第49話 時にはウン十年前の少女のように

 ここはファーたちがおやっさんと呼ぶスラムの顔役の家。

 エリカとアンナはここを根城にしている。

 もちろん家賃代わりに食事を作ったり掃除をしたりと家事一切を受け持っている。

 時には簡単な菓子を焼いてスラムの子供たちに配ったりもしている。

 ついでに一人暮らしのご老人のお世話なんかも引き受けている。

『霧の淡雪』、何気にこの街で大人気だ。


 今日も夕食の下ごしらえなんかしていたら、ドンドンと玄関扉が叩かれた。


「おやっさん、いますか ! 」


 あれはファーの声。

 二人は体を固くする。


「どうしよう、玄関、開けるべきかしら、アンナ」

「だめよ、エリカ。七ひきの子ヤギのお話は知ってるでしょう。保護者のいない時に知らない人を家に入れてはだめよ」


 全然知らない人ではないのだが、少女たちは寄り添って訪問者の気配を探る。

 何回かのノックの後、彼らは諦めて去っていったようだ。


「はあぁぁ、びっくりした。やっと来たって感じ ? 」

「随分かかったわね。ライったら我慢強いんだから」

「それは抜け道が見つからなかったってだけだわ。まあ、ファーももう少し柔軟な頭があればって思うけど」


 二人としては、彼らが秘密の通路を使って王都で接触を図るというはずだった。

 だが、ここにあるの、ここにもあるのとさり気なく伝えていた情報は、彼らの中に蓄積されていなかったらしい。

 どうしようも、ほんっとうにどうしようもなくなったときのために、筆頭執事のモーリスと侍女長セシリアにだけは最後の手段と伝えてはいた。

 まさかギリギリになってやってくるとは思わなかったのだ。


「たぶん、おじ様のところに行ったんでしょうね」

「そうね。で、お願いしたとおり誘導してくれると思うわよ。これで予定通り動けるわよ、エリカ」

「では、さっそく ? 」

「ええ、城下町に出ましょうか」



 お庭番からの連絡を待つ。

 ここは王都の老舗の喫茶店。

 エリカの父が最初に立ち上げたヒナ・グループの一号店。

『ひよこのおやつ』だ。

 店名はいつか立派な時の声を上げる成鳥になるようにという願いを込めてつけられた。

 開店当時から外装も内装も変わっておらず、メニューも当時のままだ。

 一度リニューアルの噂がたったときも、常連客の反対運動で立ち消えた。

 とは言え若い子からは古臭いと思われているし、提供する料理などは他店舗のほうが多いし洗練されているということで訪れる客は少ない。

 ただこの店で告白やプロポーズをすると成功するというジンクスもあり、ここぞという時に利用する客も多い。

 今日はそういう客もなく、エリカとアンナの貸し切り状態だ。


「いつも思うのだけれど、お庭番さんってこういうお店でもどこかに潜んでいるのよね」

「あたし、物心ついたころからここに来てるの。だから間取りはよく知っているんだけど、隠れる場所なんてないはずなのよね」

「素晴らしいわ、お庭番さんの技術って。情報もそうだけれど、見守られているってとっても安心して過ごせるわ」


 コトンとテーブルに折りたたまれた紙が現れる。

『お褒めに預かり光栄です』という文字の横に、『対象はどちらも近づいておりません』と続いている。


「接触にはまだ時間があるみたいね。ねえ、アンナ。あたしたちそろそろ腹をくくる時じゃないかと思うのだけど、ライのこと、度思ってる ? 」

わたくしの方こそ聞きたいわ。ファーとどうなる予定なのかしら」

 

 どうなる予定って言われても、とエリカは一瞬への字口になる。


「皇太子だったら結婚する。違ったら婿養子に来てもらう」

「あら、どちらにしても結婚するのね」

「えー、でも選択肢ってそれしかないじゃない ? 学校も中退しちゃったし、いい結婚相手なんて残ってないわよ。ファーならしっかりグループ経営してくれそうだし。問題は平民落ちってところかしら。そういうアンナは ? 」


 アンナも額に手を当てて一考する。


「皇太子殿下ならお嫁に行くわ。そうでなかったら婿養子に来てもらって爵位を継いでもらうわね」

「アンナこそどっちにしても結婚するんじゃない ! 」


 顔を見合わせた二人はクスクスと笑い合う。


「あああ、この店舗って少数精鋭だから、何を話しても外には漏れないから安心して。お庭番さんも口外しないでしょ ? 」


 はい、と言いたげにコトンと音がする。


「それは最初から心配してないわ。でなければ今頃あの二人に全部筒抜けのはずですもの」

「そうそう、あたしたちの言いたいことわかってたはずだしね」


 それが伝わっていないという結果が今の皇太子たちの現状だ。


「でね ? 恋愛小説だと焦った二人がバラの花束抱えて謝罪の言葉とともに駆け込んでくるはずなのよ。それがないって、あたしたちの今をどう思う ? 」

「決まってるじゃない、エリカ。わたくしたちの恋愛偏差値が低すぎるからよ」


 そして皇太子たちも。

 そう言いたかったのを飲みこんだ二人は偉い。

 

「・・・正直どうしたらいいのかわからないのよ。映・・・お芝居みたいに好きです好きです愛してますなんて、わたくしたちに言えると思う ? 」

「できるわけないじゃない。知ってるのは『関白宣言』の世界よ。どんなに思っていても口には出さないのが知ってる男の人だわ。そんなのにこちらからアプローチなんて出来るわけないわ」


 そうよねえ、と盛大なため息をつく少女二人。


「平安貴族みたいにお歌を贈りあうとかで分かり合えるといいんだけどね」

「でも枕詞とか序詞とか掛詞とか、あの唐変木の二人が理解すると思う ? 」


 ・・・無理だよね。


「結局、はっきりと言葉にしなくちゃダメってことなのね」

「で、その告白をあたしたちからしなくちゃいけない理由ってある ? ここは男らしくあちらからでしょう」

「やっぱりプロポーズには夢が欲しいわ。こう、ロマンチックな感じで。ねえ ? 」


 二人の前世は怒涛のスピード婚だった。

 お見合いからお式までエリカは四か月、アンナは三か月。

 最初から結婚が決まっていたのと、いつかはお嫁に行くだろうと親がある程度用意していたのもある。

 そしてお式までのデートなどない。

 昭和の田舎の結婚なんてそんなものだ。

 乙女ゲーム『エリカノーマ』にアンナが手を出したのも、買ったからにはクリアしなければとエリカが思ったのも、多分どこかに恋愛という物に少しは、ほんの少しは憧れがあったからかもしれない。


「バレエの演技のプラスになればと思ったからだけど、確かにあのセリフには一瞬だけ魅かれたのは間違いないわ」

「一瞬だけね。確かにその意見には同意するわ。すぐさま消え去ったけど」


 待っていたよ、私の天使。


 昭和世代の二人には、あの甘ったるい雰囲気はきつかった。

 そしてあれを言われるカウントダウンは始まっている。

 

「エリカ、あれ、言われたい ? 」

「心の底から遠慮するわ、アンナ」

「でも、五分五分の確率で言われることは決定なのよ」


 あれを言われないためには、顔合わせの段階までにあちらからのプロポーズが必要だろう。

 

「でも、あたしが言われるのは確定なのよぉ」

「ええ、そこは同情するわ。ファーが皇太子殿下でないのを祈ってあげるわね」


 とは言え、二人はやはり思っていた。

 少女だったころの、学生だった頃に憧れた相手からの告白とプロポーズ。

 決定事項のような前世とは違う、誰でもない自分こそが生涯を共に過ごすに相応しいという選ばれた存在なのだという確証。

 要するに『絵にかいたような恋愛結婚』がしたかったのだ。

 にもかかわらずこの状況。


「おかしいわ。お城、皇太子、婚約、花嫁。ロマンチックな状況がこんなに揃っているっていうのに」

「エリカ、それに奴隷商人、拉致、誘拐なんてワードがくっついた段階で、ロマンチックではなくてゴシックホラーになりかかっているわ」


 それに自ら足を突っ込んだ結果の自業自得であることに二人は気づいていない。

 そしてそんなロマンチックな展開には、あの歯の浮くようなセリフや態度が不可欠であるということにも。

 そんな二人のもとに届いたのは『殿下方はあと三十秒で到着です』という御庭番からの連絡だった。

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