おまけの話

第64話 側近ライの履歴書・その1

 僕の名前はライオネル。

 家名はない。

 以前はあったが勘当されたので今は平民だ。


 僕は一介の騎士爵の嫡男として生まれた。

 十歳で騎士養成学校に入学する時、父の上司の知り合いの友達とかいう複雑な関係の子爵令嬢と婚約させられた。

 我儘な娘を平民に嫁がせたら碌なことがないという父親の考えで僕が選ばれたらしい。

 でも彼女は無理な要求はしてこなかったし、気は強いけれど本当は優しくて思いやりのある子だった。


「私の好きな果物がないわ。買ってきて ! 」

「今はその果物は採れないんだよ。こちらが旬でとても美味しいんだ」

「し、仕方ないわね。食べてあげるわよ ! 」


 こんな感じでツンツンしてても可愛らしくて、僕たちは良い友達だった。

 学校は全寮制だったから頻繁には会えなかったけど、週に一度は手紙を書いたし、週末には出来るだけ会いに行った。

 行事や訓練で会えない時は予め謝罪して花を贈った。

 そのうち親友と言える相手も出来て、よく三人で遊びに行ったりして、僕たちは上手くやっていけていたと思う。


 問題は養成学校の卒業式で起こった。

 卒業式では成績下位から呼ばれて騎士団や省庁の所属先が発令される。

 次席の親友は第三騎士団だった。

 王都でも主に貴族街を中心に活動している団だ。

 男爵家の嫡男である彼ならば確かに相応しい場所だ。

 そして主席卒業生の僕の名前が呼ばれた。


「ライオネル・ヴァルカ。黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団」


 会場から驚きの声が上がった。


黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』

 引退した騎士たちの養老所。

 そこで働く者も王宮各所から集められた老人ばかり。

 決して表に出てくることのない、騎士の墓場と呼ばれている。

 僕はそんな場所に配属されてしまった。

 

「悪いが先の無い騎士に娘はやれん。婚約は解消させてもらう」

「成績だけ良くても浮かぶ瀬のない嫡男などいてもらっても困る。二度とヴァルカの家名を名乗らないでくれ」


 式の後のお祝いの夜会。

 僕はそれに出ることもなく騎士団へと連行された。

 後で実家から手紙が届いたが、僕はそれを開封することなく捨てた。

 その日のうちに宗秩そうちつ省から廃嫡と除籍の承認が出されたからだ。

 僕からの接触など出来るわけがない。

 僕は十六にして家族と未来と名誉を失った。 


黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』は日がな一日ゴロゴロしているだけのごく潰しの集団。

 ところがどっこい。

 実態はそんな甘いものではなかった。

 翌日から早朝の二時間は実務の講義。

 午前中は書類整理。

 午後はジジィ、いや先輩方との実戦形式の訓練。

 夜は再び座学。

 それに慣れたと思ったら冒険者登録をして、昼間はガンガンと依頼をソロで受けさせられる。

 それも新人では受けられないような難しい討伐。

 多分騎士団権限で裏から手を回されたのだと思う。

 ある程度位階が上がったら、再び訓練と座学。

 

 座学の内容は多岐にわたった。

 チェスやショーギと呼ばれる盤上遊戯を使った戦略、戦術、作戦立案。

 一手先どころか五手も六手も先を読む力。

 出入り業者との交渉術の応用と国際プロトコール、各国の情報収集と解析。

 寝る間を惜しんでと言いたいが、何時までも起きていると先輩がやってきて灯を取り上げてしまう。

 後でこれが体調管理も仕事のうちと気遣われていたのだと、みんなでこの落ちこぼれの新人を見守ってくれていたのだと感謝した。


 その頃僕宛に無記名のはがきが届いた。

 そこには僕の親友と元婚約者が結婚したと書かれていた。

 卒業から半年経っていなかった。

 僕は親友すらも失った。


 恨みつらみはなかった。

 毎日必死で過ごしているうちに、そんなことはどうでもよくなっていた。

 結局人間どこに行ってもそこで頑張るだけだ。

 ただ、無性に寂しかった。

 共に励まし合い競い合い笑いあった友人たちが、僕の周りにはもう誰一人いなかった。

 騎士団の先輩は僕より五十も六十も年上。

 可愛がってもらってはいるが、やはり同年代の友人と触れ合いたかった。

 そんな時だった。

 僕は当時の団長に連れられて王城のある場所に連れて行かれた。

 細く曲がりくねった道で、灯も少なく人とすれ違うこともない。

 その先に待っていたのは、四名の人物だった。


「ライオネル・ヴァルカ」

「除籍されましたので、ただいまは平民のライオネルにございます、皇帝陛下」


 跪く僕に陛下は向かいのソファーに座るよう勧めてくれる。

 ここは皇室ご一家のお住まいの御所で、限られた者だけが入ることができる場所らしい。

 そんな恐れ多い場所になぜ僕が呼ばれたのだろうか。

 部屋には皇帝陛下の他に皇后陛下。

 そして卒業式で見た宰相閣下がいた、


「この度はすまなかった。まさかそなたの親が放逐などと愚かなことをするとは思わなんだ」

「婚約を解消した上に彼女はあなたの友人と・・・。なんと思いやりのないことでしょう。人としてどうかと思いますよ」


 両陛下は口々に僕を慰めて下さる。

 その温かいお心にただただ頭を下げた。


「ところで世間の者はそなたを役立たず騎士団の老人介護従事者と揶揄しておるが、そなた自身はどう受けとめておるか」

「お上、そのような仰りようは」


 皇后陛下が陛下をお止めするが、僕はそんな噂があることを知らなかった。

黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団の隊舎は他の団と反対側にあり、また全てが隊の中で済ませられるので関係者以外と出会うこともなかったからだ。

 蔑む言葉はもう卒業式の時に十分聞いた。

 今さら何か言われても上書きするだけだ。

 それに僕は学生時代はもちろん、哨戒や護衛任務では得られない貴重な体験をさせてもらっている。

 それは何物にも代えがたい知識と経験だ。


「そうか。よかった。それがわかっているなら話が早い。ヨサファート、来なさい」


 その声に陛下の後ろに立っていた人物が前に出る。

 栗色の髪を丁寧に撫でつけた青年だ。

 どこかいたずらっ子っぽい目は、どこかで見たことがある。

 あれは確か・・・。


「あの、ファー先輩ですか。二学年上の」

「ああ、覚えていてくれたんだ。そうだよ、俺だ。話したことはなかったと思うんだが」

「ファー先輩を知らないなんて、養成学校ではモグリですよ」


 先輩はあまり身の回りに気を配らない人で、寝ぐせの酷い髪やボタンの掛け違えでよく監督生に注意を受けていた。

 成績は少しだけ上位よりの真ん中くらいで、学業という点ではそれほど目立つ人ではなかったと思う。

 ただ、行事でも試験でもすべてをお祭に変えてしまう天才で、何かが起こればその真ん中には必ず先輩がいるというくらい求心力のある人だ。

 教官たちも彼が騎士団に入れば、きっと頭の固くなった騎士団に風穴を開けてくれるだろうと期待していた。

 だから卒業後家庭の事情で任官辞退をしたと聞いた時は、学校中がガッカリしたものだ。


「改めてヨサファートだ。今まで通りファーと呼んでくれ」

「はぁ・・・」


 差し出された手を握り返すが、なぜ彼がここにいるのかわからない。

 

「はっはっはっ。何が何だかわからないという顔をしているな。よいか、ライオネル。そなたに新しい任務を与える。心して受けるように」

「はい、誠心誠意つとめされていただきます」


 皇帝陛下直々のご下命だ。

 僕はすぐさまお受けした。 

 たが、新しい任務とはなんだろう。


「ちょっと皇太子やってもらえるかな」


 え ?

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