第66話 側近ライの履歴書・その3

 夕方もう一話更新いたします。

 よろしくお願いいたします。


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「そなたを『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』に入れた理由だが、もうわかっておろう。最低限の皇太子としての執務が取れるようにするためだ」


 入団してから僕はありとあらゆることを教えられやらされた。

 逆に騎士としての業務は一切教えられなかった。

 そしてジジィ、先輩たちの言う事をそのまま受け入れていたら、お前には主体性はないのかと怒られた。


 言いたいことははっきり言え。

 間違いは正すが、文句でも愚痴でも聞いてやる。

 納得いかないことにはとことん反論しろ。


 騎士とは本来命令は絶対。

 理不尽なことにも唯々諾々と従う。

 従順であれ。

 逆らうなどもってのほか。


 真逆なことを要求され、当初は随分戸惑った。


「皇太子たるもの皇帝以外の命令は受けてはならぬ。指示し命令する者なのだ。一度誰かの下につくことを覚えれば、もう完全な支配者としてはやっていけない。上に立つ者としての立場と心構えはそう簡単に身につくものではない」


 だからあそこでは皆そなたに対して対等の立場で接していたはずだ。

 そう言われてみて、先輩たちの指導にそういう意味があったのかと納得がいった。

 つまり最初から僕を人知れず鍛えるためだったのかと。


「かの騎士団は養老所などではない。専門分野に特化した者を集めた特殊部隊だ。お庭番が集めてきた情報は、まずあそこに集められる。各騎士団に配布されるのは差し障りのないもので、真に重要な情報は余と宰相とあれらとだけ共有される。実際に動くのもあれらだ」


黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』とは情報収集から解析、時として問題解決のための実働部隊まで引き受けてしまうとんでもない年寄り集団だった。

 先輩たちが時々慰安旅行と言って留守にしていたのは、そういった処理をするためだったらしい。

 そして今回のように皇太子を務める新人の教育係も兼ねているそうだ。


「ちなみに卒業までに倅に相手が出来ていたら、そなたの配属先は近衛騎士団になるはずだった」

「それはそれで異例ですね」

「うむ。近衛はまず容姿端麗が基本なのでな。後は血筋と忠誠心だ」


 我が家はかなり古い騎士爵で、本来ならばとうに男爵になっていてもいい家柄と言われてきた。

 だがいつまでたっても騎士のままで、要領の悪いどんくさい、面倒な仕事は全て引き受けてくれる都合のいい家だと陰で言われているのも知っている。

 とにかく帝国と皇帝陛下のために真面目に働く。

 忠誠心なら随一。


「だから久しぶりの新人にはぜひそなたをという声が随分前からあったのだよ」

「そしてあなたの実家ですが、今年の除目で叙爵をという予定もありました。ですが、あなたを勘当したことでまたまた先延ばしになりましたよ」


 皇后陛下によると、僕が落ちこぼれ騎士団に入ったことを黙って受け入れていれば男爵になることが決まっていたそうだ。

 だが下手に目立ってしまったためにそれも無くなった。


「そのような醜聞のあった家では取り立てる理由がない。残念ながらもう少し我慢をしてもらわねばな」

「ライオネル、あなたには皇太子として執務を行うとともに、時間を作って市井に降りて、息子が婚約者に相応しい女性と出会えるように手助けして欲しいの。このままでは『皇太子妃選抜』で会ったこともないご令嬢を妃にしなければならなくなる。だから、お願いよ」


 皇后陛下は白魚のような手で僕の手を握り懇願される。

 えーと、僕の仕事は皇太子として先輩と二人で執務を行うこと。

 そして先輩に素敵な彼女が出来るように協力すること。

 これから出会うのは御所の皇太子宮と王城の皇太子府で働く人たち。

 住まいと執務する場所は隣接しているので、他の貴族や騎士に会うことはない。

 せいぜい厳選された近衛くらい。

 少人数との接触ならば偽物とバレる心配もないだろう。

 僕は腹をくくった。


「色々と納得のいかないこともありますが、皇后陛下がそこまで仰せなのですから、心してお受けさせていただきます。ですが、僕は地味で目立たない存在感もなく印象に残らないつまらない人間です。お役に立てますかどうか甚だ心配です」

「・・・すまん」


 さすがに目立たないを乱発しすぎたと気付いたのか、皇帝陛下が頭を下げた。


「いえいえ、皇帝陛下ともあろうお方が、僕みたいな地味で目立たない存在感もなく印象に残らないような若造に頭を下げるなどなさらないでください」

「そなた、そうとう根に持っておるの」

 

 これからは一人の騎士ではなく、この帝国の皇太子として生きなければならない。

 期間限定とはいえ高難度な任務を押し付けられた僕の最後のささやかな抵抗だ。


「そなたとは良い親子になれそうだ。今より余を父、皇后を母と呼ぶように」

「はい、父上」

「それとそなたは確かにパッとしない容貌ではあるが、決して元は悪くはないぞ。いや、どちらかというと上の上の部類だ」


『目立たない』を「パッとしない』に言い換えた陛下が、パラパラとめくっているのは騎士養成学校の校則だ。


「養成学校では髪型から服装まで厳格に決まっている。それを破れば減点対象になり度重なれば停学、さらに繰り返せば放校処分となる」


 開校してすぐにはかなりあったというその処分は、今ではほとんど伝説となっている。

 みな真面目に守っている。


「そなたの人でなしの友人、前年度の主席卒業生。かなり目立って校外の女性にも人気があったのは覚えているか」

「はい。開校祭の時は随分と囲まれていましたね」

「では彼らの髪型を覚えているか」

「髪型・・・ですか ? 」


 最後にあったのは卒業式。

 もう一年近く前だ。

 彼はどんな髪型をしていた ?

 たしか平日は前髪を整髪料で後ろになでつけていたような・・・。


「学生は髪をギリギリまで刈っておくことがきまり。だが彼らはバレない程度に伸ばしていた。本来なら規則違反にあたるのだが、実は上位三位まではある程度のお目こぼしをするという暗黙の了解がある」

「お目こぼし、ですか ? 」

「やるべきことをしていれば多少羽目を外しても許される。そなたは真面目だったからそんなことは知らなかったのだろう。だから規則通りの服装で通していた。その他大勢と同じようにな」


 だからこそ群衆に埋没していたと言われ、そんな明文化されない抜け道規則があることすら知らないとは、どれだけ交友関係が狭かったのだと呆れられた。


「だか皇太子となるにはそれでは困る。多くはないとはいえ、これからは各省庁の責任者と会うこともある。しっかりと身なりを整えんとな」


 パンパンと陛下が手を叩くと、二人の人物が現れた。


「御所家令のモーリスでございます」

「御所侍女長のセシリアでございます」


 恭しく頭を下げられて、僕も立ち上がって礼を返す。


「・・・そこから学ばねばならんか。それでは本日より主にこの二人から皇太子の何たるかを教わるように」


 団長が行けと目で合図をするので、僕はお世話になりましたと返して二人の後についていった。

 これからどんな目にあうのかも知らずに。

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