第50話 膠着状態からの脱出

 恋愛小説ならそろそろ真っ赤な薔薇を抱いて白いタキシードで謝罪に来る頃。

 全くその通りで、ファーとライは愛情と謝罪を現す花束を抱えて現れた。


「すまなかった、エリカ。知らなかったとはいえ、お前の心を傷つけてしまった」

「僕の勉強不足でした。どうか許してください。アンナに満足してもらえるよう精進しますから」


 皇太子たちは少女たちの前に跪いて花束を差し出した。


「「候補辞退だけは勘弁を !! 」」


 薬が効きすぎたみたい。

 やりすぎたかもとエリカとアンナはコソコソと話し合う。


「あの小芝居であっさり謝るって、皇族としてどうなのかしら ? 」

「アンナの迫真の演技のせいよ。盛大に涙まで流して」

「エリカだって涙ぐんでいたじゃないの。だいたい涙なんて三秒あれば流せるじゃない」


 乙女の涙なんて時と場合で流し放題。

 トンチンカンなアプローチしかしてこない皇太子たちに発破をかけるため、いかにも傷ついたと皇太子妃候補辞退を仄めかした二人だが、こんなにもあっけなく陥落するとは思わなかった。

 気持ちは伝わるのに言葉にしないからはっきりしない関係。

 なのに当の本人は全て伝わっていると信じ切っている。

 ああ、若いってすばらしい。

 いや二十五過ぎた皇太子はもう若くないけどね、と少女たちはため息をつく。


「お願いしますの後は、ちょっとまったあって展開があるんだけどね、普通」

「なにそれ。誰かこれ以上出てくるの ? 」


 アンナの生前にはまだなかったお見合い番組では、一人の女性に複数の男性がプロポーズするのは当たり前。

 でも今ちょっと待ったをしたいのは一人だけ。

 だから、ここは少し働いてもらわないとね ?

 そんなわけでエリカとアンナはニッコリと微笑んで花束を受け取った。



 このところ『霧の淡雪』と出会わない。

 噂は聞くのだが、どこで何をしているのかがつかめない。

 もちろん冒険者ギルトに依頼を出せばすぐに連絡はつく。

 だが、あの二人と繋がりがあることはあまり知られたくない。

 少女たちが消えれば自分にも事情聴取の要請が来るだろう。

 それだけは避けたい。

 初雪が降る前に彼女たちの動向知る事はできないか。

 と、道の先で楽し気な声が聞こえてきた。


「あ、ヤハマン様 ! 」


 特徴的な帽子の二人が走り寄ってくる。


「ごきげんよう。お久しぶりでございます」


 まるで貴族令嬢のように軽く膝を折る美しい少女。


「お元気でしたか。もうお国に帰っちゃったかと思いました ! 」


 人懐っこい子犬のような笑顔の少女。

 ヤハマンが狙う最上の商品だ。


「ひさしぶりですね。かわらず元気一杯のようで」

「はい、それがあたしたちの取柄ですから ! 」

「おーい、エリカ、アンナ」


 彼女たちを追いかけるように二人の冒険者が現れる。

 確か『黒と金』と呼ばれる冒険者だ。

 金髪に碧眼の大人しそうな男と、いつも黒い服を着ている男。

 若いがかなり腕が立つと聞いている。


「知り合いか ? ならギルドには俺たちが報告しておくから、ゆっくりしていいぞ」

「ファー、いいの ? 」

「ああ。受付が閉まる前に戻れよ。それと明日は二人だけだが問題ないか ? 」

「安全なところで取るから大丈夫よ。今日はありがとう。ついて来てくれて」


 少女たちに手を振られ、男たちはヤハマンに軽く頭を下げて去って行った。


「彼らは友達ですか ? とても腕が立ちそうですが」

「はい。対番と言って個別の教育係というか、兄弟のような関係ですわ」

「あたしたちは街専なので、今日みたいに一緒に活動することはほとんどないんですけど・・・」

「今日は薬草の採取に護衛として付いて来てくれたのですわ。このところ不足気味なので、わたくしたちも頑張って集めていますの」


 ヤハマンは娘たちの言葉に、そう言えばしばらく前にそんな噂を聞いたことがあるのを思い出した。

 確か皇太子のご婚約にあやかろうと、娘たちが結婚に前向きなっていると。

 嫁入り道具はもちろん、家具や食器などの生活用品も売れ始めているのだとか。


「ええ、街専のお姉さま方がたくさん引退されてしまって、人手がないので薬草が品不足なんです」

「ですから今は採取の依頼を優先してうけているのですわ」

「ああ、それでここのところ街でお見かけしなかったのですね。ですが私も明日には地元に帰る予定だったのです。その前にお会いできてよかった」


 そうなんですねと屈託ない笑顔を見せる少女たち。

 この笑顔は貴重だ。

 奴隷になど落とせばあっという間に消え失せてしまうだろう。

 やはり売りには出さず、後宮で暮らさせるのが良いだろう。

 幼い甥や姪の教育係と世話係をさせる。

 そして数年後には自分がもらい受ける。

 悪くない選択だ。

 自分の妻として可愛がってやろう。

 表に出すことは出来ないが、どんな贅沢も叶えてやる。

 その秀でた頭脳を自分のために使ってくれるのであれば。

 ヤハマンはそんな楽しい計画は心に隠して、いつも通りの作り笑いで少女たちに向き合う。


「そう言えば明日はお二人だけだとか。まさか王都の外に行かれるのですか ? 」

「はい。群生地があるんですけど、その辺りは魔物とか危ないのは出ないんです。あたしたち二人でも大丈夫なんですよ」


 今日は少し遠出をしたので護衛が必要でしたと言う少女たちは、自分のことを隣国の商人と信じて疑っていないようだ。

 色々と正直に話してくれる。


「お二人には一度ぜひ私の国に来て頂きたいものですね。その手腕を我が国でも振るっていただきたい」

「まだまだ駆け出しに過ぎませんわ。一人前の冒険者になれましたら、他の国でも働いてみたいものです」

「その時はお世話になりますね、ヤハマン様」


 ではまた、とヤハマンは待たせていた馬車に乗り込む。

 決行は明日。 

 二輪の可愛らしい花。

 必ず手に入れよう。

 偽商人の欲望を乗せ、馬車は宿場地区へと向かった。



「上手く引っかかってくれるかしら、エリカ」

「あれは勝機を掴んだって顔よ。大店おおだなの娘の勘を信じてよ」


 二人は冒険者ギルトとは反対方向のスラムに向かう。

 城下町とスラムを隔てる門の前でファーとライが待っていた。


「上手くいきましたか ? 」

「あんな感じでよかったか ? 棒読みになってしまったが」

「ばっちりよ、ファー。こっちの情報は間違いなく伝わったわ」


 エリカは笑顔でグッジョブする。

 それを見てファーは機嫌をなおしてくれたかとホッとした。


「俺たちはこのあと何をしたらいいんだ ? エリカたちが攫われるのを眺めていればいいのか ? 」

「ええ、基本はそんな感じ。わたくしたちがアジトに連れ込まれるまでしっかり確認してね、ライ」

「僕はアンナが傷つけられるのではないかと心配ですよ。彼らは奴隷商人で紳士ではないのですから」


 ライは少女たちが今度も囮になることを良しとしていない。

 前回だって心底心配したのだ。

 後からあれは作戦だったのだと教えられて、どうして自分自身を大切にしないのかと腹がたったほどだ。


「あのね、ライ。わたくしたちは商品なの」


 そんなライを見てアンナは安心させるかのように説明する。


「傷物だと商品価値が下がるのよ。あの人たちはそれがわかっているから、決してわたくしたちをひどい目にあわせたりしないわ」

「そうよ。高く売るためには前回よりもよい環境に置いてくれるはず。そこは安心してね」


 ねーっと少女たちは声を合わせるが、全くもって安心などできない。


「さあ、これから忙しいわよ。騎士団や冒険者ギルドとの連携」

「アンナ、お庭番さんと警備隊の皆さんにも連絡しないと」

「護送馬車の用意はどうかしら、エリカ」


 明日は誘拐される予定だと言うのに、『霧の淡雪』の二人はピクニックにでも行くかのようにはしゃいでいた。

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