第68話 側近ライの履歴書・その5

 元友人の不可解な勤務状況。

 他の同期は見習期間を終えて順調に俸級が上がっている。

 彼だけが入隊時の最低賃金のまま。

 そしてあれこれ学ばなければいけない時期に、何時までも同じ場所で基礎的な仕事をさせられている。

 一体これはどういうことだろう。

 彼は優秀な学生だったはずだ。

 

「ああ、それは仕方がないな」


 報告書とにらめっこをしている僕にファーが言った。


「彼はライの元婚約者と結婚しただろう。あれが足を引っ張っているんだ」

「待ってください。それがどうして足かせになるんです ? もう婚約は解消しているんです。関係があるとは思えませんが」

「そうだなあ。そろそろ知っていてもいいかも知れない。つらいかも知れないが、落ち着いて聞いておけ」


 ファーが言うには、まず最初の部署で真剣さが足らなかった。

 真面目にやっているようでところどころで手を抜いているのが見かけられた。

 新人は与えられた仕事に全力で取り組まなければならない。

 まずそこで目を付けられてしまった。


「ですが、それは彼が力の割り振り方を知っているからで・・・」 

「おまえはとことん人がいい。それは始まりでしかなかった。もっとも重要なことはこれだ」


 ペラっと一枚の紙が差し出された。


「これは ? 」

「よく見ろ。あいつから出された申請書だ」


 申請書。

 彼のサイン入りのそれは『家族手当』のためのものだ。


「・・・うそでしょう。だって、結婚してから半年も経っていないんですよ。それがこんな、まさか・・・」

「その日付から遡ると、在学中からの付き合いだったんじゃないか ? 」


 第一子、男児誕生。


「隠しているつもりだったんだろうが、ご婦人方は同性の身体の変化に敏感だ。結婚式の後から密かに噂になっていた」


 別れてから半年も経たずに入籍。

 挨拶周りにきた新婚夫婦の妻が身重であることは、経産婦の同僚の妻たちの目には明らかだった。

 当然それは夫たちへと報告される。

 清廉潔白を重んじる騎士団。

 親友を婚約者を裏切った二人。

 二股をしていた女。

 騎士爵の嫁より次期男爵夫人を選んだ恥知らずな娘としか見ることはできない。

 これは、許されるのだろうか。


「まず信用できないというところで出世はない。重要な仕事も任されない。いつまでも底辺のままだ。そして騎士団員の奥方はお互い助け合いながら夫を支えている。その輪の中に入れないとなると、わかるな ? 」

「・・・」

「そしてこれだけ騎士の名誉を汚すようなことをしたんだ。共に戦いたい、背中を預けたいと思う奴はいないだろうよ」

 

 数年は針の筵だと思うが、心を入れ替えて真面目に働けば少しはましな扱いになるかもしれない。

 騎士団の恥を外に出すわけにはいかないから、退職することも認められない。

 また夫人の実家の子爵家では、跡継ぎの兄が二度と家の門をくぐらせないと宣言している。

 男爵家でも父親が死んで爵位を受け継ぐまで一切の援助はしない、顔を出すなと母親に言われている。

 幸せなはずの二人の未来は最初から暗雲が立ち込めていた。


「どっちの父親も打算が働いたんだよ。金持ちの子爵の娘と貧乏男爵家の嫡男。利害が一致した。だがどちらも低位とは言え爵位持ちの貴族だ。平民のようなマネをして騎士爵の顔に泥を塗ったんだ。しばらくは公式行事以外では貴族社会に顔を出すことは無理だろうさ」


 僕たち三人はとにかく仲が良かった。

 突然の用事で彼女に会いに行けなくなった時は彼に伝言を頼んだ。

 芝居の切符が余ってしまった時は、代わりに彼に二人で行ってもらった。

 そうか。

 そうやって二人の仲は近づいていったんだな。

 そのきっかけを作ったのは僕だ。


「おい、自分にも責任があるなんて 考えているならそれは違うぞ」

 

 報告書を握りしめて呆然とする僕の頭を、ファーが手刀でトントンと軽く叩いた。


「全てはあの二人が愚かだったせいだ。成人前とは言えやっていいことといけないことがある。これから先周りから誹られるのも、生まれてきた子供が悪意に晒されるのも、全ては裏切りという愚かなことをした本人たちが責任を持って贖っていくしかない」

「しかし・・・」

「下手な同情は止めろ。この件にお前が関わる必要はない。もう友人でも婚約者でもないんだからな」


 ファーの言う通りだ。

 今の僕は帝国の皇太子で、騎士養成学校には通っていなかったし親友も婚約者もいなかった。

 だから、これはただの一騎士の素行調査の結果でしかない。

 それでも・・・。


「結局のところ僕は友情も愛情も育めなかった愚か者というところですか」

「何を言ってるんだ。友情なら俺と育めばいし、愛情ならこれからきっといいご婦人が現れるさ」

「そうですね。ファーが紹介してくれますか」

「おまえに女性を紹介できるような甲斐性が俺にあると思うか ? 」


 そんな女性がいたら先に口説いているとファーは笑う。

 早くそうなるといいですねと僕も返す。

 やがて秋が来て騎士団に新人が入隊し、社交の季節が終わった初冬、ファーと僕は離宮から王太子宮へ移った。

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