第41話 頭と頭をつきあわせて
社交シーズンの終わりを告げる『仕舞いの夜会』終わって随分たつ。
領地に戻った貴族たちが、来シーズンに向けて衣装を新調するころだ。
特に力を入れているのは、年明けに社交界デビューする娘を持っている家だ。
夜会では爵位毎に移動できる範囲が決まっている。
入口付近では子爵、男爵、騎士爵。
真ん中は伯爵。
続いて公爵、侯爵で一番奥が皇族だ。
寄り親である上位貴族の導きがなければ、奥へと進むことはできない。
よほど才能のある若者がたまに、数年に一度くらいあの見えない線を越えていくのだ。
だが年に一度だけ、ご婦人がお声がけいただくチャンスがある。
成人の儀だ。
この日だけは皇族の方々が入り口近くまでいらしてお祝いを言って下さる。
もちろんどの家の娘にお言葉をかけるか、すでに根回しは済んでいる。
より有力な寄り親を持つ家だ。
だから突発的にお声がけいただけるよう、娘の衣装に手をかける。
色は白と決まっている。
上位貴族よりも目立ってはいけない。
どこで差をつけるか。
デザインか、刺繍か、布地か。
領地に戻るとすぐに動き出さないといけない。
◎
「繋がったわねえ」
「繋がってしまいましたわね」
「まさかこんな大きな話になるなんて、思ってた、アンナ ? 」
「思う訳ないじゃないの、エリカ。でも、前から気になっていたことがわかってスッキリしたわ」
「なにがわかったか知らんが、俺の家で悪だくみをするのはやめろ」
スラムと呼ばれる街の一画。
この街では顔役と言われている男の家。
その一室で皇太子妃候補二人が、膨大な資料を前に満足そうな顔をしている。
「悪だくみなんてしてないわ、おじさん」
「ええ。これは皇太子妃候補として国を脅かす陰謀を潰す作戦会議ですわ、おじ様」
「子供のくせに陰謀だの潰すだの、剣吞なんだよ。説明しろ、簡単でいい」
少女たちが天井を見上げると、トンっという音が聞こえる。
お庭番からのここにいますよという合図だ。
それを確認して二人は話し出す。
「前回の奴隷売買事件、こっちの主犯は捕まったけど、売り渡した相手はわからなかったでしょ ? 」
「ああ、仲介業者はともかく、その先の大元が不明だってことだな」
「落ち着いた頃にあたしたちの偽物が現れて、そのうち何人かが行方不明になっている。でもそれほど真剣にしている様子はない。あれってつまりあたし達への伝言だったのよ。売買経路が潰れたのはお前たちのせいだと知っている。かならず捕まえて奴隷にしてみせるって」
十年以上続いていた行方不明事件。
その首謀者が事もあろうに清廉潔白と思われていた貴族だった。
その事実は公表されることなく、突然の病死として扱われた。
実際は他国へ高額で売り飛ばされたのだけれど。
「黒幕は
「ヤハマンとかいう商人か」
「ええ、あのアホですわ」
二人の中ではアホ決定。
実際アホなんだから仕方がない。
「まず知識層の誘拐。これは文化的に低い国からの依頼です。奴隷に国民を教育させて、手っ取り早く教育水準を上げようということです」
「すでに売り払われた奴隷の行先は、数名を除いて調べがついていますわ。さすが帝国のお庭番 ! 」
二人がパチパチと拍手をすると、どこからかトントンッと嬉しそうな音が聞こえてくる。
「文字が書ける。計算が出来る。それだけで高額になりますものね。元手はただで数千万の利益。もう笑いが止まらないのではないかしら」
自分たちの売値が一人一億と知った二人は、奴隷商人がどれだけ自分たちを欲しがっているか解っている。
赤字解消のためになりふり構っていないだろうと言うことも。
「それとは別に、おじ様、『コルセット着用禁止令』については・・・」
「こないだ言ってたな。あれがどうした」
「あれってね、一定周期で違反者が出るんですのよ」
『コルセット着用禁止令』
実はこれには辛い歴史がある。
主に国の重鎮たちの。
遠い国から来た商人は、今まで見たことのないドレスを売りこんだ。
またそのドレスを着るために必要な鎧のような下着も。
それを着ないのははしたないことだと高額で売りつけた。
が、それを購入した貴婦人たちが社交の場に出なくなってしまった。
調べたところ全員が体調を崩しているという。
どうやらその下着が原因ではないか。
皇帝は自ら、そして重鎮達にも着用した上で意見を聞くことにしたのだが・・・。
「一日で全員根を上げて、即刻『不可侵の令』に加えられたと伝えられているわ」
「それから国内ではコルセットをつけてはいけないことになったのよ」
「それと奴隷商人とどうつながるんだよ」
女の下着を着けて確認とは恐れ入るが、話がよく見えてこない。
「あたしたちはお妃教育の一環で『不可侵の令』について習ったんだけど、コルセットの話がおもしろかったから、今までどれくらいの頻度で違反者が出たか調べたのよ。そしたら大体の周期で何件か取り締まりを受けているの」
「ほとぼりが冷めたころにおもしろいように起きるから、ちゃんと勉強してるのかしらって笑ってたわ」
それは男爵や子爵。
それも爵位を得たばかりの新人貴族。
「とりあえずの決まり事を覚えるのが精一杯で、『不可侵の令』まで知識がいかないような人たち」
「そんな人たちの娘が成人の儀でコルセットを着けるドレスで摘発されていますの」
二人は積み上げられた資料から数枚の紙を顔役に渡す。
「これ、何か気づくことってあるかしら」
「こっちは『不可侵の令』の違反者。こっちは・・・奴隷売買か ? 」
「ええ。そのとおりですわ、おじ様」
資料を二つにわけて娘たちが説明する。
「見ていただいたらわかると思いますけど、知識層の誘拐って違反者の摘発と同時期ですのよ」
「不自然なくらい同じ時期でしょ ? 」
そう言われて顔役は、資料を見比べて顔色を青くする。
「それとこちらの資料をご覧になって」
「ちょっと待て。これはどういうことだ ? 」
「見ての通りですわ、おじ様」
そこに書かれていたのは断罪された後の一族の末路。
『不可侵の令』ではその屋敷にいた者のほとんどに十年間の奴隷労働が科せられる。
それが終わった後は元に戻されるのだが、馭者や庭師、見習侍従は地元に戻っている。
だが、それ以外の者たちは死亡もしくは行方不明とされている。
「戻って来なかった人たちは特殊技能を持っている、もしくはある程度の教養のある人たちですの。おかしいでしょう ? 」
「そして管理されていた財産は、一体どこに行ったのかしら」
「・・・」
貴族の処罰は
その間の処罰者の財産は、本来は
死亡の場合は相続者に渡されるはずなのだが、それについての書類が一切残されていない。
前総裁がその地位についてから四十年。
「それってつまり・・・」
「前総裁の懐に入ったか、どこかに横流しされたんじゃないかしら」
「残念ですけれど、そのあたりは分かりませんのよ」
知識層の誘拐。
『不可侵の令』違反者の行方不明。
顔役にはそのつながりがわからない。
もし財産が前総裁が管理していないのなら、それは財産没収で国庫に入っているはずだ。
だがそれなりの金額や物資、それらはどこにいったのか。
いや、この資料から導き出される物は、導き出せる頭を持っているこいつらは。
「おめえら、一体なにもんだ ? 」
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