第37話 表の顔は淑女

 さて、夕食と入浴を終えた作戦タイム。

 あの二人に邪魔されない時間だ。

 

 二人に用意されたのは、本来は夫婦の部屋として使われる場所。

 共通の居間を挟んでそれぞれの執務室、応接室、居室、寝室、衣装室、簡易キッチンなどがある。

 個別の浴室もあるが、二人は一緒に大浴場で伸び伸びと湯に浸かるのを楽しんでいる。


「父さんから連絡があったわ。ヤハマンさんの商会について」

「早いわね、エリカ。昨日の今日なのに」


 エリカの父。

 一大外食チェーンのヒナ・グループ会長だ。

 商業ギルドの中でも、それなりに影響力を持つ。

 昨日お庭番を通じて調査依頼を出し、その結果が先ほど届いた。


「さすが、ヒナの会長だわ」

「小さい頃はお菓子食べてる姿しか見たことなかったんだけど、父さんたらまともな経営者だったのね」


 父の背中を見せよとは言うが、子供が見ているのは親の仕事ではなく日常の姿だ。

 日頃の仕事は見せねばわからない。

 そして大抵の父親は自宅ではグータラしているものである。


 さて、外国の商人、ヤハマン。

 最初から胡散臭さが満載だった。

 指名依頼の内容からして、二人は最初から警戒していた。

 

「まず店舗ありきで名前を売らなきゃいけないのに、通販紛いの御用聞きだけの商売なんかありえないわよ」

「情報なんて噂くらいしかない世界ですもの。わたくしたちなど簡単に騙せると思ったのでしょうね」

「物知らずの小娘なんて、どうにでも出来るって思ったのかしら。なめられちゃったわね」


 だが、相手が悪かった。

 アンナは高位有力貴族令嬢だし、エリカは信用厚く若い商人から絶大な人気を誇る大店の娘だ。

 おまけに次代の皇后候補で、ついでに皇室のお庭番を掌握している。


「それで父さんからの報告だけど、ヤハマンという名の商人は王都内で活動はしていないそうよ。もちろん倉庫街ではここ数か月新しい借り手もいないって」

「あら、まあ」

「でもあの宿屋を借りているのは間違いない。泊まっているのはあの人だけ。身の回りの世話は宿に任せているんですって。心付けが多めだから、担当に指名された従業員は驚いているそうよ」


 ちなみにこの国にはチップの習慣はない。

 通例として従業員に渡されたお金は宿が管理し、会計時にはその額を引いた宿泊代を請求される。

 なぜかと言うと、チップを渡すというのは、宿が使用人に十分な給金を支払っていないという、とても侮辱的な行いだからだ。

 チップのある他国での例として、一泊の心付けは五百円くらい。

 だがヤハマンは千円、たまに二千円をおいていく。

 これは異常であり、何かを企んでいるか隠しておいてほしいことがあると思われてもしかたがない。

 すでに警備隊にはご注進がいっていると言う。


「王都の一流店をバカにしているのかしら。そんなこと支配人に全部報告されるに決まっているじゃない。第一、商売をしようという国の習慣を調べていないってどうかと思うわよ」

「そうね。エリカも知っていると思うけど、今は社交の季節じゃないわ。小さなお茶会くらいは開かれるけど、宴なんてとんでもない。まして商人が貴族の宴に招かれるなんて、よほど親しくてもありえない。内輪のものでもどうかしら」


 この世界では身分制度がしっかりしている。

 飲食業界の重鎮であるエリカの父も、貴族との個人的な付き合いはない。

 あくまで買い手と売り手の関係だ。


「あたしたちを貴族の娘か確かめようとしたのは、自分の嘘がバレていないか確かめるためだったのかしら」

「あと、『霧の淡雪』の素性を知りたいというのもあると思うわ。わたくしたち、確かにただの町娘には見えませんもの。なぜ貴族のマナーやダンスに詳しいのか知りたかったのでしょうね」


 ヤハマンに対して二人は、没落して平民になった元貴族の従姉妹同士と名乗っている。

 アンナの方が主家筋で、エリカは分家。

 まだ貴族の教育が残っている娘と、平民に馴染みかかっている従姉妹。

 これで通せば疑われないはずだ。

 念のため宿には似たような境遇の家をいくつか流してある。

 没落貴族の末が偽名で仕事をするのはよくあることだ。


「ところでヤハマンさんから追加依頼があったけど、断っちゃってよかったの ? 」

「だって二日前に言ってくれれば時間も取れましたけど、わたくしたちの指名依頼は溜まっているのよ。前日に突然言われても無理でしょう」


 申し訳ございません。

 昨日までの講習で何の問題もございませんでしたので、別の依頼を受けてしまいました。

 指名依頼が溜まっておりまして、ギルドのほうからも催促されております。

 ヤハマン様でしたら、もう特に問題もございません。

 自信を持って宴にお出かけくださいませ。


「それで邪魔されないよう三日分の依頼を受けておいたのね。宴は明日だったかしら」

「ええ。もっとも明日宴を開く貴族家はありませんけれどね。はあ、出来ればあの方にはもう関わり合いたくないわ」

「そうね。縁日のカラーひよこくらいには胡散臭いわね」


 王族以外が泊まれる王都一の宿に連泊出来るだけの財力がある商人のはずだが、おばさん少女たちにはその辺の駆け出しよりも下の扱いをされる可哀そうなヤハマンだった。



「まだ口説き落とせていないそうだな、二人とも」


 皇太子二人は皇帝夫妻の午後のお茶に呼び出されていた。

 

「お妃教育は二人とも完璧と聞いていますよ。春の大夜会の後で発表したいものね。春の訪れと新成人と新しい娘。喜びはどれほどか」


 皇后はやがて来る息子の嫁にワクワクしている。


「そうそう、あなた方が持ち出した私の乙女小説、お役にたったのかしら」

「うっ ! 」

 

 こっそりと持ち出したつもりだったが、しっかり母にはバレていた。


「離宮の侍女長がいろいろ報告してくれていたのだけれど」


 知ってたんかい !


「ぜひその場に居合わせたかったわ。次はいつやるのかしら」

「二度とやりませんから、ご心配には及びません」


 まだ春には程遠いというのに、二人の背中を嫌な汗が流れる。


「おほん、ところでまた誘拐騒ぎが起きているそうだが、そちらは承知しているのか」

「はい。冒険者が拠点を発見いたしまして、攫われた者たちがどこへ連れ出されているのか確認中です。売り飛ばされた時点で買い戻す予定となっております」


 すでに何人かは連れ戻している。

 買った者には奴隷売買には目を瞑るが、この件に関しては他言無用と脅してある。

 子供や若い女性の経歴に傷はつけられない。

 各地の修道院や商店には、修業に出ていたと口裏を合わせるよう依頼をしている。


「前回に続いてこのような暴挙、決して許されることではありません。今回は尻尾切りなどさせません。必ず大元を叩いてご覧に入れます」

「して、まだ尻尾すら掴んでいないようだが」

「・・・それは」

「嫁たちはお前たちの先の先まで読んでいるようだぞ」

「は ? 」


 あの娘たちが ?

 自分たちの一手どころか二手、三手先まで読んでいる ?

 まさか !


「重罪犯ではあるが、女を見る目は確かだったな、前総裁は。よき嫁たちを見出みいだした」

「綺麗でかわいくて賢くて。おまけに勇気まで持ち合わせている。素晴らしいわ。早くお嫁にこないかしら。どちらが妃に決まっても、あの二人なら仲良くできると思うのよ」


 あー。

 彼女らは、何を、しているのだろう。

 そう言えばここ数日、離宮にはいなかったような。


「ライ、急いでエリカたちに会おう」

「ええ。アンナたちが何を知っていて、何をしているのか。確かめる必要がありますね」


 自分たちが離宮に入ることが出来るのは昼食時と午後のお茶の時間。

 明日こそ捕まえて話を聞かなくては。

 だが、皇太子たちのその思いは叶わず、その後の数日、少女たちとの面会は叶わなかった。


「息子たちもまだまだだな」

「ええ。惚れた娘に振り回されているようでは、しばらくは望み薄ですわ」

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