第69話 側近ライの履歴書・その6

 ファーと二人三脚で皇太子を始めて数年が経った。

 皇太子としての執務は多岐にわたる。

 所領からの報告の確認、各省庁との折衝。

 何故か貴族の男女関係の確認なんていうのまである。

 帝位につくまでになんでもかんでも頭に入れておけということなのだろう。

 今ではくだくだと書かれた書類を一瞥して、どこの省庁の誰が何を言いたいかが分かるようになった。

 ファーには無理らしい。

 だがあの紙とインクの無駄遣いのような長々しい文章を一々読んでいたら日が暮れてしまう。

 人間やればなんでも出来るようになるものだ。

 そんな忙しい暇を見ては冒険者として働き、貴族の依頼を受けて若いご令嬢と接触する。

 が、残念ながら今のところステキな出会いとやらはない。

 父上も母上も呆れかえっている。

 当然僕もだ。

 ファーは決して魅力のない男ではない。

 だからこれはもう本人がどうという問題ではないような気がする。


 その間に実家で動きがあった。

 なんと一気に子爵へと陞爵しょうしゃくしたのだ。

 それも正三位。

 元婚約者の家は同じ子爵でも従三位だから、実家のほうが格上となる。

 そして元友人の男爵家はさらに下位の従四位。

 もうお付き合いすることもないくらいに離れている。

 なぜ男爵を飛び越して子爵かというと、やはり何代も真面目に仕えていたことと、何度も陞爵しょうしゃくの予定がありながら土壇場で取り消されていたということもある。

 その年その年で他に顕著な成果を出してきた家があっただけで、実家に問題があったわけではない。

 そして長きに渡って影日向に尽くしてくれた家を無下にしてよいのか、目立たずとも国を支えてきた家が報われないのはいかがなものかという意見が騎士団から多数上がったことも理由の一つだ。

 別に僕の実家だからという理由ではない。

 嬉しいけれど。

 僕は父上の後ろの厚い幕の後ろで儀式を見ていた。

 父であった人は少し年を取っていた。

 白髪やしわが増えていて、僕に関わる一連の騒ぎで随分と苦労をしたのだろうと心が痛んだ。

 そして本来なら賜る筈の所領を父は断ってしまった。

 我が家は最後まで騎士としてお仕えさせて頂きたいと。

 父らしい。

 もっとも父には領地経営など出来るはずがないから、余計な仕事が増えなくてきっと弟も妹もホッとしているに違いない。

 当然仕事を丸投げされそうな母も。


 例の元友人夫婦。

 あの後もう一人、娘が生まれた。

 孫娘可愛さに両家の父親たちは事をうやむやにしようとしたようだが、家族はあの騒ぎをまだ許していなかった。

 あれを理由に弟妹や従兄妹まで迷惑を被っているからだ。

 ある従姉妹は離縁されて実家に帰されたし、婚約解消された妹もいる。

 弟たちの何人かは職場で冷遇されている。 

 それも彼らの血筋であれば今後同じことをしかねないと判断されたからだ。

 色恋沙汰は本人たちが幸せでも、周りはそうでもない。

 責任を取るのが本人だけとは限らないのだ。

 一族郎党から恨まれてこれからどう生きていくつもりなのだろう。

 騎士団での仕事もそうだ。

 後から入ってきた後輩たちにもどんどん追い抜かれ、基礎訓練にも参加させてもらえず、すっかり文官勤務になってしまったという。

 剣の腕では養成学校随一と言われていたのに残念だ。



 僕と入れ替わりに養成学校に入学した弟が卒業し第一騎士団に入団した。

 妹は精華女子学院で勉強しているらしい。

 その頃になってもファーには意中のお相手は出来なかった。

 二十五才になってもお相手がいなければ強制的に結婚させる。

 そういう皇太子限定の規則がある。

 観念した父上と母上は数代ぶりの『皇太子妃選定の儀』を行うことを決めた。

 ファーはかなり文句を言ったが、こればかりは自業自得だ。

 かばいたくてもかばえない。

 あれよあれよという間に皇太子妃候補が決められ、以前僕たちが住んでた離宮に娘たちが連れて来られた。

 集められた二人の女性に会うことも出来ず、当然どんな女性かも知らされず、ファーと僕は一年以内にやってくるだろう正式な婚約に頭を抱えた。


「おまえはいいよな。ただのライオネルに戻るだけだ。俺はこの先一生好きでもない女と暮らすんだぞ。少しは同情しろ」

「していますよ。していますけれど、こればかりは身から出た錆としか言いようがありませんよ。それもこれも依頼相手のお嬢様の相手を全部僕に押し付けていたからでしょう」

「そりゃまあ、そうだが」


 冒険者としては主に討伐を受けていたが、たまに貴族から特別な植物の採集や物品の入手などの依頼がある。

 そんな時は依頼書より踏み込んだ内容を聞くためにお屋敷に伺うことにしている。

 という理由でその家のご令嬢を観察する。

 ピンときたらただの貴族令息として夜会などで接触を図る。

 ・・・予定だった。

 なのにファーときたら !


「しかたないだろう、ピンと来ないんだから」

「はいはい、妃殿下候補のお嬢さんたちにピンとくればいいですね」


 けれどお妃教育が終わり正式に決定するまでは僕たちには一切の情報は届かない。

 当然彼女たちの姿を見ることも出来ない。

 いらいらするファーに付き合っていたら、皇太子の仕事も冒険者の依頼も終えてしまった。

 やることもないので冒険者姿で普段人のこない敷地内をブラブラしていたら、僕たちは運命に出会った。

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