第42話 皇帝陛下のとまどい

 ある日の午後。

 王城の御所。

 皇族以外入ることの出来ない居城。

 その居間に皇帝と皇后がいた。


「それで、ここにある報告に間違いはないか」

「はい。お庭番の皆さんにも確認を取っていただきました」


 両陛下の前には丁寧に纏められた資料。

 そして息子の嫁候補の二人の少女が座っている。


「前のお妃教育で面白がって集めた資料が発端です。その後の奴隷売買で前総裁が他国の指示を受けていたことがわかりました。そちらの国からは否定と謝罪はありましたけど、どうしても納得がいかなくて」

「あの人がたった一枚の指示書で連絡も取らずに何十年も任務を続けていたとは考えられませんわ。お庭番の皆さんに資料を集めていただいて、二人で精査して出た結論です」


 とにかく納得のいかないことばかりだった。

 自分の手の者を皇室に入れ、少しずつ人員を入れ替えて裏から操る。

 それはいい。

 だがそれと奴隷売買が結びつかない。

 そして売り飛ばされた人たちの職業が、一定時期だけ偏ったものになっている。

 そしてそれはなぜか『コルセット着用禁止令』で摘発される家が出た時と一致する。


「摘発された家はどこも貴族になって初めての成人の儀への参加でした。寄り親から助言もあったのでしょうが、コルセットは着けなくて当たり前ですから、わざわざ注意などしなかったのでしょう」

「そして相談できる貴族の友人もいなかった。そこに新進気鋭の服職人からの変わった衣装の売り込み。初めての試みなのでお代は勉強させていただきますと言われたら」

「すぐに飛びつくだろうな」


 資料を手に皇帝はため息をつく。


「家の主なら気づいただろうが、当主というのは大抵家のことは女衆おなごしにまかせっぱなし。当日になって慌ててももう後の祭りというわけか」

「かわいそうに。心躍らせて待っていた成人の儀の前に奴隷落ちとは。なんて酷い」


 戻って来ない人たち。

 どこかへ消えてしまった財産。

 一体何が目的でこのようなことが起きたのか。


「平民から貴族に叙される人たちは秀でた何かを持っています。そしてその何か以外でも優秀な方たちだと陛下もご存知でしょう」

「その後も殊勲をあげて国を盛り上げてくれるのは間違いございません。けれど、それを良しとしない外国勢力も存在するのですわ」


 資料の七ページ目からごらんくださいとエリカは話しを進める。


「衛兵隊の資料室で見つかったものを纏めました。被害者の一覧です」

「それを持って学術ギルドに参りました。そこで調べた結果がその方の出自と成果です。ご覧の様に全員平民者でございます」


 氏名の下に通っていた私塾、行方不明になる前の功績が書かれている。


「どなたも少しずつ成果を出して、色々な分野で有名になりかかった方ばかりです。誘拐されなければさぞや名声をはくしたことでございましょう」

「実際学術ギルドでは彼らがいなくなったことで断念せざるを得なかった研究があると言っています。同じことを建築ギルド、芸術ギルドなどでも聞きました」


 二人は伊達に王都で仕事をしていた訳でなかった。

 依頼を選び、子供たちを通じて親や教師から話を聞き、各ギルドや衛兵隊で情報収集をしていた。

 難しい場所はお庭番にお任せだ。


「それで、これのどこが国家転覆に繋がるのだ ? 」

「嫌ですわ、陛下。お判りになりませんの ? これから国を盛り上げていく優秀な人材が、このような形で大勢いなくなっておりますのよ」

「つまりこれは、誘拐と法律違反を装った、国力の切り崩しに他なりません」


 そんな馬鹿なと言いかけて、いくつかの名前に気が付いた。


「これは、余が話を聞きたいと招聘する予定だった者たちだ。機会が合わずにそのうちにと言いながら会う事が叶わなかった。誘拐され奴隷に売り飛ばされていたとは。王都で研究に励んでいると思っていたのだが」


 あの貴重な研究が、と皇帝は歯ぎしりする。


「ご安心くださいませ。数名を除いて居場所は確認済みでございます」

「彼らは違法奴隷です。陛下の御名で使者を送ればすぐ戻ってくるはずです。そちらはすでに宰相府に名簿を届けてありますから、明日にでもお話があると思います」

「あ、慰謝料請求もお忘れなく。彼らは随分と役に立っていたみたいですから、心置きなく搾り取ってくださいませ」

「そ、そうか」


 少女たちの屈託のない笑顔に若干引きながらも、皇帝は資料を読み進める。


「ところで売却先がわからない七名だが、貴族も数名いるようだな。これらはどうなった」

「うーん、彼らはハニートラップ要員だけあって、お顔がとてもうざ、うるわしいんですよ。その手の業界では手を出しにくいというか、出したら足がつきやすいというか」


 ハニートラップについては以前説明してあるが、彼らの行方がわからない理由はなんとなく察している。


「ある意味有名人ですので、この大陸で取引するには難があると思われます。ですから、わたくしたちは別大陸、もしくは諸島群に売られたのではと考えております」

「さすがにそこまではお庭番さんたちには無理です。でも一生懸命探してくれたんですよ。陛下からもお褒めの言葉をお願いします。あたしたちのお礼なんてケーキやクッキーくらいしかできなくて」


 あの人たち頭だけじゃなくて顔もよかったから、今頃男娼でもしてるかしらねと笑う娘たちに、今度こそ両陛下は引きまくった。


「コホン、それでもう一つの疑問はこの二つの事件がどうして同じ時期に起こされたかということだが、何か思いつくことはあるか」

「多分ですけど、一定期間あけないと各ギルドが対抗策をとってしまうからだと思います」


 常時誘拐を続けていれば、どんな人物が狙われているか解ってくる。

 そういう人たちにはギルドから警告がいったり警備が派遣されるだろう。

 そうならないよう時期を同じにして綿密に計画をたて、一気に狩る。

 そして危機感が薄くなるのを待つ。

 条件の合う低位貴族が見つかったらまた・・・。

 情報源はもちろん前総裁だ。

 失敗しようがない。


「ふむ。成人の儀に参加する貴族家には、宗秩省そうちつしょうから警告文を出させよう。『不可侵の令』の徹底理解を望むとな。それと何と申したか、商人の・・・」

「ヤハマンですね」

「あれはどう言った人物か。そしてそやつを疑った理由はなんだ」


 コホンと咳をしてエリカは説明する。


「まずおかしな依頼があった時点で要注意人物でした。そして実際会ってみて、絶対商人ではないと確信しました」

「それはなぜ」

「彼には野心がありません。向上心も。どんな駆け出しの商人だって多かれ少なかれ持ち合わせているものです。でも、彼にはそれがなかった。あたしだって商売人の娘です。媚びても利用しても成り上がろうという人たちを小さい頃から見てきました。だからわかるんです。あれは商人ではなく、平民ですらありません」


 次はわたくしとアンナが手をあげる。


「まだ未成年の身でははっきりと申し上げられませんが、彼は他国の貴族。それもかなり身分の高い家の、そう、四男あたりかと思われます。家は継げず、かといって外に出ても仕事もない。だから汚い仕事を引き受けるしかなかった。しかしその仕事はそれなりにやりがいがあり、その成果を上げることに喜びをかんじているように見えました。ただ、奴隷売買をしていながら、彼には商売という感覚がないようです。それが貴族であると感じた理由です」


 娘たちの批評に皇帝は頭をひねる。


「とても未成年の娘の考えとは思えないが、それは息子たちの判断なのか? 今あれらがここにいないのはなぜか」

「それは、ねえ」

「ええ、そうね」


 皇太子妃候補たちは顔を見合わせて口ごもる。


「正直に言っていいぞ。ここは我らしかおらん」

「はあ、それではありがたく。この件に関しては二人は一切関わっていません。ここのところ顔もあわせていませんし」


 どう申し上げたらよろしいのかしらと、アンナはうーんと唸る。

 

「はっきりと申し上げて、この捜査に加わっていただきたくないんですの。中途半端に引っ掛き回されそうで」

「資料の収集過程で結論を出して、勝手に動いちゃいそうで嫌なんです」

「あれはかなり優秀なほうなんだが」


 それはそうですけれど、と二人は渋い顔をする。


「今までのお仕事を見ていると、短絡的すぎるんです。あたしたちが十の仮説をたてるところを、あの二人は五つくらいで止めてしまう。それがあっていればいいんですけど、たまに大外れがあるんで」

「「とにかく邪魔で迷惑なんです !! 」」


 きっぱり言い切った少女たちに、皇帝陛下はおずおずと尋ねた。


「もしかして、息子たちのこと、きらい ? 」

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