第63話 だってレジェンドだもん !
本編最終回です。
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ライは自分の生活環境をアンナに伝えた。
小さな家で召使も雇えない。
皇太子の側近ではあるからそれほど低い扶持ではないが、外国の大使と会っても恥かしくない服装、贈答品、社交などで随分と経費がかかる。
この世界には確定申告などないから、どこかに必要経費を請求することもできない。
夫のライが最上級の装いをする中、妻であるアンナは化粧品や衣服などを切り詰めなければならない。
アクセサリーなどは問題外だ。
そして平民に嫁いだアンナは、社交界に出ることはできない。
夫の帰りをひたすら待ち、家事や子育てに追われることになる。
「本当にそんな生活でもいいのですか。家事一切を一人で行わなければいけないのですよ。僕は多分王城に泊まり込みになって、週に一回帰宅出来ればいいほうでしょう」
「しつこいですわ。ライもファーも忘れているのではありませんこと ? 」
アンナはグっと握りこぶしを見せる。
「あの汚屋敷を掃除したのは誰 ? 本の山だった家を整えたのは誰 ?
「あ・・・」
そうだ。
あの埃だらけだった小さな屋敷、キッチンまで本で埋め尽くされた家を彼女たちは見事に生き返らせた。
依頼を受ける時はいつも上手い弁当を作ってくれた。
「ね ?
ですから早く指輪を受け取ってと催促するアンナに、ライの胸は頼もしさと愛しさで一杯になった。
そして恭しく指輪を受け取り、自分の指にはめようとした。
「・・・アンナ。随分と小さい指輪ですね。アンナの指はこんなに細かったのですね」
「あら、それは今王都で流行りのピンキーリングよ。小指専用の指輪なの」
言われてそれを小指にはめてみる。
「・・・小指の先にすら入りませんが」
「ああ、それ、エリカとお揃いなの。後で返してね。改めて印璽のついた指輪を贈るわ。あ、意匠はライが決めてね。それとも二人で考えたほうが楽しいかしら」
「印璽 ? 意匠 ? 特別なものですか」
「ええ、結婚したら押しまくりですもの。ライが納得いくものにしましょうね」
印璽といえば実印のようなもの。
だが貴族ではないライが持つ必要があるのだろうか。
「アンナ、僕は平民ですからそんな仰々しいものは・・・」
「ねえ、アンナ。もしかしてライに言ってないの ? あなたの結婚事情」
「言って・・・なかったかしら」
指輪を受け取ってもらい、ようやく立ち上がることが出来たアンナは、困惑気味のライを見上げて言った。
「
「・・・はい」
「兄弟は一人もいませんの」
「・・・はい」
「
「「はあぁぁぁっ ?! 」」
ファーとライは驚いて口をパクパクしている。
エリカとアンナはしてやったりとハイタッチを決める。
皇帝ご夫妻らは資料から知っていたらしく、若い二組を温かい目で見ている。
そしてなぜか丁度いいタイミングで、天井から大量の花びらが舞った。
「御庭番、良い仕事をしているな」
「はい、お上。素晴らしい演出ですわ。後で何か褒美を出しましょう」
でもこのお部屋のお掃除は責任を持ってしてちょうだいと声をかけると、どこからかトントントンと音がした。
まるで拍手をするかのように。
「ライ、この冬は領都に来てね。お父様や領民に紹介しなくては」
「アンナ、あたしも行くわ。結婚したら旅行なんて行けないみたいだし。連れて行ってくれるんでしょう ? 『ちょっと素敵な縄のれん』」
「もちろんよ。温泉はないけど領館には大浴場と露天風呂がありますわよ。二人で月見酒と洒落こみましょう」
「駄目だ、エリカだけなんて。俺もいくぞ ! 」
「そなたたち、何を勝手に婚前旅行の計画を立てている。発表までいろいろと支度がなあ」
「「それまでには戻りまーす ! 」」
一世一代の『選定の儀』はグダグダのうちに終わった。
◎
娘たちの我儘が通り、仕上げのお妃教育は旅行の間にアンナと皇后陛下が親しく指導することになった。
結婚以来一度も王都を出たことがない皇后が「冥途の土産に自分も」と言い出したからだ。
社交がない季節でもあり、ただの貴族のご婦人としてならいいだろうとお許しが出た。
表向きはライの領民への紹介。
それに令嬢のお友達と保護者が付き添った形だ。
ちなみにファーは護衛の冒険者扱い。
「「おかえりなさいませ、お嬢様 ! 」」
領館の前に使用人たちが並び貴人たちを出迎える。
「・・・おい、なんでお前たちがここにいるんだ」
「さてさて、お久しゅうございます」
最前列には見慣れた顔。
引退したはずの皇太子宮の元家令モーリスと離宮の元侍女長セシリアが並んでいる。
「私たちは元々この領館出身なのですよ。これからはこちらで新人使用人の指導係を務めることになっております」
「お妃教育の続きもお手伝いいたしますわ。よろしくお願い申し上げますわね」
またセシリア侍女長のお説教を聞くのか・・・。
まさしくその通りで、セシリアからは夫としての務めとやらの講義を延々と聞かされた。
あんなに楽しみにしていた
皇太子と側近はアンナの父、現侯爵に何度か連れて行ってもらったという。
悔しいが仕方がないので、露天風呂に浸かりながらチビチビとやる。
米どころの領都には酒蔵があり、エリカは十数年振りに大好きな清酒にありついた。
これからは侯爵家を通じて融通してもらえる。
田舎のこととて観光する場所はないが、王都には降らない雪に都会っ子たちは大喜びだ。
領都発祥の『雪合戦』という試合がツボにはまり、二人は子供たちとチームを組んで参戦。
戦術、戦略を駆使して決勝戦まで進んだが、さすがに雪に慣れ親しんでいる地元民には勝てずに準優勝で終わった。
だが初めて雪を見た次期ご領主様が、子供たちと一緒に遊んだり雪かきをしたりと動くのを見て、さすがシルヴィアンナお嬢様、よい旦那様をお連れになったと領民に温かく迎え入れられた。
そしてライが新たに決めた印璽の意匠。
侯爵家の紋章に斜めに線が入り、その真ん中に三角形を配するというものだった。
後世の紋章学者たちがその意味を探るのだが、それが
◎
明けて春。
皇太子殿下婚約が華々しく発表される。
そして夏。
アンナとライの結婚式が挙げられた。
王族は臣下の冠婚葬祭に参加できない決まりなので、エリカとファーはお出入りの冒険者として参加した。
それに続く初冬。
皇太子殿下ご成婚で国中が湧きかえった。
異例の新婚旅行先はまたまたアンナの故郷である。
今度は前回仲間外れだった皇帝陛下も知り合いの貴族としてついてきた。
そして、領館の露天風呂。
「なんだかあっという間の展開だったわね」
「本当。いろいろありましたわね」
湯船の近くに置いた木桶に半分ほど湯を張って、そこに徳利を入れてぬる燗にする。
前世の日本ではお湯に浮かべている写真があったが、なんだかバランスを崩してひっくり返しそうなのでやらない。
そんな勿体ないことをさせてなるものか。
「まさかあたしが娘より早く結婚するとは思わなかったわ」
「あー、お嬢さんの卒業式の翌日でしたかしら、亡くなったの」
気が早いけど成人式のお着物の仕立ても頼んである。
「着てくれたかなあ。もう結婚して孫が出来てるかしら。それともバリキャリでがんばってるとか」
「娘はプロのバレリーナを目指していたわ。出来れば指導したかったけど、きっと一人でも大丈夫だと思うわ」
残してきた家族は気になるけれど、二人はもう新しいパートナーと歩き始めている。
「新しい人生に乾杯」
「前の人生と旦那様たちにも」
お猪口をチンと合わせて切れの良い清酒を口に運ぶ。
外を見れば雪景色を月が照らしている。
「ところでエリカ。前回は結婚前だから教えなかったけど、この女性用露天風呂、『返り討ちの湯』って名前なのよ」
「『返り討ち』 ? 変な名前ね」
「それはね、ほら、こっち」
アンナにおいでおいでされて湯船の縁から下を除くと・・・。
「わっ、殿方用のお風呂が丸見え ! 」
「ね ? あちらからはこちらが見えないのよー」
覗きは殿方だけのものにあらず。
「え、なんでアンナの声が ? 」
「ふふふ、観念しなさい。君たちは完全に包囲されている」
「ファー、湯船に手拭をつけちゃだめよ。入浴規則は守りなさい」
「え、なに、どこから見てるんだ ?! 」
慌てふためく皇太子と側近の姿に、酔いのまわった新妻たちはお湯を叩いて大爆笑した。
「ねえ、エリカ。最後はあれで決まりね」
「ええ。子供が生まれたら婚約させるんでしょ ? 当然のお約束ね」
乙女ゲーム「エリカノーマ」は無事にエンディングを迎えた。
その先の物語は彼女たちの手で紡がれていく。
なのでとりあえずご結婚おめでとう。
末永くお幸せに。
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すでにお気づきの方もおいでかと思いますが、こちら拙作「24時間」とリンクしております。
エリカとアンナのその後が気になる方、「デモンストレーションはメンドクサイ」くらいからガンガン出てきますので、ぜひご一読ください。
彼女たちの前世のお話もあります。
お読みいただきありがとうございました。
後少しだけ続きます。
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