第33話 口説き ? 惚気 ? いえ、拷問です

新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

二月末までは超不定期更新です。

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「という訳で、彼女たちはとてもすばらしい女性なんだ」

「どちらが正式な婚約者になってもおかしくない。そして、二人の友情で今以上に私たちを支えてくれる」


 近衛騎士たちに朗々と『惚気』を振りまく皇太子たち。

 さすがの『霧の淡雪』の二人もいたたまれない。


「あの、お二人とも、そのあたりでお止めいただけません ?」

「少し大げさに誉めすぎだわ。あたしたち、そんなに立派な人間じゃないから」


 リップサービスには慣れていても、近しい異性からの称賛経験がほぼ皆無の二人。

見知らぬ騎士様に向けての自分たちの評価に、穴がなくても掘って入りたい気分でいっぱいだ。


「何を言うんです、アンナ」

 

 ライがアンナの手を取ってその前に跪く。


「僕のアンナへの気持ちはまだまだ彼らに伝えきれていません」

「そうとも、エリカ。俺の大切なエリカを扱いした罪は重い。もっと思い知らさなければ」


 お願い。

 もう止めて。

 前世では皆無。

 現世でも皆無。

 二人の中で何かがゴリゴリ削られていく。

 

「わ、わたくし、お茶をいただいてまいりますわ」

「そうね。ちょっと待っててね、ファー」


 少女たちは顔を真っ赤にして部屋から逃げていった。


「見ましたか、ファー」

「ああ、見たとも、ライ」 


 二人を見送った男たちは顔を見合わせてニヤッと笑った。


「彼女たちは直接言われた言葉はただのお世辞と受け取っていました」

「だが他人に聞かせているのは誉め言葉だと思った」

「これはつまり・・・」


 近衛の騎士たちは二人の笑顔に鳥肌が立つ。


「彼女たちが戻ってきたらもう一勝負だな」

「ええ。この者たちにはもう少し付き合ってもらいましょう」


 飢えたグレイウルフのような目の光に、もしかしてあんな話をまだ聞かされるのかと近衛は恐怖する。

 そしてそれは大当たりでもあった。

 人数分のお茶とお茶請けを持って戻ってきた少女たちは、気の毒そうに自分たちを見つめる騎士たちと、本当にうれしそうな皇太子殿下たちの表情に、これから何が繰り返されるのかを理解して、回れ右して逃げ出そうとして失敗して捕獲された。



 集められた偽『霧の淡雪』。

 その数なんと二十五組。

 さすがに冒険者ギルドの訓練場では世話が出来ず、各居住地区の警備隊のブタ箱に入っている。

 年齢は十才から三十才まで。

 十才児は厳重注意の上、保護者に引き取られている。

 そしてなぜこんなことをしたのか。

 やはり皇太子殿下に会いたいと言う理由だった。


「三十路の組は瓦版屋に頼まれたと言っています。謎の皇太子に会って記事にしたかったのでしょう。記者の妻たちでした」

「十才の方はただ、きれいな帽子を被ったごっこ遊びだったぞ」


 御所のさらに奥の離宮。

 エリカとアンナの現在の居住地。

 本来であれば皇太子妃候補は皇太子と会うことは出来ない。

 が、冒険者としてとはいえ出会ってしまった以上、どちらが本物か教えなければいいだろうと皇帝は判断した。

 もちろんそれは皇太子二人がそれぞれを気に入っているという理由だ。

 男たる者これとにらんだ女性なら、けっして逃がすことなく手に入れろ。

 皇帝からはそのような指示が出ていた。


「なんでそんなに皇太子殿下にお会いしたいのかしら」


 候補にすらなっていない女性は門前払いに決まっている。

 たとえ後から皇太子に恋人が出来ても、決して正式な妻になることはない。

 既定の年齢まで最愛の相手と出会えなかった自業自得である。

 一目惚れから一気に皇太子妃になどということはあり得ない。

 そして『霧の淡雪』が皇太子妃候補になったという噂の出処がわからない。

 どんなに調査しても尻尾を掴めないのだ。

 

「それと近衛が二人を探しているいう噂だが、それも誰が言い出したかわからないんです。当然ですが近衛騎士団はそんな命令は受けていません」

「それともう一つ。近衛騎士と名乗って女の子たちと接触を図った者がいる」


 近衛騎士団。

 皇族警護が主な仕事だ。

 他国からの要人につくこともある。

 だがそれは王城内だけのこと。

 城を一歩出れば他の騎士団が警護に着く。

 近衛騎士団が王城外に出るのは、皇族の外出のみに限られる。

 皇太子妃候補を探しになどありえないのだ。

 そして素性の知れない人物が皇太子妃候補になることはない。

 妃殿下選出はそんなに甘くない。

 

「第一、候補になったらエリカたちがそうだったように、まず書状が届いて自ら出頭する必要がある。どの騎士団だって迎えに行ったりはしない。話題になった後で候補から外れたら、辛い思いをするのは本人だからな」

「じゃあ、その近衛騎士って偽物 ? 」

「ああ、そうだな、エリカ。そういうことになる。そして『霧の淡雪』ごっこをしたあと、家に帰らない娘たちがいる」


『霧の淡雪』は冒険者仲間では有名だ。

 そして冒険者ギルドに依頼を出す人たちの中でも。

 特徴的な帽子は冒険者は真似をしてはいけないし、服飾店でも販売することは許可されていない。

 だが、子供たちが似たような帽子を被るのは禁止されてはいない。

 ただし、冒険者姿でなければ。

 勘違いされるような服装でなければ、特に厳しくされることはない。

 子供たちであれば年齢がまるで違うので、逆に『霧の淡雪』の宣伝にはなる。

 だが、そうやって遊んでいた子供たちが数人、二日ほど前から家に戻らないと警備隊に訴えがあった。


「まさか、また誘拐事件 ? 」

「ええ。その線が濃厚です。そして行方不明者の居場所が掴めない。今度の犯人は元総裁ほど馬鹿じゃないようですよ」


 高額で他国に売り渡されて奴隷になった宗秩省そうちつしょう元総裁。

 元気にお仕事しているだろうか。


「そこでアンナとエリカにお願いです。例の。もう一度調査してください」


 前の時と同じように、不正に使われて王都外と行き来していないか。


自体は封鎖したわ。エリカ、必要なのはそれ以外のところかしら」

「そうね、アンナ。漏れがないかもう一度確認してみましょう。あ、でも・・・」


 お妃教育がある。

 彼女たちが動けるのは週に二日だけだ。


「侍女長、彼女たちの予定はどうなっている ? 」

「予定でございますか」


 部屋の隅に控えていた離宮の主が横の侍女から予定表を受け取る。


「さようでございますね。実はお勉強が異様に、いえ、とても早く進んでおりまして、全て終えるのはもう間もなくでございます。このままでいくと来月初めには婚約発表をしなければならなくなります。それは少々早すぎるかと」

「予定は半年先だろう」


 ファーがいくらなんでも早急すぎると顔をしかめる。

 まだエリカを口説き落としていないのだ。


「はい、ですからここでしばらくお休みを取られるのもよろしいかもしれません。詰め込み過ぎても身につきませんもの」

「そうか。教師にも休みが必要だな。よし、ここはみんなでしばらく長期休暇を取ろう。離宮の者たちも順番に休みを取るように」


 長期休暇と聞いて侍女たちは嫌そうな顔をする。

 お給金の中には普段の休日分も含まれている。

 だがイレギュラーな休暇となると・・・。


「じゃあ今回は有給休暇ってことになるかしら」

「そうね。無理矢理取らせるんですもの。それが妥当だと思うわ」

「なんです、ゆうきゅうきゅうかとは」


 聞いたことのない単語にライが首をひねる。


「お休みの間もお給金が出るということよ。わたくしの領都の制度なの。年に六日、そんな日があるの。病気をしたり用事が出来たりした時に使うのよ」

「アンナに教えてもらったけど、いい制度ね。使わなければ三年間は持ち越せるから、まとめて取って旅行に行く人もいるって聞いたわ」


 父の会社でも出来るかも。

 エリカの笑顔に侍女たちの目が輝いた。


「今回の休暇は任務みたいなものですもの。どうかしら、ライ ? 」

「そうですね、アンナ。確かに意に反した休暇です。考えてみませんか、ファー」 

「確かに。それに面白いやり方でもある。王城でも使えるかどうか奏上してみよう」


 異世界の王城に『有給休暇』という概念が生まれた瞬間だった。


「ところで侍女長。彼女たちの勉強が捗りすぎということは、アンナが皇太子妃候補としてかなり優秀ということですね」

「ええ、さようでございますわね」

「元総裁は悪事を働いたが、彼女たちを候補に選んだことだけは感謝しないといけないな。なにしろエリカは・・・」


 一日一回の惚気話に、侍女長はじめ総員急いで耳栓を装備した。

 もちろん候補二人にはそんな物は支給されていない。

 少女たちの拷問タイムが始まった。 

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