第58話 見た目は少女たちの勝利

 変な音がする。

 同僚に言われて男は様子を見に外に出た。


「別に何もないじやないか。今夜はただ酒が飲めるな」


 特に問題はないと戻ろうとした時、入り口近くで何やら争う声がするのに気づいた。

 若い女と男の声だ。

 これは、攫ってきた女たちを救出に来たのか ?

 

「おい、侵入者だ ! 女たちが逃げたようだぞ ! 」


 その声に奥の部屋からドタバタと仲間たちが飛び出してくる。


「カギはしっかりかけてあったぞ ! 」

「娘たちは動ける状態じゃなかった ! 」

「じゃあ、外から助けがきたってことか、まさか ?! 」


 石炭を運びだすために通路はそこそこ広い。

 だがこんなに埃っぽかったろうか。

 今朝の荷物の運び出しでは足元はこんなにザラザラしていなかった。

 

「ゲホゲホっ、逃がすな、捕まえろっ ! 」


 盛大に咳をしながら走る男の顔の横を、何かがすっと掠めていった。

 虫か、と思った時、通路の奥で轟音がし、物凄い風が彼らを追いかけてくる。

 とにかく逃げねばと入り口に走るが、扉は表からカギがかけられているのかビクともしない。

 そうして逃げ場のなくなった彼らは、爆風に押され扉とともに吹き飛ばされた。


「な、何があったんだ・・・」


 痛む体を無理矢理起こす。

 すると近くでボスっという音がした。

 そちらを見ると大弓の矢が地面に深々と突き刺さっている。


「拉致監禁、奴隷売買の現行犯である ! 大人しく縛につけ ! 」


 見上げると崖の上には騎馬の騎士と今まさに矢を放とうとする射手がズラリと並んでいる。

 谷の入り口から馬蹄の音が響いてくる。

 男たちは観念した。



 扉が吹っ飛んだ。

 扉と一緒にヤハマンの手下たちも吹っ飛んでいった。

 それを合図に待機していた騎士団や冒険者が動き出す。

 呆然としている皇太子たちの横で、妃殿下候補たちは嬉しそうにハイタッチをしていた。


「上手くいったわね、アンナ」

「ええ。でも火事にまではならなかったわ。やっぱり少し湿気ていたのかしら」

「なに言ってるのよ。そんなことになったら容疑者全員まる焼けで黒幕が分からなくなっちゃうわよ」


 廃坑の中で重なる焼死体の山。

 一瞬だけその光景が脳裏をよぎり、ファーとライは頭を振ってその想像図を振り払った。


「なあ、エリカ。何があったんだ ? 俺は言われた通り小さな火の矢を放っただけだぞ」

「そうですよ、アンナ。君たちはまさか、僕たちの知らない魔法をつかえるのですか ? 」

「いやねえ、そんなわけないじゃない。ねえ、アンナ ? 」

「そうよ、ライ。これはねえ」


 少女たちはもう零れんばかりの笑顔で言う。


「ちゃらららっちゃちゃぁぁぁ」

「「 ふーんーじーんーばーくーはーつーー !! 」」

「なんだそりゃ ? 」


 説明しよう。

『粉塵爆発』とは、ある一定の条件の元で発生する恐ろしき爆発事故である。

 

「あの休憩室の備蓄用小麦粉の山を見た時に思いついたのよ」

「粉塵爆発に必要なのは酸・・・空気、粉の量、そして火種ですわ。なにより粉が空間に舞い飛んでいなければならないの。ですから爆発してくれるかどうかは賭けでしたわね」


 静かに脱出するつもりだったから、せいぜい埃っぽくて喉をやられる程度の嫌がらせで十分。

 それがアンナが切れたお陰で追手がついた。

 ドタバタと追いかけてくる音を聞いたエリカが、これ幸いとファーに『火種』をお願いした結果、大規模ではないけれど、それなりの威力の爆発が起きた。


「何年か前に海外で大事故があったから覚えてたのよ。小麦粉とかお砂糖とかのその辺にある物が凶器になるってびっくりしたわ。気になって調べていたのが役に立ったわ」


 ここでもエリカの雑食系知識欲が効力を発揮した。

 まわりでは崖から降りてきた騎士や冒険者たちが、ケガをして動けない容疑者たちを黒塗りの箱馬車に押し込んでいく。

 彼らもまさか奴隷用の馬車に自分たちが乗るとは思っていなかったろう。

 

「アホを見つけました ! 」

「アホのヤハマンを拘束しました ! 」


 廃坑の中を水を巻きながら捜索していた人たちが出てきた。

 ヘロヘロになった手下の後ろから、キッチリと縛られたヤハマンが引きずり出された。

 あまり汚れていないのとケガもないようなのは、一人奥の部屋に残ったからだろう。


「あ、エリカさん、アンナさん ! 」


 二人の姿を見つけたヤハマンは例の胡散臭い笑顔で駆け寄ろうとした。


「お二人も無事だったんですね。どうぞ騎士様に説明してください。私も被害者だと ! 」

「え、いやです」

「拉致責任者が何をおっしゃっているのかしら」


 ボカンと口を開け一瞬呆けた顔をしたヤハマンだったが、すぐに首をふって正気に戻る。


「私はあなたたちを助けようとしてつかまったんです ! 見たでしょう昨日殴られているのを ! 」

「そのわりにきれいなお顔をしておいでだわ。特に左のほっぺた」


 アンナの言葉にヤハマンはしまったという顔をする。

 やはりあれは絵具による特殊メイクだったらしい。


「・・・いつから気が付いていた」


 人畜無害だった顔に悔し気な表情を乗せヤハマンは小さく言う。


「お前たちには隙を見せていなかったはずだ」

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