第39話 もしも異世界で学習塾を始めちゃったら

 王都北の廃坑。

 かつては炭鉱として栄えていたが、火の生活魔法が普及してからは用無しとして放置されている。

 だがそこに目をつけて根城にする者もいるわけで、年に数度は冒険者ギルドに巡回の依頼を出している。

 住み着く者が流浪の民であれば保護し、そうでない場合は討伐隊を組んで叩きのめす。

 けれどギルドに出された依頼書を見て、巡回時のみ無人にするという奴らもいるようだ。

 そこで今年は一般の依頼ではなく、高位冒険者パーティに指名依頼を出した。

 単なる巡回に中位ではなく高位にしたかというと、万が一悪意ある住人と出会った時のためだ。

 

「いますね、姐さん」

「ああ、でもなあ。こいつらぬけてるだろう」


 メンバー全員が『おつ』クラスという『パンケーキにジャム』。

 地方の幼馴染で冒険者登録してからずっと同じメンバーで活動している。

 後で変更すればいいかと軽い気持ちで選んだパーティ名。

 まさか自分たちが高位になるとは思っていなかったので、気づいた時には改名しようがないほど有名になっていた。

 腕はかなり良いので笑う者がいないのが救いだ。

 それはともかく。


「外に洗濯物を干すのはいい」


 リーダーの女性は岩かげから廃坑の入り口を見る。


「だけど内容がめちゃくちゃだ。水商売の女の下着、赤ん坊のおしめ。どうも何か隠しているようにしか見えない。十中八九、犯罪者のねぐらだね」


 そのほか年寄りの着るような服など、干されているものに一貫性がない。とても家族のものではない。

 かと言って何家族かが集まっているかと思うと、それにしては数がすくないし、なにより下着の数があわない。 

 どこからか盗んだものを飾っているのだろう。


「盗賊、ですかね」

「いや、ここ一年ほどはこの辺りでそんな被害は報告されていない。でも帝国の人間じゃないのは間違いないね。だって、ほら。見なよ、あれ」


 指さされた先の洗濯物を見て、全員あぁと納得がいった。



 お庭番がつかえない。

 皇太子たちは情報が流れてこないことに苛立っていた。

 妃殿下候補たちが何をしているか、まったく報告がないのだ。

 例の誘拐騒ぎが終わって彼女たちが離宮に入ってから、なぜかその手の報告が上がってこない。

 

「おかしいですね。アンナたちについては最優先で報告するようにと言ってあるのですが」

「どうもエリカたちに関してだけ、まるで機能していないようだ。一度管理者を呼び出すべなのか」


 悪意があるかのように、彼女たちの動向がわからない。

 加えて今までなかったような書類が山と来る。

 なんとか処理してお昼とお茶の時間に離宮を訪ねるのだが、侍女たちからは留守を告げられるだけで、ここ二月は顔も見ていない。

 例の秘密の通路を使って王都で活動しているのだろうが、では自分たちもといつもの手で出ようとするとストップがかかる。

 抗議しても「上からの命令で」と聞いてもらえない。

 ライは僕たちは皇太子なのにと渋い顔をする。


「一緒に行動していれば、何かあった時にアンナたちを守れるのですが」

「そしてエリカたちは俺たちがいない時に限って事件に巻き込まれるんだ」


 黙々と目の前の書類を片付ける。

 積まれた書類は「十進分類法の王城図書館での利用申請」とか「新しい授業 の騎士養成学校への導入についてのお伺い」だったり。

 どちらも文部省宛であるのに、なぜ皇太子府にくるのだろう。

 そんな無関係の書類を所轄省庁に振り分け、その隙間にある自分たちの書類を処理する。


「これは、嫌がらせだろうか」

「いえ、どちらかと言うと足止めに近いのではありませんか」


 二人の憶測は外れていなかったが、では一体誰がと言う答えはでなかった。



 生徒たちが自分たちの使ったプリントを戻して帰っていく。


「ありがとうございました、先生」

「来週もよろしくお願いいたします」


 エリカとアンナは生徒たちに一つとのルールを課した。

 教室に入るときと出る時に礼をすること。

 そうすることでこれから勉強をするという心構え。

 変える時は使わせてくれてありがとうという感謝の気持ち。

 これを徹底することでオンとオフを切り替えさせる。

 もちろん男の子は胸に手を当てて、女の子は膝を折って。

 そのあたりも美しく見えるよう指導しているので、保護者からは勉強の他にマナーまでと評判がいい。


「随分と成果があがったわね、エリカ」

「そうね、もう少しして学校の授業についていけるようになったらお終いかしら」


 戻されたプリントを丁寧にしまう。

エリカたちは自分の実力のプリントに挑戦するという新しい勉強法を「クー・ミョン方式指導術」と名付け、学術ギルドに登録した。

 ただこれには少々問題があった。

 紙が高価だということだ。

 前世のように一人一枚などにすると、紙代だけでとんでもない値段になってしまう。

 そこで二人は印刷したものを渡し、それを見ながら自前の石板に答えを書かせるようにした。

 石板はミニ黒板のようにもので、書いた文字を簡単に消すことが出来る。

 赤毛の女の子が未来の旦那様の頭をぶっ叩いて割ったあれだ。

 計算の終わった生徒は黙って挙手し、エリカ達が答え合わせをしてくれるのを待つ。

 教室内には二人の声だけが響く。

 おしゃべりしたり暴れる者は排除。

 依頼料は返すからもう来るな。

 そんな訳で、二人から指導された子供たちは礼儀作法も身につけられたと学校でも家庭でも評判がいい。


「よし。プリントは全部そろっているわ」

「こっそり持ち帰ろうとする子もいなくなったわね。まったく人の努力とお金を横取りしようなんてもなんて、なんて情けないのかしら」


 プリントを持ってきてくれたら千円あげるよ。

 そう囁かれて盗んでいこうとする子供が現れた。

 だが、そんな大人がいるという報告は既にほかの子供たちからあった。

それで授業終了後に徹底してプリントを回収することにした。

 全てのプリントにナンバリングし、返さない子供は帰宅させない。

 それでも抵抗する生徒は、親呼び出しの上で出入り禁止と学校への通報を実施した。

 もちろん依頼料は返却している。


 この世界には活版印刷がある。

 だが一文字一文字拾って印刷するのはそれなりに高価なのだ。

 それを盗んでマネしようとは。

 そのような輩に怒りを隠せない二人だったが、前世の偉業を丸パクリしているのは承知している

 だが、前世の弁護士も特許関係省庁もここまで追いかけて来れないのだから別に構わないだろう。

 十数年後、『こぺんどてすと』というコビー魔法が構築されるのだが、それはまた別の物語になる。



「そろそろ来るなとは思ってはいたけどね」

「ええ、随分と正攻法で来ましたわね」

 

 街専宛としてはかなりメジャーな依頼。

 『話し相手』

 身寄りの無い裕福なお年寄などからの依頼で月に何度かは入る。

 ウンウンと相槌を打っていればいいという、とても楽ちんな上に実入りがいいので争奪戦になる案件だ。

 それが『霧の淡雪』に指名依頼が入った。

 依頼者はもちろん、あのヤハマンだ。


「話題は王都での女性衣料の流行とその他について。場所は宿泊先ではなくて、あら、これウチの店だわ」


 指定されたのは数年前にオープンした若い女性に人気のカフェ。

 ヒナ・グループの『四月は君の顔』。


「なるほど。ここは女子会向けの個室があるから、そこで話そうっていうのね」

「個室に殿方と一緒なんて、大丈夫かしら」


 城下町にある店なので、貴族街から出たことのないアンナは知らなかった。

 なにしろ真のお嬢様は外食などしないのだから。


「まあ、あそこくらい安心できるお店はないわよ、アンナ」


 若い娘であればお出かけと言えば精一杯のおしゃれをしてくる。

 それを自慢したい娘心がわかっているので、店の外観は総ガラスで中がよく見えるようになっている。

 当然だが個室もまた街行く人たちから丸見えだ。

 それを狙って服飾店は自分たちの店のものを着せたサクラを送り込む。

 噂になれば売り上げが上がる。

 だから窓際の席はひと月前からの予約制だ。

 そしてサクラ役は街専の女性冒険者たち。

 報酬の他にその日着用した服ももらえるとあって争奪戦になる依頼だ。

 上手くいけばガラス越しに見初められるというおまけもあることもある。

 ただしオーディションはあるが。


 それにしても何故わざわざあの店を選んだのか。

 ダンスの練習に宿の舞踏室ではなく、仮住まいにわざわざピアノを運び込ませるくらいには二人との関わりを知られたくないようだったのに。

 多分女の子に人気という不信感を与えないような店を選んだだけだろうが、個室の仕様を見た時の彼の顔を思い浮かべると楽しみでしかたない。


「えっと時間は明日の午後の鐘一つね。話題がファッション系だから、とりあえず今の流行りを押えておく ? 」

「そうね。今から用意するとなると二シーズン先になるかしら。ではその予測も入れておいたほうがいいわね」

「どうせお商売するつもりのない人だもん。テキトーに流して正しい予測は服飾ギルドに持っていきましょうよ、アンナ」


 またギルドの通帳にお金が入ると、エリカもアンナもニンマリと笑った。 

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