第65話 側近ライの履歴書・その2
「ちょっと皇太子やってくれないかな ? 」
「はい、よろこんで」
ちょっとそこの塩を取ってくれないかな。
そんな軽い感じで言われたので、僕もついうっかり同じノリで返事をしてしまった。
そしてハッと気づいて、しまったと思った。
これは即答していいものじゃない。
「お、お待ちください。今、今なんと仰せでしょうか。僕、私には理解しがたいことだったような気がするのですが」
「いや、言質取ったからね。そなたは今からこの帝国の皇太子だ。励めよ」
「影武者ですかっ ?! 身代わりなんですかっ ?! 」
「落ち着いてくれ。今説明するから」
ファー先輩、ヨサファート様が僕の肩をポンポンと叩いて落ち着かせてくれる。
「我が帝国の皇太子制度についてはどれくらい知っているかな」
「・・・皇太子殿下が次の皇帝陛下になる、のではないんですか ? 」
「違わないんだけどね」
ファー先輩が説明してくれたのは、他国とは少し違っているところ。
皇太子は実は二名存在するのだそうだ。
と言っても本物は一人だけで、もう一人は隠れ蓑。
影武者とかの入れ替わりではなく、二人三脚で皇太子業務を行う。
どちらが本物の皇太子かはご婚約が成った時に発表される。
「正式な婚約者が決まるまで、俺たちは社交もしないし政治の場にも出ない。皇太子府で皇帝陛下の執務の補助をするんだ」
「あの、外に出ないのにどうしてもう一人必要なんですか」
「二人でやったほうが仕事が早く済むからじゃないかな。ホラ、重い荷物も二人なら半分って言うだろう」
「違うわ、阿呆。書類はきっちり二人分渡すからな」
楽はさせてくれないようだ。
「確かに元々は命の危険を避けるためという意味合いがあったらしい。だが今は皇太子の執務を行うことでその仕事を十分に理解して、将来的に良き助け手となるよう育てることに重きを置いている。という訳で、ライオネルよ。お主を皇太子ヨサファートの側近として取り立てる」
側近。
文字通り近くに侍り、業務や生活の補助をする者。
その能力は卓越し、主からの信頼も厚く、時に道を外しそうな時は窘める。
「ぼ、私は学生の時にすれ違ったことすらありません。信頼関係なんてないじゃありませんか。それが突然側近なんて。それに私にはそんな重要なお役が務まるような能力はありません。辞退させてください ! 」
「ほう、余の命にさからうのか」
「そんな、そんなことはっ ! 」
半立ちになってお断りする僕を団長が座らせる。
皇后陛下はあらあらと扇子の影で楽しそうに見ている。
ファー先輩、もとい皇太子ヨサファート殿下は他人事のようにニヤニヤしている。
いや、あなたの側近選びなんですから、もう少し真剣になってください。
「まずこの伝統を知る者は少ない。いや、ほぼいないと言っていい。何故なら余も含めて、ここ三代成人してすぐに婚約しているのでな」
「父に連れられてきた王城で迷った私が、御所に間違って入り込んだことがきっかけなのよ」
皇后陛下、そんな馴れ初めはいりません。
「ところがコレは成人してもう二年になるというのに、未だに浮いた噂の一つも聞こえてこない。さりげなく出会いを画策してもウンと言わない。さすがにそろそろ時間切れだ」
「仕方ありません、父上。これという女性に出会わないのですから」
ならばさっさと探しに行けと皇帝陛下に言われても、出会わないものは出会わない。
こればかりは皇太子殿下を責めてもしかたがない。
社交もできない、表にも出ないでは、どこに素敵な出会いが待っていると言うのだろうか。
「まあ、倅に女運がないうえに甲斐性もないのは仕方がないとして、そなたに目をつけたのはたまたまではない。きちんと調査した上なのだ」
オホンと咳をして皇帝陛下は続ける。
「まずそなたが主席卒業生だというのが理由ではない。それならば去年の者でもよかった」
「そうですね。確か殿下とも仲がよかったと思います」
殿下のまわりで一緒になって騒ぎを起こしていたのを記憶している。
「そなた、苦手な教科がなかったろう。どんな教科も万遍なくこなし、どれか突出してできるわけではなく、特に苦手なものもない。それがまず第一の理由だ」
「・・・」
「加えて品行方正。成績が良く容姿も悪くない。なのに謙虚で目立たない。一歩下がって人を立てることを知っている。側近として申し分ない」
これは、褒められているのだろうか。
とてもそんな気はしないのだが。
「皇太子よりも有能で、皇太子よりも目立たない。だがあちらのほうが皇太子なのではないかと思わせる。そう言う人物が欲しかった。そなたこそ影武者にうってつけだ」
やっぱり影武者なんだ。
そして皇帝陛下。
理路整然としているようで脈略の無い説明です。
「実はそなたは三年前から側近候補に上がっていた。そなただけではない。あの、その人でなしの友人もその一人だった。だがそなた以外の者は目立とうとしたり他人を貶めようとしたり、皇太子として人前に立つのに難があった。必ず出自がバレてしまうのでな。その点そなたは目立たず、あまり印象の残らない存在だった。名前は知っていても姿形を説明させても曖昧だ。これこそ我らの求めている人材」
「・・・」
「だが皇太子としての知識と実力がないのは事実。そこで我らはそなたの『
・・・なんとか僕を丸め込もうとなさっているのは理解できました。
ですが、はっきりしているのは、僕が目立たない地味な人間だということだけですね ?
大切なことなので三回も良いましたね ?
次はどんなお話を聞かせていただけるのでしょうか。
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