第38話 裏の顔は策士

 エリカとアンナの指名依頼の受注。

 今まではファーとライが精査していた。

 今はギルマスや案内人の助言を基に本人たちが選んでいる。

 冒険者仕事をしてるのを皇太子たちにはナイショだからだ。


 どの依頼を受けるか。

 まず明らかに怪しい物は受け付けない。

 街専なのに護衛や王都外での採取などだ。

 戦闘能力のない彼女らを外に出すとしたら、別に討伐系の冒険者をつけなければならない。

 その分、割高になるのだ。

 それなら最初から戦う力のある者に頼んだ方が安上がりだ。

 どうも『霧の淡雪』を王都から出したい者がいるようだというのがギルド上層部の考えだ。

 依頼主は全て別だが、多分裏で繋がっているのだろう。

 依頼書が提出された段階で、窓口で厳重注意された上で突き返されている。

 しばらくするとこの手の依頼は消えた。


 その後に来たのは学問系、家庭教師だ。

 これは訓練用依頼の成果が口コミで広まった結果だ。

 秋から始まった新学年。

 領都から出てきて華やかな都会の空気に受かれ、初動で失敗した騎士養成学校や精華女子学院の新入生。

 なんとか後れを取り戻したいと依頼が来るが、エリカたちは休日以外では受けることが出来ない。

 なぜなら彼らの放課後は彼女たちの門限だ。

 そこで個別ではなく、休日を使って集団授業を行うことにした。

 初めに修学具合をテストし、午前と午後に分ける。

 そこから授業をするのではなく、個別で指導する。

 あの『く〇ん式』のやり方だ。

 あれはなあ、ほんと、すごいと思う。

 で、最初こそ個人授業を受けられないことに文句があったが、依頼料を頭割りすることで私塾や家庭教師よりも安くなると説明すると納得してもらえた。

 そして蓋を開けて見ると、異性との出会いと言う願ってもいないシチュエーション。

 お互い良い所を見せようと張り切ってしまう。

 

「とても文字が丁寧になりました」

「こういう考え方もあるのですね」

「さすが騎士様の卵」


 などと人前で持ち上げておくと、まだ十歳というかわいらしさでまたまた頑張ってくれる。

 飴と鞭の使い分けなどお手の物だ。

 伊達に子育てや指導をしてきたわけではない。

 授業後に女の子を家まで送り届ける男子も出て、貴族としての振る舞いもばっちりという副産物もあった。

 保護者からの感謝の言葉とともに追加報酬を申し入れられたりもしたが、それはきっぱりとお断りした。


「報酬はしっかりといただいております。それ以上いただくわけには参りません。しがない冒険者の矜持とご理解くださいませ」


 なんと清々しい。

 そんなこんなで『霧の淡雪』大人気である。

 しかし二人はというと、少しばかり焦っていた。


「ひっかからないわね」

「ええ、これだけ派手に動けば、何かしらのアクションがあると思ったのに」


 平日は街専としての依頼受注。

 休日は学習塾。

 目立つように振る舞ってきたが、奴隷商人の炙り出しを試みても、最初の頃の変な依頼が途絶えてから動きがない。

 いつもどこかに控えているお庭番の皆さんからは、つかず離れずの影がいることは報告されている。

 それらが何人かの人を介してある人物と連絡を取っていることも。


「あちらとしてもあたしたちをどうにかしたいとは思っているはずなのよ」

「そうね。だとしたら依頼とは別の方面からアプローチがあるのではないかしら。もっとお話したそうにしていましたものね、ヤハマンさん」


 していない商売。

 借りていない倉庫。

 あるはずのない宴。

 最初から変な人だったが、やっぱりそうかと腑に落ちる。


「街でであって声をかけてくる」

「お茶に誘ってみる ? 」

「うーん、今日は用事があるって断るんじゃないかしら」

「では次の機会にとお別れする」

「それほどあたし達に固執していませんよって態度を見せておきながら、なんらかの手を使って約束をとりつける、かしら」


 あの商人だったらどのように近づいてくるか。

 少女たちは楽しくシミュレーションを始めた。



「今日も二人はいないのか」

「一体どこに行ったんですか、アンナは」


 ここのところいつ訪ねても留守にしている二人に、皇太子たちはいらだっていた。

 聞きたいことはたくさんある。

 だが、それ以上に声が聴きたい、顔が見たい、癒されたい。


「離宮警備の騎士に聞いても門を出ていないと言っています。部屋にいるのでしょう ? 取り次いでください」

「お二人ともお留守でございます。お引き取りを」

「だから門から出ていないと・・・あっ ! 」


 門からは出ていない。

 離宮にはいない。 

 と、言うことは・・・。


「まさか、離宮にも扉があるのか ? 」

「それは、考えてもみませんでした」


 つまり、彼女たちはお妃教育が休止中なのを良いことに、王都で楽しく遊んでいるということだ。

 皇太子たちは自分たちのうっかり加減と彼女たちの行動力を失念していたことに気が付き唖然とした。

 

「アンナの部屋に詳しい地図があったはずです。離宮の扉がどこにあるか確かめないと」

「よし、早速探しにい、痛っ ! 」

「どこに行かれるおつもりですか」


 痛む頭をさすりながら振り返ると、アンナの固有武器、鯨尺くじらじゃくを手にした侍女長が立っていた。


「それで、どちらまで ? 」

「いや、アンナの部屋に地図を取りに・・・」

「は ? 乙女の部屋に許可も取らずに入るとおっしゃる」


 小柄なご婦人の背後から、ズゴゴゴゴゴッと何やら黒い物が湧きだして・・・くるような気がする。


 「無断侵入の上、乙女の私物を勝手に持ち出そうとする。殿下方、それは世間一般の常識として空き巣と申しますのよ」

「す、少し借りるだけじゃないか」

「少しだろうが大量だろうが、犯罪行為であることに違いはございません。さて、娘心についてまだまだご理解いただけていないようでございますね。もう少しお話合いが必要でしょうか」


 午後の穏やかなはずのお茶の時間は、叱責と説教タイムに変更された。



 そんな風に皇太子たちの気分はダダ下がり、『霧の淡雪』の評価だけガンガンと上がっていく日々。


「おや、お久しぶりですね、『霧の淡雪』のお二人」

「まあ、ヤハマン様。ご無沙汰しております」

 一仕事終えてギルドへ戻るエリカとアンナを、自称商人の後継ぎヤハマンが呼び止めた。


「宴のほう、無事にお済でしょうか」

「ええ、他国の商人が踊りも踊れると珍しかられて、何人かの方からお時間をいただくお約束もできました。お二人のおかげですよ」


 そう言うヤハマンにエリカが満面の笑みで応える。


「よかった。あたしたち、心配だったんです。ね、アンナ」

「ええ。追加依頼をお断りしましたでしょう ? ご不安ではなかったかと。新しい出会いに繋がりましたのなら、わたくしたちにとっても望外の喜びですわ」


 長身の商人は体をかがめて、少女たちの高さまで目線を下げる。


「お二人の評判は聞いておりますよ。家事から礼儀作法、学問までこなされているとか。踊りを褒めてくださった方に『霧の淡雪』から指導を受けたと言ったら、とても驚いて羨ましがられましたよ。まだ新人と伺っていましたが、すでに一流の域ですね」

「まあ、お恥ずかしい。幼い頃から習い覚えたことをお伝えしておりますだけですのに。ですがそれが生きていく術になったのですから、厳しく躾けてくれた両親や祖父母に感謝しなければいけませんわね」

「ええ、お前でも他人様のお役に立てたと褒めてくれます、草葉の陰で」


 ヤハマンはそれは、と目を逸らせる。

 二人が悲しい境遇だと思ったのだろう。


「お二人とも、もしお時間がおありでしたら、この後お茶でもいかがですか。こちらの流行などもお伺いしたいのですが」

「まあ、嬉しい。ですが、これからギルドに報告に行かなければならないのです」

「ヤハマン様のように素敵な方に誘っていただけるなんて光栄なんですけど、残念です」


 二人のような成人したての小娘が成人男性から誘われることはあまりない。

 エリカもアンナもとても残念そうに顔を見合わせた。


「ではいつか、お時間をいただけましたら、ぜひ」

「はい、その時は喜んで」

「楽しみにしていますね」


 待たせていた馬車に乗り込む商人を笑顔で見送る。

 角を曲がって消えたのを確認して、エリカとアンナはニンマリと笑う。


「かかったわね」

「かかりましたわね」

「「バカめー」」


 街行く人々は少女たちの楽しそうな笑い声を温かい目で見ていた。

 その笑顔が何を意味しているのかも知らず。

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