第61話 最後まで手を取りあって

 そこから先はエリカとアンナの知らない話になる。

 高度に政治的であり、関係者の処罰など命に関わる問題だからだ。


 南の王国と帝国の間には高い山脈があり、道は整えられてはいるが行き来できるのは一本だけ。

 間に二か所の関所があり、数か所ある宿屋にも二か国の兵が常駐している。

 もし人身売買の関係者がそこを避けて出入国しようとすると、通常十日かかるところを二週間以上は見なければならない。

 なので帝国側は迅速に動き、裏組織が動けないうちに王国と協力して拠点を叩いた。

 帝国内での捕縛騒ぎが国王の周囲だけに伝えられ、大きな騒ぎになっていなかったことも功を奏した。

 ヤハマンが残した資料も後宮から押収され、奴隷商人たちは一網打尽になった。

 

 またその資料から前宗秩そうちつ省総裁、第六王子と入れ替えられた某貴族の赤ん坊は、その後王国の高位貴族の養子となり数年前に亡くなっていることがわかった。

 今は爵位を息子が継いでいるという。

 修道院送りになった偽エリカについては、第五側妃が既に亡くなっていることと本人が自分の出自を知らないことを踏まえ、修道院内での態度次第で王国の裕福な家庭の養女にすることで話がついている。

 元々改名しただけで正式に妃殿下候補になったと信じていたことと、お妃教育にも真面目に取り組んでいたこともあり、犯罪とは無関係と判断された結果である。


 人身売買組織については関係者全員が極刑となった。

 代々その商売に関わっていただけでなく、他にも色々と裏家業や売国行為を行っていたことがわかったからだ。

 一度甘い汁を吸うと他の花にも手を出したくなるらしい。

 帝国での奴隷の大量入荷は数年に一度。

 なんとその間は国内だけでなく側妃の生んだ子供をも生まれてすぐ死んだことにして奴隷に売り払っていた。

 側妃の子供はすぐに死ぬ。

 だから正妃の子供は大切に育てられ、すぐに死ぬ側妃の子供は後宮で質素に育てる。

 そんな風潮が王室には広まっていた。

 知らなかったとは言え家族は修道院送り。

 当然お家はお取り潰しである。

 残念ながら売られた子供たちの行方は偽エリカ以外にはわからなかった。

 南の国王は側妃制度を撤廃することを決めたという。


 一方ヤハマンはと言えば、幼い頃から人身売買の連絡役として育てられ、本人には避けられない状況だったと情状酌量となった。

 だが最後に実際に手を出してしまっている。

 そこで国外追放、流刑と決まった。

 と言ってもただポイっと放り出すのではない。

 櫂も舵もない、帆だけを張った船に乗せられて外海まで連れて行かれる。

 そこで曳舟から離される。

 後はどこにでも行ってくれということだ。

 ただし船にはそれなりの金銭、換金できそうな宝石などが積まれている。

 当然ひと月くらいはもちそうな食料と水も。

 それは何十年も表舞台に立てず奴隷にされた側妃の子供たちへの謝罪の意味もあったのかもしれない。


 蛇足ながら、南の国の外海は大陸の西に向かう潮の流れになっている。

 それを利用しての渡航ルートもある。

 もしかしたらいつかどこかで、一見人の好さそうな胡散臭い笑顔の商人に出会うこともあるかもしれない。


 そして一連の出来事の決着がついたのは、帝国皇太子殿下のご婚約が発表される少し前だった。



「ヤハマン様、流刑になっちゃったんですってね」

「ええ、船に乗せられて漂流して。なんだか補陀落ふだらく渡海を思い出してしまったわ」


 最後まで関わった者として、エリカとアンナにはヤハマンの処遇だけは伝えられた。

 自分で航行する能力のない船に乗せられて送り出される。

 衆生の幸せを祈って己を犠牲にする補陀落ふだらく渡海と違って、ヤハマンの流刑はどこにもたどり着けずに死に至るものだとアンナは考えた。


「やってしまったことがやってしまったことですものね。仕方がありませんわ」

「うん。根っからの悪党じゃなかったみたいだし。成仏できるようお祈りしましょう」


  合掌。


「さて、アンナ。いよいよ来たわね」

「ええ、エリカ。ついに運命の時よ。どう、緊張してる ? 」


 そう、本日はお日柄もよろしく爽やかな秋風の舞う中、おめでたくも『皇太子妃選定の儀』が行われる。


 エリカもアンナも貴族婦人の服飾典範に則り、成人前を現すミモレ丈の白いエンパイアドレスでおめかししている。

 選ばれた方はそのまま許嫁用の仮御殿へ、選ばれなかった方はその日のうちに御所から下がると決められている。

 二人が共に過ごすことが出来るのは、呼び出しのあるまでの短い時間だ。

 エリカとアンナは手を繋いでその時を待っている。


「ねえねえ、どっちが皇太子殿下だと思う ? 」

「ここまできたらもうどちらでもかまわないわ。それより例のあのセリフ。あれが聞けるか聞けないかの方が重要よ」


 小さな声で話しあう二人を見て、遠くで控えている侍女たちは仲の良い二人が別れを惜しんでいるのだと涙ぐむ。

 この離宮に二人が来てから、皇太子殿下絡みのあれこれはあったものの、明るく楽しく素晴らしい日々だった。

 だが、これを最後にもう二人の身分は分かたれる。

 もう今までのように過ごすことはない。


「お待たせいたしました。お時間でございます」


 呼び出しの侍従の後を手を繋いで進む。

 廊下に並んでいるのは以前共に脱出してきた衛兵隊だ。

 本来御所勤務ではないのだが、今日この日のためにわざわざ出向いてくれたのだろう。

 だれからも無言の祝福の眼差しが送られる。

 

「エリカノーマ様、シルヴィアンナ様。お連れいたしました」


 侍従に促された先には皇帝ご夫妻と皇太子殿下二人。

 宰相と新たに任命された宗秩そうちつ省総裁が待っていた。

 エリカとアンナはその前に静かに跪く。

 

「この度は畏れ多くも皇太子殿下の妃候補としてお選びいただき、また皆々様に温かくお導きいただきましたこと。両陛下並びに殿下方からいだきました計り知れませぬご厚情に感謝申し上げます」


 二人を代表してアンナが静かに申し上げる。


「それではこれより『選定の儀』を始める。皇太子は妃の手を取るように」


 二人は跪いたまま顔を伏せる。

 毛足の短い絨毯を踏みしめて、誰かが二人の前に立ち止まる。

 そして手を取って立ち上がらせるとこう言った。


「待っていたよ。私の天使」 

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