第32話 誰がこれ、ですって ?

 美少女冒険者デュオ『霧の淡雪』が皇太子妃候補になった。

 それは密かに流れてきた噂で、知らない市民の方が多かった。

 ギルドでも把握していなかったし、当然だが当事者の二人も知らなかった。


「そんな噂と彼女たちに成りすますのと、一体どんな関係があるんだ ? 」

「だって、だって」


 後ろでに縛られたまま娘たちはしゃくりあげながら言う。


「『霧の淡雪』はどこに住んでいるかわからないから、近衛の騎士様が城下町で探してるって。だからそう名のって仕事をしていたら、王宮に連れて行ってくれるって聞いたんです」

「そしたら妃殿下になれるし、なれなくても皇太子殿下のお顔は見れるし」


 ごめんなさぁいっと号泣する娘たち。

 その時ドアが叩かれて、警備隊の制服を着た男性が数名入ってきた。


「詐欺の容疑者がいると聞いてきたんだが」

「やだぁぁぁっ ! 」


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、もうしませんからゆるしてください

 泣き叫ぶ少女たちを荒々しく立ち上がらせる隊員たち。

 そこへ年かさの案内係が紙を持って入ってきた。

 ファーたちへの手紙だという。


「エリカ、アンナ。その帽子を取れ」

『 ? どうしたの、ファー」


 手紙から目を離したファーは眉間に皺を寄せて二人に言う。


「スラムの顔役からの連絡だ。『霧の淡雪』があそこにも現れたそうだ。それも三組も」


 この慈悲深い『霧の淡雪』が、薄汚いスラムの依頼を受けてあげますわ。這いつくばって感謝しなさい。


「なにそれ」

「信じられない上から目線ですわね」


 警備隊の偉い人が怪訝な顔をする。


「君たちはスラム地区とも繋がりがあるのか」

「ああ、あそこの依頼を受ける冒険者はいないからな。事後承諾という形で受けている。彼女たちもな」


 その場に居合わせた人たちがとんでもないという顔をする。


「だって、スラムよ」

「悪の巣窟だし」

「そんな中に入っていくなんて」

「何を仰るのっ ! 」


 アンナがピシャンと言う。


「この王都で暮らす同じ民ですのよ。困っていれば助けるのは当たり前でしょう。それともあなた方はあそこの住人は死に絶えてもいいとでも仰るの ? 」

「子供が病気になったから薬を買ってきてとか、ケガの治療薬が欲しいとか、あたしたちが受けるのはそう言った緊急性のあるものなんです。だってスラムの住民っていうだけで、お薬代を二倍三倍で要求されるんですよ。ただでさえ貧しい暮らしをしているのに、命にかかわるものをぼったくりされるなんて許せません」


 後ろ指を指される言われはないと胸を張る二人。

 そう言われれば確かにそうなのだが、スラムというだけで嫌悪感が沸き上がるのは仕方がない。


「とにかく王都に『霧の淡雪』が増殖している。本物は動かずにいてもらって、偽物をガンガン捕獲するぞ。警備隊の皆さん、協力をお願いします」

「非常事態だ。ただ警備隊の牢屋では収容するには狭すぎる。こちらの訓練所をお借りできないか」


 その場でギルドからの全冒険者に対する依頼が作成され、訓練所の貸し出し許可書が作られる。

 案内人が王都のグランドギルド、城下町の各支部に走る。


「俺たちも手伝う。人の名前で詐欺紛いのことをしてる奴は許しておけねえ」

「本物はここにいるんですもの。外にいるのは全部偽物よね。知り合いも集めて捕まえるわ」


 被害にあった人たちも走り出ていく。

 衛兵の一部は訓練場で偽物を収容する準備だ。


「近衛を出せ。噂が本当なら二人を探している振りをしておびき出せ」


 ライが小声で告げるとどこからかトンと音がして気配が一つ消える。


「ねえ、ファー。あたしたちはどうすればいいの」

「とりあえずここから動かないでくれ。今日は夕五つの鐘までギルドで待機だ。偽物と間違われたら面倒だからな」


 やることの無くなった二人。

 仕方なく始めたのは、やはりお掃除だった。



「冒険者の袋って素敵ね、アンナ」

「ええ、お掃除道具一式入ってこの大きさ。誰がこんな素晴らしい魔法の袋を考えたのかしら」


 見習である不可ふかからに上がると貸与される冒険者の袋。

 見た目はポシェットくらいだが、中はある程度の量を収納できる魔法がかかっている。

 もちろん無限に収納できるわけではなく、エリカたちのような新人であれば畳一畳か二畳程度だ。

 クラスが上がれば容量は少しずつ増え、数字持ちと言われる特別クラスになると馬車くらいなら十台は軽く入る。

 最高クラスの無量大数むりょうたいすうになると、どれだけ入るかわからない。

 伝説ではどこぞの国王に持てるだけ持っていけと言われ、宝物庫どころか離宮、正殿も袋に入れて立ち去った剛の者がいたらしい。

 謝り倒して返してもらったという話だが。


 冒険者たちの手垢にまみれた椅子やテーブルを磨いていく。

 ギルドの家具は基本木製で、特に難しい表面処理はされていない。

 重曹、水拭き、乾拭き。

 木製家具のお掃除はこの三点。

 毎日のお掃除なら重曹と水拭きはいらない。

 乾拭きオンリー。

 お昼ご飯ついでに厨房も掃除する。

 

「まだお昼一つよ。まだ出ていっちゃダメなのかしら」

「そうねえ。情報が全然入ってこないんですもの。ちょっと心配かしら」


 ついにやることがなくなった頃、昼三つの鐘がなる。

 と、ギルドの扉が荒々しく開いた。


「近衛であるっ ! 」


 キラキラしい近衛騎士団の制服を着た数人の美丈夫が入ってきた。


「己を皇太子妃候補と世迷い言を言っている『霧の淡雪』という女冒険者を探している」

「いかにもわたくし共が『霧の淡雪』でございます」


 軽食コーナーのテーブルで立ち上がるアンナ。


「ですが、残念ながら皇太子妃候補ではございません。そのようなお話は伺っておりません。騎士様にはどちらでお聞き及びでございますか」


 それなりに整った顔の騎士たちは反論されるとは思わなかったのか、目を合わせて口ごもる。


「皇太子妃候補と偽った女冒険者を捕えよとの命を受けている。それで各ギルド支部を回っておるのだ」

「ではまったくの頓珍漢な場所をお探しだと申し上げましょう。正確な命令は『霧の淡雪』を騙った女たちを捕えよでございましょう。今一度、命令書をよくご覧になってはいかがでございましょうか」

「しかし・・・」

「待たせた、エリカ」


 ようやくファーとライが戻ってきた。

 高身長の騎士たちに囲まれていた娘たちはホッとする。


「お帰りなさいませ。外はどんな様子かしら」

「ただいま戻りました、アンナ。ええ、いい感じで偽物がどんどん捕まっていますよ」


 突然自分たちと娘の間に割って入った冒険者を不審な目で見ていた近衛騎士だが、ハッと何かに気づく。


「こ、皇太・・・いたっ ! 」


 目の前の男たちと娘たちが騎士の足に一撃を入れる。


「騎士様、こんな入り口では落ち着いたお話はできませんわ。あちらの応接室に参りましょう」

「お、おう。それでは案内を頼む」


 奥に移動していく煌びやかな一群れ。

 それを目で追う案内人たち。


「すまん、偽『霧の淡雪』を捕まえたんだが、どこに連れていけばいいんだ ? 」

「こちらは二組だ。まだまだ増えるぞ」


 案内人たちは慌てて裏の訓練場に行くよう指示する。

 いきなりバタバタとしだしたギルド内に、職員たちは通常業務を一人に任せ、問題の方にかかりきりになった。



「皇太子殿下、一体こんなところで何をなさっているのです。今日は御所でお休みのはずでは」


 ギルドの応接室に案内された近衛騎士たちは、自分たちの前でゆったりと座る主に疑問をぶつける。


「休みだよ。だからこうやって城下町を視察しているんじゃないか」

「庶民の暮らしを知るのも我々の仕事だからね」


 ファーとライはいつもと違う気品に溢れた余裕のある対応だ。

 

「それでこちらのお嬢さん方は・・・」

「さっき名乗っていただろう。『霧の淡雪』。今一番注目されている新人冒険者だ」

「エリカでーす」

「アンナでーす」

「「二人合わせて『霧の淡雪』でーす」」


 いつもの自己紹介をする二人。

 

「ちなみにこの二人は正式な皇太子妃候補だ」

「え、これが ? 」


 これ ?


「ああ、がそうだよ」

「言っておくが『霧の淡雪』が皇太子妃候補になったのではない。皇太子妃候補が『霧の淡雪』になったんだ」

「彼女たちはスラム地区まで入って仕事を受けている」

「まさに次代の皇后に相応しい慈愛の心の持ち主なのだ」


 自分たちがパートナーにと選んだ女性を扱いされた皇太子たちからは、近衛騎士に対して笑顔の殺気が駄々洩れしている。


「ちょっとアンナ、あたしたち聖女様扱いされてるわよ、いいの ? 」

「いいんじゃない ? とりあえず騎士様たちに先制パンチは打ててるし」


 皇太子たちからの称賛の言葉と殺気を浴びながら、近衛騎士の一群れは茫然と立ちつくしていた。 

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