7.お前が教えてくれたんだろう

「ぐ、あぁっ!?」

「あーたッッ!!

  第二形態──、ローテッ!!」


夜安がすぐに能力を発動したことにより、大きな風が吹き朝日は無事受け止められる。


「大丈夫か!?」


駆け寄れば、朝日は夜安の腕を掴みすぐに立ち上がる。


「大丈夫だ....んなことよりも、早く逃げねえと」

「──いきなり攻撃するなんて、ひどいですねえ」


藤沙暗と名乗る男は、着物の汚れを軽く払いながらゆっくりと二人に近付いて来た。


「近寄るんじゃ、ねえッッ!!」

朝日が叫び、身体を赤く光らせる。


「おやおや。どうやら話し合いで解決するのは難しいようです」

「第二形態!」


朝日が飛び上がり、ベビーカーを大きく振り上げた!


「仕方ないですね....」

続いて藤沙暗も身体を蒼く光らせ、能力を発動する。


「第二形態──、

     スケープゴート」


目の前にいたはずの男はそこにはいなかった。代わりに姿を現したのは──


「な、んで....ッ」

父親である夜安だった。


「──ッ、グッ、ウ、アアアァッ!?」


竜巻のようなそれは夜安の全身を巻き込み、勢いを持って加速する。

引き千切れそうな感覚、脳の奥まで痺れが伝わってきて、呼吸が止まりそうだ。

瞬間、息子の顔が夜安の視界に映った。


(お前....何で、そんな....泣きそうな顔してやがる....)


─そしてそれはそのまま物凄い爆音と共に、地面に叩き付けられた。


「父ちゃああああああああん!!」


朝日は全速力で父親の元へ駆け寄る。

地面に倒れた夜安の姿を見て、彼は瞳を大きく揺らした。

心臓が痛い。胸が張り裂けそうだ。吐き気もしてきた。

記憶の中の恐怖が、再び顔を覗かせる。


「....傷付けるつもりはなかったんですが、夜安は大丈夫でしょうか?」

「”すり替え”たのはまずかったんじゃないのか?」

「見たでしょう?あの威力ですよ。まともに食らっていたら今ごろ僕達はお空の上です」


二人の声なんか耳にも入れずに、朝日は横たわる夜安の腕を引いた。


「父ちゃん!!おい!!しっかりしろ!!」

「あー....た、わり、俺....ッ、」

「は、話さなくていい、話さなくていい、から」


(朝日、手が震えている。いや違う....俺か。)


夜安は落ち着け、と自らに言い聞かせる。


「....エ、」


瞬間。朝日の瞳の色が、するすると色を変えていった。


「おい....あーた....?」


薄いグレー色へと変化されたそれは、これまでに一度も目にしたことのないものだった。


「オマエラ....ユ、ルサネエ....」


うめき声を出しながら下を向き、低姿勢でゆらゆらと揺れている。

身体は赤黒いオーラに包まれて行き、声も低い。まるで別人のようだった。


「お前....まさか第四形態を」

「....これはこれは。面倒なことになっちゃいました」


そして驚く藤親子を視界に捕らえた瞬間─、


「ア、アア、アアァァアアァァアァアアアアアッ」


目に追えない程の速さで二人に突進して行った!


「チッ!仕方ないな!

  ──第四形態、サクリファス!」


少年が声を上げれば、同じように蒼く黒いオーラに包まれながら豹変する。


「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


暴走する朝日が蹴りを入れれば、沙明は同じように蹴りで返す。


「何がどうなっていやがる....」


状況がまるで読めないが、息子の様子がおかしいことだけは分かる。

必死で身体を起こせば、そこには藤沙暗が立っていた。


「大丈夫ですか?」

手を差し出されたが、夜安はそれを強く振り払う。


「テメェの....仕業なのか....!!」

「ああ。もしかして知らないんですか?アレは僕達の中では禁忌の技なんですよ」

「禁忌....?」

「かなりのパワーを手に入れられます。それこそ親がいなくても戦えるほどに。けれど、とても危険な技なんです。後遺症が残るリスクもあれば、──自我を失い人を殺してしまうこともある」

「殺....す?」


朝日に視線を向けた。容赦のない蹴り、拳、赤く染まった掌。


『─ベビーカーは俺達の、そして父ちゃんの命を守る為に存在するんだよ。』

瞬間。彼の頭の中に、息子の言葉が浮かび上がった。


「第一形態──、」

夜安の身体が赤く光り、周りの木々がざわめく。


「夜安!?」

神経を集中させ、ベビーカーを持つ手に力を込める。


「駄目だ!そんな身体で!」

そして、色を失くした瞳で戦う息子を見て、息を吸う!


「ラ───────ッシュ!!」


助走なんかいらない、勢いをつけ、猛スピードで、飛ぶ!


「「!」」


争う二人の合間に夜安が飛び込む。灰色の瞳をした、息子と視線が重なる。


「ジャマ、スルナアァァァァァァ!!」


朝日はそのまま夜安に向けて拳を振りかざした。


「お前が教えてくれたんだろう、朝日」

「アアアアアアァァァァッァアアアアアア」

『─ベビーカーは俺達の、父ちゃんの....。』

「家族を守る為に!!あるんだろうが!!」


受け止めた拳は、夜安の掌を貫通してしまいそうな程、強く、熱い!


「夜安ッ!!無茶ですッ!!」


掌から血が噴出した。

同時に、夜安の身体が強く光り出し、空気が張り詰められ、時が止まった。


「第三形態──

      へヴィ」


瞬間。朝日の拳はゆっくりと地面に落ちて行き─、そのままぼとりと、音を立てた。

葉が落ち、砂が沈み、雲は止まる。そんな、一瞬の出来事だ。

夜安は重力を操り、朝日の動きを停止させたのだった。


「す、素晴らしい....」


藤沙暗が呟いたのと同時に、周りの景色は一瞬して元に戻った。

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