第51話 拉致されるまで、あと何歩 ?
大変、大変お待たせいたしました。
待っていて下さった方。
ありがとうございます。
どうぞご笑納くださいませ。
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深夜。
それぞれが重そうな大きな荷物を背負っている。
月明かりの下、屈強な男たちは静かに王都の門に着いた。
正門を守る衛兵は連絡を受けているのか通用門を静かに開ける。
お互い口をきくことなく目配せだけで事が済む。
今夜、この門をくぐった者はいなかった。
そういう事だ。
◎
「この計画に賛同して下さった皆様、本当に良くやって下さったわ」
「ホント。噂の信憑性も高めてくれたし、まさか王都ぐるみで騙しにかかってるなんて、ヤハマンさんも気づいていないわよ」
いよいよ作戦始動ということで、今日の朝食は皇太子殿下の二人も一緒に摂っている。
「やはり僕は賛成できません。アンナが危険な目にあわないと、本当に言い切れるのですか」
「だから大丈夫と言っているでしょう、ライ。
「擦り傷だって許せません ! 」
食事の席で大声は不作法。
控えていたセシリア侍女長はコホンと小さく咳払いをする。
ライは失礼と誤った。
「心配性ね、ライは。ファーみたいにどっしり構えてたらいいわ」
「エリカ、俺だって十分心配してるんだが」
ナイフとフォークで丁寧にレタスを畳みながら、ファーは不本意であるとエリカに告げた。
「救出部隊には各騎士団と警備隊。冒険者ギルドの手練れも名乗りを上げている。万が一ということもあるかもしれないが、ここまで綿密に計画が立てられているんだ。後は二人を信じるしかないじゃないか」
「そこまで達観できるとは、あなたはエリカが大切ではないのですか」
どうにも食が進まないライはイライラしている。
ついついファーに八つ当たりをしてしまう。
「ライ、それは言い過ぎよ。そんなにイライラするなんて、糖質が足らないのよ。ほら、このブルーベリージャム、とても美味しいわ」
「別にナントカが足らないわけでは、ああ、確かにこちらの料理人は良い腕をしています」
アンナに勧められてライは渋々とパンを口に運ぶ。
外はパリパリ、中はフワフワ。
三角形の不思議な形のパンは、最近司厨課に採用された新人が焼いたものだ。
故郷の味と言っていたが、幾つでも口にできる軽さで王城では人気急上昇だ。
ライも気に入っているのだが、つい食べ過ぎてしまうのが難と言ったところか。
「確かに救出部隊の規模は過剰戦力と言っていいでしょう。たった十人かそこらの被害者にあれだけの数。念には念を入れよとはいいますが、何故またこんなことになったんです ? 」
「あたしたちのほうが知りたいわ。協力は要請したけれど、まさかこんなに集まるなんて思わなかったわよ。ねえ、アンナ ? 」
「本当にその通りね、エリカ。昨日だって街にいた人の八割が関係者だったわ。誘拐被害者の救出作戦だっていうのに、侵略戦争でも起こすつもりなのかしら」
冗談抜きで国境侵犯したら即開戦。
それくらい馬鹿にならない人数が集まっている。
戦力にならない街専の女性冒険者や商人。
彼らはヤハマンの監視要員と噂の流布役として王都中に配されている。
「この国は王国から帝国に変わってからは永世中立、専守防衛。あちらから手を出されなければ攻め入らない。それが始祖陛下のご方針だ。騎士たちの仕事なんて災害救助がほとんどで、営繕騎士団なんて馬鹿にする国もある。だから、まあ、エリカたちの立てた作戦は、久しぶりどころか初めての騎士団らしい任務なんだ」
『奪った命より助けた命の数を誇れ』
始祖陛下の言葉は騎士に任命されるときに必ず唱和される。
それほど他国への干渉は制限されているのだが、やはり騎士団としてはなにかしらの勲功は上げたいと思うものらしい。
ファーの言葉にそうなのですねとアンナは返す。
「
「なんだかノリノリで参加してくれてビックリなんだけど、確かにそういう事ならわかるわ。お仕事したくてしかたないのね」
どおりで何時の間にか一大作戦になっていたと二人の妃殿下候補は納得する。
が、前世の子育ての経験から悪戯を画策する悪ガキ共を思い出さずにいられない。
ご近所の小学校低学年と幼稚園児向けの肝試しに、一部住民がリアルな妖怪で自主参加したときは、ご町内の悲鳴と鳴き声でパトカーが出動したのはエリカの懐かしすぎる思い出だ。
「小学生だけじゃなく高校生やサラリーマンまでいたけど、全員正座で並べてお説教大会をしたわ。その後は一か月奉仕作業をさせたのよね」
「うちは娘だったから被害を受けるほうだったわね。でも気持ちはわかるのよ。一体感というか仲間意識が一挙に強まるというか。ああ、やっぱりこのジャム美味しいわ」
「さすが手作り。味の深みが違うわ。いろんな種類を少しずつっていうのも気が利いてるわ」
肝試しとはなんだ。
騎士養成学校の
いや、そもそも手作りとはなんだ。
手作りでないジャムなんて存在するのか。
時々よくわからないことを言う妃殿下候補たちに色々と聞きたいことがある皇太子たちだったが、変なところで機嫌を損ねてまた候補辞退と言われるのが恐ろしくて、疑問は心の奥にそっとしまい込んだ。
◎
今日は休日。
朝から屋台が出て賑やかだ。
『霧の淡雪』の二人はそんな店をのぞきながらゆっくりと進む。
アクセサリーの店では近頃若い女性の間で流行りだしたピンキーリングとやらを手に取った。
そして色違いの色石が付いたものを選ぶと「おそろ ! 」「おそろいね ! 」と嬉しそうに手を繋いで歩いていく。
途中の店で菓子や飲み物、軽食を購入して冒険者の袋にどんどん入れていく。
とてもよい天気だ。
きっと採取中にピクニック気分で食べるのだろう。
「休憩ばっかりしないで仕事しなよ」
「おじさん、あたしたちがお仕事ほったらかして遊ぶように見える ? 」
「ええ、お仕事をするからお食事は美味しいのですもの。ひどいわ、そんなことおっしゃるなんて」
「すまんすまん。帰りにまた寄りな。ご褒美に焼き栗を用意しておくから」
そんな会話をあちこちで交わしながら、少女たちは城門から出ていった。
その後をつける二人組。
「ヤハマン様の仰る通り、かなりの人気者だな」
「ああ、ぜひ側室にと強請られるだけはある。一見ただの美少女だが、その辺の商人や学者よりも才能に溢れているそうじゃないか。平民あがりならご兄弟に横取りされる心配もない」
「必ず御許に連れていかなければ」
誰にも聞かれていないと思っている不審人物の後を、これまた二人の冒険者がつけている。
「聞いたか、ライ。俺のエリカを側室に、だと」
「アンナは正妻こそが相応しい。日陰者にしようなどと許されることではありませんよ、ファー」
さらにその周囲はお庭番と街専の冒険者。さらに善意の
ナイショの筈のヤハマン包囲網はいつの間にか王都民の間にも漏れ広がり、似顔絵付きの手配書が密かに出回っている。
当然手下とおぼしき奴らの分も。
知らぬは本人ばかりなり。
主犯のヤハマンはすでに朝一番で王都を出ている。
それはお庭番が後をつけている。
残ったのはこの二人と後数人。
この後『霧の淡雪』を拉致するのだろう。
拉致要員が城門を出た後、残った奴らを逮捕する。
『霧の淡雪』の立てた作戦は完璧だ。
ただ、あの二人がその後どんな扱いをされるのかだけがみんなの心配事だ。
「大丈夫かねえ、エリちゃん」
「アンちゃんもしっかりしているようでお嬢様だからなあ。酷い目にあわなきゃいいが」
「人攫いを捕まえるのに体を張るって、若い娘さんに無理させて。憲兵隊や騎士様は恥ずかしくはないのかね」
城下町の人びとは官憲にはきびしい。
だが、若い娘さんが羊の皮を被った主婦であることを知る者はいない。
少しずつ、少しずつ、作戦は進んでいく。
全ては二人の少女の手のひらの中で。
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