第59話 事件の真ん中にはいつだって『霧の淡雪』
騎士や警備兵がバタバタと後始末をしている。
人身売買の親玉は後ろ手に縛られて地べたに座らされている。
彼の前には一番の目玉商品になるはずだった美少女冒険者デュオ『霧の淡雪』。
すっきりとした表情で先輩冒険者たちと立っている。
「いつから気づいていた」
とヤハマンに憎々し気に睨まれても、彼女たちの言うべき言葉はこれしかない。
「「はじめからです ! 」」
皇帝陛下にも申し伸べた通り、最初から怪しさ満タンだった。
そしてやることなすこと、全てが何か一つ抜けていた。
こちとら押し売りやらオレオレ詐欺やらなりすましやら契約詐欺やらと戦ってきた猛者だ。
今までの取引を前
自分の家族は自分で守れ。
最初から何か罠があると疑ってかかれば、見破るのはそう難しいものではない。
「正規の依頼で接触した」
「依頼内容が季節と習慣と合っていませんでしたわ」
「会話を聞かれないように、有名店の個室を予約した」
「控えていたメイドさんからその日のうちに服装とコルセットの会話で不審人物通報されてましたよ」
「攫う時も人目につかない場所を選んだ」
「その頃には城下町全体で見張られていましたわね」
ついでにこの場所も、随分前に冒険者ギルドからご注進があったと聞かされて、ヤハマンは悔し気に顔を伏せた。
「全てが上手くいっていたはずなのに・・・。私のしてきたことはなんだったんだ」
「「まるっきりの無駄です ! 」」
少女たちの言葉に周りの者は吹き出し、ヤハマンは脱力し頭を下げた。
それを両側から警備隊員が荒々しく立たせる。
だがその手を振り払い彼は娘たちに訊ねる。
「もう一つだけ聞かせてくれ」
「なんですかしら」
「なんで私の名前がアホのヤハマンなんだ ? 」
廃坑奥で捕まってから、騎士や冒険者たちが自分のことを何度もアホ、アホのヤハマンと呼んでいた。
どうせ極刑が待っているなら、せめて理由くらいは聞いておきたい。
「理由ねえ」
「そうね。教えて差し上げてもよろしいかしら。アホと言うのは作戦上のあなたのコードネーム。つまり暗号名ですわ」
よく意味がわからずにいるヤハマンに、エリカが続いて説明する。
「どこで人身売買撲滅作戦がバレるかわからないから、参加者だけが知っている秘密の名前。それがアホ。だけどいつの間にかあなたのことだって城下町中の人に広まっちゃったのよ」
「別にバカでもダホでもノロマでもよかったんですけれど、やはり秘匿名は単純なのが一番ですものね」
うんうんと頷き合う少女たちの笑顔に、ヤハマンの顔がさらに怒りの色に変わる。
「なんでまた罵り系ばかりを候補にした ! 別に男でも商人でもよかったんじゃないか ! 」
「だってすんなり決まっちゃったし、実際あなたアホだったし」
「犯罪者にカッコいい名前をつける必要もありませんしね。ですから・・・」
「「文句があるならベルサイユにいらっしゃい ! 」」
少女たちの高笑いの響く中、悪徳商人ヤハマンは今度こそ奴隷用の馬車に押し込まれて行った。
「一度言ってみたかったのですわ、このセリフ」
「修学旅行で舞台を見たのよ。田舎娘にはあのキラキラした世界は夢のようだったわ。それにしてもアンナったら、ばっちり悪役令嬢笑いだったわね」
「エリカこそ一瞬性格変わってたわよ。あ、
被害者の女性たちはすでに保護観察用テントに移動している。
今頃は健康診断を終えて事情聴取を受けているだろう。
ヤハマンたちも護送され、集まった騎士団や冒険者たちも撤収を始めている。
四人も帰還するだけだ。
だがライはその前にアンナと話がしたかった。
「アンナ・・・」
「聞きませんわよ」
「いや、まだ何も・・・」
「もう僕の気持ちとやら、一切受け付けませんわ」
アンナがプイッと後ろを向いてしまう。
ライはその小さな肩に手を置く。
「僕たちの立場上、まだ個人の感情をはっきりと口に出すことはできません。そして僕には乙女小説のようなときめく言葉も行動もできません」
「・・・」
「だけど、これだけは聞いて下さい」
ライはアンナの手を取る。
「これからの短くはない人生。僕の左側にいるのは、いつもアンナでいて欲しい」
今はこれ以上は言えない。
これから先、伝える機会はないかも知れない。
忘れなくていけない想いになるかもしれないけれど、ぬるま湯のような中途半端な『僕の気持ち』ではなく、ギリギリで許される自分の胸の内をアンナに知ってもらいたかった。
アンナにそれが伝わっただろうか。
そう思って目を瞑ったライの右頬がパチンと軽く叩かれる。
「もう一度叩いたら腫れてしまうと思うから、今度は反対側にして差し上げましたわ」
「・・・アンナ・・・」
アンナの青い目が少しだけ潤んで見える。
「バカね、ライ」
「・・・」
「そういう大切なことって、一番最初に言うものよ」
アンナの両手がライの手を包み込む。
見つめ合う二人に、まだ残っていた冒険者たちが口笛で囃し立てる。
「おーい、お二人さん。まだ作戦は終わってないぞー」
「戻ってこーい」
「そう言うのは二人きりの時にやってくれよ」
「ギルドに報告するまでが依頼だぞー」
赤くなってパッと手を離す二人に、さらにヒューヒューとからかう声が上がる。
「本当に、二人とも手がかかるんだから」
「まったくな。だが、落ち着くところに落ち着いたんじゃないか ? 」
「これで結ばれなかったら、あたし、劇作家になって悲恋物語を書くから」
「悲恋 ? 」
「運命と権力に翻弄された二人が、真実の愛を貫いてあの世で結ばれるお話よ」
「おい、ちょっと待て」
ファーがギョッとしてエリカを止める。
「そこは真実の愛を貫いて駆け落ちするとかだろう」
「なに言ってるの。様式美よ、様式美。最後は二人の愛の深さを知って残された人々は涙にくれるという。アンナ、ライ、安らかに眠れ」
「こらこら、勝手に殺すな。ここは二人はいつまでも幸せに暮らしました、だろ ? 」
「なら良いけどね。ちょっと、アンナー、ライー。不適切な距離を保ってるじゃないわよー」
いい感じの二人に水を差すためにエリカが二人の間に入り込む。
ファーもアンナからファーを引き離す。
そろそろお茶の時間。
急いで帰れば夕食前に湯浴みが出来るだろう。
後のことは官吏に任せて、しばらくはゆっくりできそうだ。
四人は廃坑を後にして、王都へと帰って行った。
「ところでライ、お前『べるさいゆ』ってどこだか知ってるか」
「いえ、残念ながら。今度アンナに聞いてみましょう」
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