第40話 カフェ『四月は君の顔』にて

 男は焦っていた。

 思ったように物事が進まない。

 他の国の様に簡単にはいかないのだ。

 どの国でもある程度の餌を撒けば、欲しい商品は必ず手に入った。

 だがこの国、特に帝都では何かに阻まれるかのように物事が滞る。

 以前の仕入れ先は潰れた。

 今回の路線も上手くいったのは始めだけ。

 今は膠着状態だ。

 どうにかしてこの国独自の優良物件を手に入れなければ。

 男は部下たちに新しい指示を出した。



「驚きました。総ガラス張りとは。さすが帝都で人気のお店です」

 

 エリカとアンナは予定時刻よりかなり早くカフェ『四月は君の顔』に到着し、手配された個室で依頼主のヤハマンを待った。

 時間より少しだけ早く現れた商人は、思った通り自分たちの姿が外から丸見えとは思わなかったようだ。

 一瞬だけ不愉快そうな表情を浮かべたが、すぐに元の人の好い顔に戻す。


「ヤハマン様はご存知なかったのですか。ここは衣服の流行の発信地として有名なのです。外からよく見える窓際や個室は服飾関係のお店で争奪戦ですわ」

「宿で聞いたらここが一番ご婦人に人気だと聞いたもので。いや、いや、こんなに贅沢に高価なガラスを使うとは。私もまだまだ勉強不足ですね」


 何事も無かったかのように振る舞っているが、『霧の淡雪』と会っているところを見られたくなかったのは丸わかりだ。

 道行く人たちが遠慮なく眺めていくし、店内からは二人と一緒にいるのは誰だという声が聞こえる。

「ヤハマン様、人をジロジロ見るのは失礼にあたりますが、ここは見られて当たり前の店。この店だけはガラスに張り付いて観察しても問題ありませんし、ここに座るということはそれを許すということですわ」

「見られてナンボの店なんです。気を付けるとしたら、着ている服をどう魅力的に見せるかと言うことと、どれだけたくさんの人に自分も着てみたいと思わせることができるかです」


 なるほどと、商人は諦めたように笑う。


「そういえばヤハマン様のお衣装、不思議な形ですわね。どこのお国のものでしょう」

 

 ヤハマンが着ているのは、アンナたちの前世ではハーレムパンツと呼ばれているものに似ている。

 ゆったりとしたそれにシャツと幅広のサッシュ。

 その上にふくらはぎの長さのチュニックをまとっている。

 ターバンを巻いていればアラビアン・ナイトだなと思う。


「これは海を渡った先の北の王国のものです。以前訪ねたときに商売相手から贈られたのですが、体をしめつけないだけでなく、足の動きを邪魔しない自由さが気に入って以来愛用しているのですよ」

「まあ、北の大陸の。ぜひ詳しく伺いたいものですわ」

「ダメよ、アンナ。まず注文しないと。お店の方がこまってるわ」


 テーブルの横にはかわいいピンクのメイド服のお姉さんが控えている。


「ではわたくしは季節のアフタヌーンティーセットを」

「ヤハマン様は何になさいますか」

「私は甘いものはあまり」

「ではサンドイッチとサラダのセットはいかがですか。このお店は新鮮な野菜と卵を使っているので有名なんです」


 エリカは自分は通常のアフタヌーンティーセットを注文する。

 しばらくすると先ほどの店員さんが来て注文の品を並べ、お茶の支度をし入り口近くに控える。

 ヤハマンはなぜいつまでも給仕の者がいるのだろうと二人に聞いた。


「ああ、それは他の国の方がよく不思議に思われるそうですね」

「ほう」

「求婚するときの一番有名な言葉は、君の淹れてくれたお茶が飲みたい、です。我が国では女性は家族以外の殿方にお茶を淹れることはないのです」

「今日はあたしたちとどう見ても家族ではないヤハマン様がいらしてるでしょう ? お店の方が気をつかってくれたんですよ」


 ふたりの説明にヤハマンは、やはり国によって風習が違うのですねと納得した、ように見えた。



「季節のって普通の物とあまり変わりはないわね、エリカ」

「そんなことないわよ。あたしのタルトと違って、アンナのは今が旬の栗とか柑橘系でしょう ? サンドイッチだって胡瓜と卵は同じだけど、もう一個はハムじゃなくてローストビーフじゃない」

「でもエリカのも美味しそうだわ。ねえ、トレードしない ? 」

「もう、お行儀悪いわよ。自宅ではいいけど外ではダメって言ったのアンナじゃないの」

「ぶふぉっ ! 」


 黙って少女二人の会話を聞いていたヤハマンだったが、ついにこらえきれずに噴き出した。


「いやいや。若いお嬢さんの会話とはこういうものでしたか。いつも澄ましたご令嬢としかお話しませんが、きっと皆さん普段はこんな可愛らしいお話しをしているのでしょうね」

「「・・・失礼いたしました・・・」」


 真っ赤になって頭を下げる少女たちに、青年商人はどうぞとれーどとやらをして下さいと言うので、二人は遠慮なく実行させていただいた。


「ちょっとエリカ、栗の実を全部持っていかないで」

「アンナだっていちご、それ半分なんてもんじゃないわ」

「いいじゃない。かわりにクロテッドクリーム、多めに取っていいから」

「足らないわ。ジャムも所望します」


 そんな二人をヤハマンはお腹を抱えて笑って見ていた。



「それで、この国の女性衣料についてでしたわね」


 ある程度飲み食いした後、先程の醜態は無かったことにするかのようにすまし顔でアンナが言った。


「ヤハマン様はどの階級のご婦人向けに事業を展開されるご予定ですか」

「そうですね。できれば貴族のご令嬢をと考えています。城下町では吊るしの物を買われるようですが、貴族の方は工房を呼んで作らせているようですね」


 オリジナルの物を一から作らせるとそれなりに時間もお金もかかる。

 ならば複数のデザインを用意し、そこから選んでもらっての納入。

 低位貴族であれば需要があるのではないか。


「なるほど、なるほど」

「確かに未婚のご令嬢であれば、夜会やお茶会でよい嫁ぎ先を探さねばなりません。ですがあまりに安物のドレスを着ていてはお相手は見つかりませんものね」


 母や姉、祖母のドレスをリフォームして着るのは、物を大切にする家系とプラスの評価だ。

 だが、流行の新しい物を着用しないのは財政的に苦しいと思われる。

 だからと言っていかにも安物のドレスを着ていては、見栄えだけを気にする家だと軽く見られる。

 古い物と新しい物。

 そのさじ加減がむずかしい。


「ですが、今までお付き合いのあった国とは様子が違いまして、どうも商談が上手く運ばないのです」


 ヤハマンは数枚の紙を二人の前に並べる。


「これは西の国でとても評判がよく受け入れていただいたものです」

 

 そこには腰をギュッと絞って大きくスカートを広げたドレスが描かれていた。


「これを出したところで必要ないと言われてしまうのです。ええ、どこのお家でも」


 ヤハマンは困ったと首を振る。


「一体どこに問題があるのでしょうか」

「これは、我が国では決して受け入れられないでしょう」

 

 デザイン画を見ながらアンナは気の毒そうに言った。


「ヤハマン様、本日はわたくし共はお仕事としてここにおります」

「もちろん、そのように依頼を出しました」

「これから申し上げることは、わたくし共のような年頃の娘として、話題として口にするのも恥ずかしいことだとご承知おき下さいませ」


 うっすらと頬を染めたアンナに、ヤハマンは黙って頷く。


「ヤハマン様は不可侵の令をご存知でしょうか」

「いや、初めて聞きます」

「皇帝陛下が代替わりしても、決して覆してはならない法律でございます」


 たとえば奴隷売買、たとえば長子相続。


「その中に他国の方には理解していただけない法律があるのです」

「ほう、なんでしょう」

「『コルセット着用禁止令』ですわ」


 貴族女性の服飾典範の一部。

 貴族女性は胸の下で切り替えたドレスを着用すべし。

 侍女や平民と同じ服装をしてはならない。

 そしてコルセット。

 これは婦人を苦しめる為だけの下着である。

 決して着用してはならない。

 着用した者、促した者、強制した者、看過した者。

 罰金二百万円と十年間の重労働を課す。


「ですからこのようなドレスは、貴族であれば決して受け入れることはできないのです」

「そんな法律があったとは・・・」


 依頼者は唖然としたが、真っ赤になって下を向く少女たちに慌てて頭を下げる。


「これは大変失礼しました。仕事とは言え、ご婦人にお聞きすることではありませんでした」

「もう少し年上の冒険者であれば、さらっと流せたと思うのですけれど。あたしたちは・・・」

「まだまだ冒険者としての心構えがたりませんでしたわ。もっと精進しなくては」


 隅で控えていた店員が声をかけるまで、三人は謝罪合戦を繰り返す。

 その後は用意されたデザイン画を基に、どう貴族向けに変更するかの話し合いで時間まで過ごした。



「ヤハマンなんて商人、貴族街には出入りしていなかったわ」

「やっぱりね。そうだと思ったのよ」

 

 離宮に戻った二人は、お庭番からの報告を読みながらため息をついた。


「だってね、あのデザイン画。随分前の流行りなのよ。紙質からして古臭かったし、あちこちで使いまわしてたって感じよね」

「話題の出し方も不自然だったわ。あの人は不可侵の令を知っていたわね。その上でわたくしたちがどんな人間なのか確かめたかったのではないかしら」


 北の大陸の服。

 潮の荒いあそこまで行くような財力があるのなら、すでにその手腕はこちらで鳴り響いているだろう。

 なのに駆け出しとはありえない。


「ウブな女の子を演じて正解ね」

「エリカったらリアルで女子高生っぽかったわ」

「そういうアンナだって、ここぞっていうところで赤くなっちゃって」


 それはエリカも同じでしょう。

 ウフフと笑いながら肩を突き合う二人。


「かわいいわねえ、こっち異世界の男の子」

「女のことを全然わかっていませんものね」


 女であればTPOで頬を染めるくらい簡単。

 必要に応じて涙の出し入れだって朝飯前だ。

 あの程度に騙されるなんて。

 チョロい。

 チョロいぞ、異世界。


「ねえ、ところでアンナ。あれ、使えると思わない ? 」

「エリカったら、わたくしも同じことを考えていたのよ」

 

 数日後、服飾ギルドに新たな特許が申請された。

 大まかなデザインを選んだあと、細かな指示が出せるという割安なドレスの作り方。

 予め布などを確保しておく。

 またどのお屋敷がどんなデザインを選んだか。

 その情報を共有することでドレスのバッティングが避けられる。

 イージーオーダーのはじまりである。

『霧の淡雪』の名声はさらに高まり、後からそれを知ったヤハマンが歯ぎしりするのだが、それはエリカとアンナに伝わることはなかった。

 だって、その前に・・・。

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