第60話 ベルサイユのアホ・タイトルに偽りあり
奴隷商人一味を捕えてから、国の動きは早かった。
前回のことから何か関係がないかと、某南の国の大使を呼び出して話を聞く。
ヤハマンの似顔絵を見せたところ、大使は文字通り泡を吹いてぶっ倒れた。
「まさか本当に王子様だったとはねえ」
「らしいとは思っていましたけれど、ズバリそのままとは思いませんでしたわ」
再開されたお妃教育の合間を縫っての状況報告。
出るは出るは。
某国駐在の大使からもたらされる情報に、何やってんだと帝国の重鎮達は頭を抱えた。
「小国のくせして小賢しいと言うか狡猾と言うか」
「エリカ、小国だからこそ、ですわ。どんな手を使ってでも国を盛り立てなければいけなかったのでしょう。ただ、人の人生を何だと思っているのでしょう」
◎
ヤハマン(仮)。
某国の第五王子。
本人は黙秘を貫いているが、役に立たなくなった大使の代わりの臨時大使の話から身元が判明した。
「私は殿下に実の母として接してきたつもりです。その母に隠し事をするのですか。殿下が何も話してくれないのでしたら、私は母としてこの喉を掻き切って殿下の罪を償います ! 」
前回に引き続き駆け付けた
「あの王室は第三王子まではとても大切にされる。正妃の子なら第四王子以下も。けれど即妃の子は違う」
ヤハマンが重い口を開いた。
「最初にこの計画が立てられたのは七十年ほど前だと聞いている。当時の王女のお気に入りが帝国貴族に娘を嫁入りさせた。第一子出産の後、産後の肥立ちが悪いと数年間別居させ、その間に生まれた子供を入れ替えた」
「入れ替えたとは、誰とだ」
ファーとライは貴族服姿で尋問に立ち会っている。
「当時の第三即妃の子供だ。記録には死産の第六王子とされている。お前たちも会っているはずだ。犯罪者として売り飛ばされた前
「あの男が王子 ? なんでまたそんなややこしいことを」
「将来的に帝国の中枢部に我が国の血を入れたかったんだろう。残念ながら妻を娶ることができなかった。なので別の娘を立てた。偽の男爵令嬢、あれは私の異母妹だ。お前たちの次の皇帝にあれの子供を即位させるつもりだったらしい。笑わせる。第五即妃の娘、商人の孫が皇后陛下だぞ ? 」
その為にわざわざ生まれてすぐに孤児院に入れ、最低限の教育を受けさせた。
「なのに皇后になる資格が帝国生まれだとは。それなら最初から帝国の孤児院に入れるんだったと、慌てて帝国で養子縁組を繰り返したんだそうだ」
それも無駄だったがなと、自嘲気味にヤハマンは笑う。
「第六王子は帝国の重鎮になるよう英才教育を受けた。その裏で我が国への忠誠も叩き込まれた。物心ついた時には立派な諜報員だ。少年の頃から奴隷商人との繋ぎもつけられ、後は知っての通り。黙々と商品を輸出していたわけだ」
「・・・なにも疑問に思わずに、か ? 」
その通りだ、とヤハマンは続ける。
「洗脳教育とは恐ろしいな。あの年まで、あの古臭い命令書に従い続けていたんだ。大元はとうの昔に処刑されていたと言うのにな」
「それでも止めなかった理由を知りたい」
ファーが鉄格子の中のヤハマンに問う。
「誰か止めなかったのか」
「・・・後宮は閉ざされた世界。外の情報は知ろうとしなければ入ってこない。そして当時の連絡役は任された仕事を黙々と続ける愚鈍な性格だったらしい。言われたことを言われたように続けた。そしてその仕事は次の王の即位とともに別の王子に引き継がれる。私は三代目の連絡役だ。第六王子が捕縛されなければ、後宮から出ることはなかったのだがな」
この仕事は国王夫妻や上位王子たちは知らない。
あくまで使いつぶされる即妃の息子たちの仕事だ。
「おかしいだろう。決して表に出ることは許されず、汚い仕事の為だけに生かされる。だが一生後宮で飼い殺しにされるだけならまだいい。異母妹のように生まれてすぐに道具として使われる子供もいた。生き延びたから良いようなものの、途中で犯罪や事故、病で死ぬかもしれないのに。平気で使い捨てるのだよ、あれらは。敬愛し尊敬すべき王家の一族をな」
ヤハマンはポイっと紙の束を投げる。
「私の知っているだけの関係者名簿だ。後宮の私の部屋にはもっと詳しい資料がある。見つかりにくいところに隠してあるから使ってくれ」
握りつぶされるかもしれないがな。
ヤハマンは続ける。
「私が知っていることはこれで終わりだ。さあ、極刑でもなんでも受け入れよう」
「・・・いくら犯罪者とは言え、他国の王族を勝手に処刑するわけにはいかない。君には母国に戻ってもらう。処遇についてはその後我が国の特命全権大使との話し合いになるだろう」
「処罰が決まるまでにあなたが死んだら、こちらも貴国の
間違っても自死など選ばないように。
そう言われてヤハマンはわかったと頷いた。
「ところでこの話を娘たちにもするのか」
「・・・いえ。他国の闇など知る必要はないでしょう」
「そうだな。あの笑顔は宝だ。わざわざ曇らせることはない」
人身売買などという悪辣極まりない犯罪者ではあるが、ご婦人を見る目は確からしい。
「後宮はとても静かだ。嗜みとしての音楽や美術などはあるが、それを楽しむこと、喜ぶことは許されない。新しい喜びも発見もない。物語のように即妃同士の争いでもあればまだ無聊の慰めになったものを」
「・・・」
「あの娘たちを見ていると、この世は楽しい物に溢れていると知った。どうせ今度のことも彼女らが嬉々として計画したのだろう ? 」
「否定はしません」
男たちは一瞬だけ目を合わせてクスクスと小さく笑った。
「さて、もういいだろう。
「承知した」
話はこれで終わりと立ち上がった皇太子たちだが、もう一つだけ聞いておくことがあった。
「貴殿の名前を聞いていない。ヤハマンは偽名だろう」
「・・・もう知っているはずだ。記録に残したい言うのなら、ただの『アホのヤハマン』でかまわない。娘たちに呼ばれた大切な名前なのでな」
あのカフェでの一時は生きていて一番楽しい時間だった。
そう言って笑ったヤハマンは、二度と皇太子たちの前に現れることはなかった。
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