第53話 腹が減っては戦は出来ぬ
「それにしても、エリカ。よくあんなサポート体制を考えられたわね」
作戦とは無関係に思える色々なアイデアに、アンナはエリカの知識の深さに驚いた。
一体どこから思いついたのだろう。
少なくとも一般専業主婦の思いつくことではない。
「あたしシュミレーションゲームが大好きだったのよ」
「しゅ・・・えっと潜水艦ゲームみたいなのかしら」
「ちょっと違うわね」
「軍人将棋とか ? 」
「全然違うから」
家庭用ゲームというば娘の大好きな乙女ゲーム『エリカノーマ』しか知らないアンナには、エリカが何を言っているのかわからない。
なにしろトランプと言えば七並べかババ抜き。
ボードゲームはダイヤモンドゲームくらいしか知らない。
「酷いわ、エリカ。
「例えば ? 」
「フライパンに料理を乗せてくのとか」
「・・・」
「ツイスターとか」
「・・・」
「百万長者から貧乏農場一直線とか」
「却下」
それは家族でやるゲームであって、電子機器を使って行うゲームではない。
「つまりね、シュミレーションゲームっていうのは昔の戦争と同じ状況で、頭を使って勝ちに行くっていうゲームなの。もちろん架空の戦争とかもあるけど、主流は過去の戦ね。上手くやればご
「つまり高度な陣取り合戦ということね ? 」
なるほど。
自分が死んだ後そんなゲームがあったのかと驚くが、アンナが知らないだけで彼女の和解頃にはピンキリでかなりの数があった。
そのほとんどは『エリカノーマ』を手掛けたゲーム会社だったが。
「でね、勝つためには情報が必要で、最初は歴史の本とか読んでたの。でも専門書って高いし読み終えるのに時間がかかるわ。だから、テレビでやってた戦争映画をよく見てたのよ」
「えーと、
「そう、それ。あれって実際その場にいた人が生きてた頃の作品じゃない。だから適当にやってると物言いがつくから、細かいディテールに凝ってたりするの。それもよく映らないメインキャラの背後で」
作戦室で女性士官が地図上の舞台を長い棒で動かしていくのを不思議な気持ちで見ていた。
軍人として働く彼女たちの真っ赤な口紅が印象的だった。
もっともそのシーンは日本の戦中映画の資料写真がもとになったフィクションだったらしいけれど。
「まあ、それであまり表に出ない逸話とかに興味を持って図書館で結構な量を読んだし、テレビでそんな番組があれば必ず見ていたしね。今回の食堂じゃなくてお弁当にしてってお願いしたのもそこからなの」
大侵攻の前夜。
大勢の兵士が死ぬだろう。
そう考えた上司は最後に美味い物を食わせてやれと命じた。
その兵士はみんな大好きカレーを作った。
美味そうな匂いが敵軍にも流れ、作戦決行時には相手は撤退してしまっていたのはかなり有名な話だ。
「なーるほど。すごいわ、エリカ。
「自分で面白そうって思ったことだけよ。だから中身はバラバラで一貫性がないの。長男にはおふくろは何でも知ってるけど、実は何にも知らないって呆れられていたわ」
でもこうやって役に立っているんですもの。さすが、エリカ !
アンナに手放しで褒められてエリカもまんざらではない。
まあアンナだってバレエ団の運営や公演準備などで普通の主婦にはない知識はあったが、さすがに今回はエリカの趣味バシッた知識に助けられている。
が、それはともかく。
今は作戦の続きの用意をしなければならない。
「えーと、攫われてきた偽『霧の淡雪』の皆さん。お食事は終わりまして ? 」
「元気は出ましたか ? 足りなければまだありますからね」
今回二人が閉じ込められているのは牢屋ではない。
炭鉱労働者の休憩室として使われていた部屋だ。
二段ベッドが三つ壁際に並んでおり、トイレも完備している。
以前のあれに比べたら恵まれていると言えるだろう。
ただし扉は外からカギがかけられているので、前のようにこちらの要望を伝えることはできない。
「ありがとう。食事も水も朝にしかもらえないから、お腹が空いて仕方がなかったの」
「力も出なくて寝て過ごすしかなくて。本当に助かりました」
二人が押し込められた部屋には、似たような服装の女性が四名。
やはり『霧の淡雪』になりすまして皇太子殿下に会いたいと城下町をウロウロしていたそうだ。
「反省しています。考えなしだったって」
「バカなことを考えなければ、こんなことにならなかったんですよね」
散々な目にあった娘たちは、心から反省していた。
食事もパン一切れと水が一杯。
ここ数日それだけしか与えられていない。
最低だ。
あの総裁ですから食事だけは一日三食与えていたというのに。
二人が思うに、彼らは被害者たちから力を奪いたかったのだ。
食事を減らして体力が無くなれば、段々に一日寝ているしかできなくなる。
そのうち考える気力も失せ、食べ物と引き換えになんでも言うことを聞くようになっただろう。
たった一つ失敗したのは、睡眠時間を与えたことだ。
断続的に起こされたり二時間ほどしか寝かさなければ、もっと早いペースで奴隷として従順になっただろう。
そして暴力を振るわれていなかったのもよかった。
若くてきれいな女性を高く売るためだろうが、それだけは褒めてやっていい。
「それで、皆さん以外につかまっている人はいますか」
「いえ、ここに入れられた日には男の人が助けを求めているようでした。でも次の日には聞こえなくなりましたから、多分・・・」
売られていったのか殺されたのか。
ならば今この部屋にいる四人が残された被害者だ。
エリカとアンナは目を合わせてウンと頷く。
「スープとか果物とか消化の良いものを召し上がっていただきましたけど、次はお肉やパンなどをお出ししますわ。体力を溜めて脱出いたしましょう」
「もう騎士団や衛兵隊が動いています。あたしたちが必ずご家族のもとにお返ししますから、心を強く持って下さいね」
とりあえず、いつでも逃げ出せるように準備してもらう。
急に元気になると疑われるので、靴と靴下をしっかり履いて今まで通りベッドでゴロゴロしてもらう。
決行は明日の昼過ぎだ。
「ところでエリカ。あの隅に積んであるのってもしかして・・・」
「そう言えば廃坑になった後、非常時用の備蓄倉庫としても使われてるって話だったわね。臭いからして・・・小麦粉かしら」
積まれた袋に顔を近づけてクンクンと嗅ぐ。
特に湿気ってもいないようだ。
「ウフフ、じゃあもしかして、ねえ ? 」
「そうね。アンナも悪よのお」
「いえいえ、エリカ様ほどでは」
ヘッヘッヘッと笑う二人を見ていた被害者たちは、攫われてきてからの不安がさらにつのるのが止まらなかった。
変だ。
助けに来てくれたはずなのに。
◎
「エリカは無事だろうか」
救出部隊の拠点に冒険者枠で詰めているファーとライ。
皇太子としての業務は空にしてきてある。
皇太子宮にはしばらく御所に籠るといってあるから、不在でも苦情は来ないはずだ。
「救出は明日の昼過ぎ以降。脱出してくる二人を保護するのはいいが、本当に彼女たちは逃げてこられるのだろうか」
「あの廃坑の中は詳しい地図がありますが、本当にアンナのいう通り逃げ出すことが出来るのでしょうか。商品に傷はつけないと言われても、傷さえつけなければどう扱ってもいいということです」
二人の不安は確かに正しくて、攫われた娘たちが逆らうことができない状況に置かれていたのも事実だ。
ただエリカとアンナがその可能性を考えて食事や水分を『冒険者の袋』にハイ非常持ち出し袋よろしく色々と詰め込んで用意していた。
衣食足りて礼節を知る。
しっかりと食べて、二人が用意していた濡れ布巾で体を清め、髪をくしけずり口紅をつけた娘たちは、もう無気力でもなんでもなかった。
後は逃げるだけである。
しかし皇太子たちはそんなことを知る由もない。
「やはり心配です。なんとか忍び込んで・・・」
「ライ、気持ちはわかるが、エリカたちの作戦を邪魔するのはどうだろうか。予定通り明日の昼までは待機するべきだ」
「ですが、ファー・・・」
「待機するのは昼までだ」
まだ納得のいかないライに、ファーは落ち着けと肩を叩く。
「その後ならいくらでもやりようがある。ここは我慢のしどころだぞ、ライ」
「・・・わかりました」
渋々とライがファーの言葉に頷いているその頃。
「離してください ! 彼女たちをどこに連れて行ったんですか ! 」
「ええい、静かにしろ ! 」
「エリカさん、アンナさん ! 無事ですか ! 返事をしてくださ、ウッ ! 」
廊下でドタバタと音がする。
エリカたちは扉をドンドンと叩き。
「ヤハマン様 ! 」
「あたしたちは無事です ! ヤハマン様は逃げてっ ! 」
段々と遠くなるヤハマンの声に、泣き崩れるかのしゃくりあげる『霧の淡雪』の二人はピカピカの満面の笑みを浮かべていた。
「来ると思った」
「ホント、ブレない方だわ、ヤハマン様って」
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