供二人を乗せるのに充分な機能を揃えたベビーカーだ。

しかし──、ベビーカーに子供の姿はない。


「はじめまして、夜安。」


同時に、声が聞こえた。

名前を呼ばれて振り返れば、そこにいたのは一人の男。

蒼く、ウェーブのかかった短い髪。水色の着物、羽織り。

瞳はまるで夜明け前のように深く─、吸い込まれそうな色をしていた。

何故か 動けなかった。

男は目の前まで顔を寄せると、にっこりと笑う。


「....っ、」


夜安は目の前の男の、深い瞳の色に圧倒されていた。


この男には、夜安の思考全てを停止させる何かがあった。


「お、まえ....誰だ....」

「僕は藤沙暗とうさあん。貴方を、助けに来たんです」


蒼色の男は、夜安に向けてゆっくりと掌を伸ばしかけた──


「第一形態──、ラッシュ!!」

「ッ!!」


が、それは朝日の声により止められた。

ベビーカーが激突し、男はそのまま吹き飛ばされて行く。


「父ちゃん!大丈夫か!」

「あ、ああ....」


夜安は混乱していた。あんな経験は初めてだった。

心の奥底を鷲掴みにされたような、目の離せない感覚は。


「さっきの奴、能力者に違いねえ!とにかく今はここを離れて─、」

「──ご名答だ。冬地朝日。」


困惑する二人をよそに、今度は少年が目の前に現れた。


(こいつ....どうして俺の名前を....)


朝日の頭に衝撃が走り、眩暈がした。

エメラルドグリーン色の髪をした彼は、灰色の着物をふわりと揺らし、水色の羽織りと共にくるりと空中で回る。

そして──


「第一形態──、

       コピー。」


次の瞬間、見えない何かにより朝日の身体は勢い良く吹き飛ばされた。

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