第67話 側近ライの履歴書・その4

本日二話目になります。


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 僕は御所の隅にある離宮で暮らすことになった。

 ファー先輩が物心ついた頃から暮らしている場所だ。

 なんでも皇族の方々は一歳になるかならないかで個人の離宮が与えられると言う。

 当然ご両親とは一緒に住まない。

 だが成人するまでは日々の食事はご一緒だし、今でも折を見ては交流をされているそうだ。


「俺のことはファー、公の場所ではヨサファートと呼び捨てにしてくれ。俺たち二人は同等の関係だ。どちらが上でも下でもない。楽しくやっていこう。もう家族なんだからな」


 家族。

 皇室ご一家。

 これからは僕もその中に入ると言われて、少々緊張する。

 離宮の裏には屋内訓練所と広々とした庭というか競技場のような場所。

 他言無用とか毎月の扶持とかに関する山のような契約書類にサインをした後で、この世間と隔絶された場所で僕の皇太子生活が始まった。


「まあぁぁっ ! やっぱり思った通りだわ。紅顔の美少年とはライオネルのことね ! 」


 皇后陛下、母上が嬉しそうに手を叩く。

 

「近衛からぜひにと入団を請われた時にそうではないかと思ったのよ。何しろ入団資格の第一条件が容姿端麗ですものね。どんなに規則通りの垢ぬけない格好をしていても、生まれながらの容姿は隠せないものよ」


 見る人が見ればわかるのよ。

 母上はそう言って大仕事をやり遂げた侍女たちをねぎらう。


「まだ十七ですものね。背もまだまだ伸びるでしょう。人前に出る頃には立派な青年になっているわ。楽しみね」


 あの後離宮に連れてこられた僕は、水泳訓練が出来るんじゃないかというくらい広い浴室でこれでもかというほど磨き上げられた。

 髪には香油、ボサボサだった眉は綺麗に整えられた。

 眉って切ったり剃ったりするんだと驚いた。

 下着や服も華美ではないが着心地の良い一流品だとわかる。

 今の僕を見て、家族は僕だとわかるだろうか。

 それくらい別人になった。

 たぶん皇帝陛下、父上の仰る通り、卒業前からこうなることが決まっていたのだろう。

 養成学校の校則通りギリギリまで刈っていた僕の髪では、どうみたって皇太子殿下でございとは言えない。

 どおりで騎士団では髪を伸ばし放題にさせられたわけだ。

 かなり伸びたと思っていたが、貴族の男性としてはまだまだ足らないらしい。

 皇族としての立ち居振る舞いを身に着けるのにはひと月ふた月では足らないから、その間にどんどん伸ばしていくらそうだ。

 少なくとも一つに結んで肩甲骨の下あたりまで伸ばしたいと言われたが、そんなに早く伸びるのだろうか。

 もうすぐ春。

 僕の皇太子デビューは社交界が閉じる次の冬だ。

 だがその前に。


 ◎


「よろしいですか。まず私たち使用人のことは呼び捨てにしていただきます。私ならモーリス、セシリア侍女長については名前もしくは官職名でお願いいたします」

「いちいちありがとうとおっしゃらないでください。目を見て頷くだけで十分でございます。ご用のある時はほんの少し指をあげるだけで。それだけで周りの者はわかります」


 皇太子教育が待っていた。

 一流の側用人は求められる前に動く。

 勘ではなく、お茶一杯にしてもどれくらい前に飲んだか、量はどれくらいか、茶葉の種類はなんだったか、部屋の温度と湿度はどうか。 

 情報として全て叩きこまれているのだと言う。

 最初は魔法のようだと思ったけれど、全てが日頃の鍛錬から来ているのだと言われて、召使と言えどその力は侮れないと敬意を表する。


「殿下はそのようなことをなさってはいけません。もっと悠然と構えて下さらないと」

「基本私たちはその場にいない者とお考え下さい。何が行われても何を話されても、外に漏れることはありません。ご自由にお過ごしくださいませ」


 と言われてもすぐに出来るわけがない。

 モーリス(さん)とセシリア(さん)が朝から晩まで傍にいて指導してくれる。

 この人たちはいつ食事をしていつ休憩をとっているのだろうと不思議になる。


「殿下はそのようなことを気になさる必要はございません」

「それこそ王族らしからぬお振舞いでございますよ。おねぎらいでしたら殿下の笑顔一つで十分でございます」


 僕がならなければいけないのは、影武者でも身代わりでもなく本物の皇太子だ。

 わかってはいるけれど殿下と呼ばれることにまだ慣れない。

 そして身に着けることが多過ぎる。

 そろそろ疲れが溜まってきたところで、ファーから城下町に行こうと誘われた。


「ちょっと気晴らしに依頼を受けに行かないか ? 冒険者登録はしてあるんだろう。良い感じの位階まで上がってるって聞いぞ」


 それから僕たちはデュオとして活動を始めた。

 週に二回ほど討伐や護衛を引き受けていると、皇太子教育で溜まった心の重みが随分と軽くなった。

 ひと月もしないうちに僕たちは『黒と金』と呼ばれるようになった。

 パーティ名ではなく自然とついた二つ名だ。

 僕の金髪とファーの黒ずくめの装束から付けられたらしい。

 二つ名をもらえるのは冒険者として一人前になった証拠。

『おちこぼれ主席』と馬鹿にされた僕だが、一つ胸を張れることが出来たと満足した。


 これを自信にして皇太子教育にも力を入れ始めた頃。

 騎士団についての報告を読んでおかしなことに気が付いた。

 次席だった元友人。

 彼の俸級の上がりが遅い。

 同期と比べても格段に遅い。

 下手をするとこの秋入隊の新人に追い越されるくらいだ。

 そして、入隊時に配属された部署から移動していない。


「おかしいですね。ありえないでしょう」


 入隊すると三か月から半年単位で各部署を回る。

 そうやって最終的に最適な部署に配属されるのだが、この一年ずっと同じところにいる。

 そして仕事内容も変わっていない。

 これはどうしたことだろう。

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