第52話 予定通り 予測通り
市販品が出るまで、手作りジャムという言葉はなかった。
手作りするのが当たり前だったから。
クルクル寿司が出るまで、回らないお寿司という言葉はなかった。
目の前で握られたものを提供されるから。
アイスティーが出来るまで、ホットティーという言葉はなかった。
紅茶は暖かいのが普通だから。
当たり前にあったものに別の名前が与えられるのは、新しい物が生まれてその概念が変わるから。
それを目の前に差し出された軍部の重鎮は口惜しさに唇を噛む。
「これを、新人の街専冒険者が立案したというのですか。しかも成人してまもない少女だと」
近衛騎士団の団長は悔しそうに配られた冊子を睨みつけた。
今回の作戦、近衛には出番はない。
彼らは皇室と重鎮たちの警護が担当だからだ。
作戦決行日の朝議で渡された資料に、仲間外れにされた悔しさを隠しきれない。
「この件に関しては敵側に知られれないために、当日までは作戦参加者以外には内密にして欲しいと頼まれた。敵を騙すにはまず味方から、だそうだ」
「にしても、これはあまりに簡潔すぎる。確かに各担当の動きが時間とともに書かれていて、やるべきこともきっちりと決められています。しかし、想定外の出来事に対する二案、三案がありません。これでは抜け穴だらけではありませんか」
「と、余も初めて目にした時はそう思った。各騎士団やギルド関係者も同じだ。だが、しっかりと読めばそうでないことがわかる。そうだな、騎士団総長」
皇帝に説明せよと言われ、老境に差し掛かった男が手を挙げる。
「確かに今までの我らの作戦立案では、いざという時の対処法をいくつか用意するのが当然。そう考えればこの作戦が一見穴だらけに見える。だが、よくよく検討すれば一分の隙もないのだ」
「そのような訳が・・・」
「作戦決行前に逃亡されたら。一部の被害者が先に売り飛ばされたら。色々と想定してのどのような状況も、この『たいむてーぶる』とやらに沿って動けば決して見逃すことはない。二案三案どころか五案までこれで凌げる」
騎士団総長の言葉に、今日まで作戦を知らなかった団長たちは臍を嚙む。
「そしてすでにかなりの規模で容疑者は囲まれている。この作戦は成功する。それ以外の結末はない」
「・・・一体、何者なのです。その少女たちは」
◎
「「お母様ズでーす」」
城壁近くの薬草群生地。
『霧の淡雪』の二人はゆっくりと採取をしている。
昨日は提出した救出作戦の最終チェックで、どうしたらこんな計画を立てられるのかと騎士団総長に聞かれた。
「と言われてもねえ、アンナ」
「当たり前すぎて、なんてお答えしたらよかったのか」
いくつもの想定外の出来事にどうしてここまで対応できるのかと問い詰められたが、その答えはただ一つ。
「想定内のことしかしないから、あの人たち」
「お庭番の皆さんからの報告でも変に暗躍はしていませんでしたものね」
だとすればやりそうなことは解っている。
それを一つ一つ潰すようにしていけば、大抵のことはなんとかなるのだ。
「玄関から出た瞬間に転んだりしないし」
「キッチンの魚焼きグリルにおもちゃを隠したりしないし」
「幼稚園のお弁当を朝ごはんと間違えて食べたりしないし」
「出発直前におもらしとかしないし」
「お片付けできて偉いわねーって褒めた瞬間に別のおもちゃ引きずり出したりしないし」
「トイレで水遊びなんてしないし」
ごくごく常識的な動きしかしない大人に不安がることなんて一つもない。
比較対象は行動パターンが読めない幼児。
あれに比べたら
「問題は乱入してきそうなあの二人よね」
「そうね。皇太子殿下の手だしは禁止したけれど、冒険者はギルド丸ごと関わっていますもの。お断りはできないわね、エリカ」
「助けに来ましたよ、アンナ。とか言って現れそう」
「その反対もありだわ、エリカ」
クスクスと笑いあう二人は、小休止のため近くの石に腰かける。
土で汚れた手を濡れ手拭いで拭き、水筒から水を飲む。
「ねえ、エリカ」
「なあに、アンナ」
「そろそろ覚悟は決まった ? 」
しばらくボーっと空を眺めていたエリカに、アンナは唐突に尋ねた。
ウーンと首をひねってエリカはまあね、と言う。
「アンナこそどう ? もうタイムリミットは近づいていると思うんだけど」
「春の成人の儀の後の大夜会で発表だったわよね。当然その前に、年内に決定するわけだけど。もうそろそろ雪も降るし、この作戦が終わったらすぐだと思うわ」
竹製の水筒を冒険者の袋にしまいながらアンナは続ける。
「
「ええ。あたしたちのどちらを選ぶにしても、ちゃんと後のことは考えてくれると思う。その辺は安心してる」
最初から妃殿下候補は二人に絞られている。
どちらが選ばれても問題はない。
エリカとアンナの覚悟はとうについている。
後はあの二人のどちらが本物の皇太子かということだ。
だが、少女たちにはもう一つ引っ掛かっていることがあった。
「決め手がねえ、アンナ」
「そうよ。あともう一手ってところよね、エリカ」
それがあればすべてが納得できるのに。
盛大なため息をついて、少女たちはさあもうひと頑張りと大きな木の根元の群生地に向かう。
それを見ていた城塞上の衛兵が一瞬目を逸らして視線を戻した時、もう二人の姿はそこにはなかった。
◎
「攫われました」
「連れて行かれました」
「例の方向です」
「意識はあるようです」
「丁寧に扱われてはいます」
例の場所近くに設営された作戦本部。
そこに次々と情報が集められていく。
「一味の数人がアジトを出ました。報告に行くものと思われます。現在予め指示された通り一個中隊が後を追っています」
「捕縛後の仮設留置施設の設置、時間通りに完了しました。被害者の保護施設に治癒系魔法使い到着しています」
「アジトの周囲、気づかれない範囲で包囲完了。予定通り明日の朝まで待機します」
『霧の淡雪』の指示で設置された地形図。
木の板に貼られたそれに、部隊別に色分けされた虫ピンが挿されていく。
どこにどの部隊がいてどう移動しているのか一目瞭然だ。
報告書は次々と処理済みの赤い判子を押されて片付けられる。
「まったく、成人の儀も終えていない娘たちが、よくもまあこれだけの物を思いつくものだ」
「まったくです、司令官殿」
今回の作戦の総司令官に抜擢された某騎士団の大隊長は、見たこともないやり方に目をむいている。
「初めて会ったときはただの世間知らずの小娘二人だと思ったのですが、次から次へとまあ、色々とやってくれるもんです」
「噂は聞いていた。だがそれは街専としての力だと思っていた。こんな軍事訓練のような作戦を展開するほどとは思っていなかったぞ」
配られた作戦要綱をもう一度確認しながら、総司令官は隣に座る冒険者ギルドのギルドマスターに聞く。
「皇太子殿下主導の作戦と聞いていたが、こちらの質問や疑問には彼女たちがその場で訂正や変更をしてくる。決してお飾りで派遣されてきたとは思えないのだが」
「確かに。冒険者ギルドの受付嬢不正事件では、表だって罪には問わない分しっかりと片をつけてくれましたからね。あの頃からただ者ではないとは感じていました。もしかしたら皇太子殿下の懐刀ではないでしょうか」
作戦以外でも細かな指示が出されている。
本来であれば各部隊には司厨員が料理をして食事を提供するのだが、風向きによってはその臭いで存在が感づかれるかもしれないと待ったをかけられた。
かわりに一人一人に弁当を配り、夜警に立つ者には立ったまま食べられるよう行動食が配られた。
普段の行軍について知る筈もない少女たちがなぜこのような計画を立てられるのか。
王宮と同様、現場でも同じ疑問が湧いていた。
一方そのころ問題の『霧の淡雪』はと言えば・・・。
「あー、やっぱりここかあ」
「面白味がないわね。もっと捻りがあるかと思ったのだけれど」
「黙って入れ。おい、中の奴。縄を解いてやれよ」
無事に廃坑に連れ込まれていた。
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