『霧の淡雪』増殖編

第31話 連なりの風は黒く

「変ねえ」

「変、ですわ」


 美少女冒険者デュオ『霧の淡雪』の二人は、城下町の雰囲気に当惑していた。

 以前は明るく声をかけてくれた住民の皆さんが、なぜか遠巻きにしてコソコソとしゃべっている。


「あたしたち、何か失敗したかしら」

わたくしたちがそんな不手際をするわけありませんわ」


 微妙な雰囲気の中冒険者ギルドの扉を開ける。

 と、途端に怒声が耳に飛び込んできた。

 それも一人や二人ではない。

 十人ほどが受付カウンターで怒鳴り散らしている。


「こっちは前金持ってトンズラされてんだ ! 」

「子供の面倒見るとか言っておいて、家の中の食べ物食べつくして消えたわよっ ! 」

「文字もまともに読めないくせして家庭教師 ?! なんて馬鹿を派遣してくるのっ ! 」


 受付カウンターで新人案内人が真っ青になって縮こまっている。

 先輩たちが落ち着くように言うが彼らはおさまらない。


「ごきげんよう、マリェクさん。この騒ぎはなんでしょう」

「あ、エリカさん、アンナさん ! 」


 不良案内人が一掃された後にたった一人残った見習案内人。

 依頼達成を邪魔された時に、勇敢にも達成ハンコで一人立ち向かってくれたお嬢さんだ。

 脳震盪を起こしてしばらくお休みしていたが、無事に復帰して見習から正式な案内人に昇格している。


「困りますよ、お二人とも。ギルドを通さない依頼は受けないでください。こんなにたくさん苦情がきてるんですよ」

「依頼 ? なんのことですの ? 」

「おい、その嬢ちゃんよりもこっちの話が先だ。早く『霧の淡雪』を連れてこい ! 」

「そうだ ! この後始末をしてもらうぞ ! 」

「『霧の淡雪』を出せっ ! 」


 これは一体何が起こっているのだろう。

 エリカとアンナはどうやら自分たちがなにかやらかしたらしいと理解した。

 だから、ここはしっかり自己紹介して理由を聞かせてもらうのが筋だろう。


「あの、おじ様方、少々よろしいでしょうか」

「ああ ? なんだ」

「エリカでーす」

「アンナでーす」

「「二人合わせて『霧の淡雪』でーす ! 」」


  タカ○ヅカ・スターの様に手を繋ぎ、片手を高く上げてポーズをとる。

 一瞬でその場がドンびいた。



 この大騒ぎに上の執務室から降りてきたギルマス。

 彼の指示で全員入れる広い部屋に移動。

 聞き取り調査が行われている。


「俺のところに来たのはこうボンキュッボンな二人組だったぜ」

「うちはフックラというかこうポンッとした体形の子だったわね」

「私のところは眼鏡の二人組だったわよ」


 被害者らしい人たちが自分たちが出会った『霧の淡雪』像を語る。

 どうやら全員違う『霧の淡雪』と出会っていたらしい。


「私たちはこの帽子が目印なんですけれど、同じ帽子を被っていましたか ? 」

「ああ、そんなに綺麗じゃなかったが、お揃いの変な形の帽子だったぞ」

「私のところに来た子はそれと同じだったわよ」


 なんだか自分たちが量産されているらしい。

 

「じゃあ、お前たちはまるで関わっていないんだな」

「係わるも何も、あたしたちが週に二回しか活動しないのはギルマスも知ってるでしょ? 先週来て以来ですよ、ここに来るの」

「それにわたくしたちが受注するのはファーとライが精査したものだけです。街に出て依頼の出ていない物を受けるなんてありませんわ。まして中途半端に投げ出すなんて、乙女の誇りにかけていたしません」


 そうだよなあ、とギルマスが街の人に聞く。


「なんでまたギルドを通さず依頼なんかしたんです。ここを通さず依頼を受けるのも、ギルドを無視して個人的に依頼するのも禁止されているのはご存知でしょう」

「そりゃ、そうなんだが、急いでいたんだよ。俺の店はここから遠いから、間に合わないと思ったんだ」

「私だって旦那がケガしたってんで現場に駆け付けなきゃいけなくて、だから子供を預かってもらわなきゃって。まさか一週間分の食料を食べつくして消えるなんて思わないでしょ」


 切羽詰まっているところを、自分たちは今王都で人気の新人冒険者『霧の淡雪』だと売り込んできたと言う。


「『霧の淡雪』って言えば街専まちせんでも仕事が早くて丁寧だって有名だし、さすがに美少女って言うのは嘘だなとは思ったけどな」

「ええ、噂は当てにならないと思ったわよ。あれで美少女なら私でもいけるわ」


 偽物たち散々な言われ様だ。

 しかしこれだけは確かめておかなければいけない。


「えーと、それであたしたちが本物なんですけど、やっぱり噂って当てになりませんでしたか」


 被害者たちが一瞬で黙った。


「お答え次第では、その噂を消して回らなければなりませんの。正直におっしゃって下さいな」


「おい、それは今関係ないだろう」

「「おおありですっ ! 」」


 美少女冒険者デュオと呼ばれているのは知っている。

 冒険者の腕と容姿が関係ないのも知っている。

 だがせっかく世間が付けてくれたその称号を他のデュオに、ましてどうやら冒険者ではない一般人に使われるのは腹が立つ。


「えっと、そりゃ、美少女だな」

「そうね。その辺の女の子よりは一段上だと思うわ」

「やっぱり本物は本物だわ」


 よし。

 本物は偽物と別格だと言う言質げんちはとった。


「ギルマス、すみません、大問題です ! 」


 新人案内係のマリェクさんがノックもしないで飛び込んできた。


「『黒と金』のお二人が物凄く怒ってやってきました。こちらに通しますから、お話聞いて下さい」

「邪魔する、ギルマス ! 」


 マリェクさんを押しのけて、ファーとライが入ってきた。

 後ろでに縛られた女の子たちを連れている。


「街でとんでもないものを見つけたので連行した。警備隊にもこちらに来てもらえるよう連絡済みだ」

「まったく、王都では一体何が起きているのです。信用問題ですよ、これは」


 ブルブル震えて涙目の女の子たち。

 パッと見た目エリカたちと似たような服装をしている。

 帽子もそっくりだ。


「ファー、何があったの。この子たちはどうしたの」

「お前たちの名を騙って冒険者ごっこしていたバカな娘たちだ」


 ファーがいつになく苛立って、連れてきた娘たちを床に転がす。


「街で自分たちのことを『霧の淡雪』と名乗って仕事を探していた。ギルマス、こいつらは冒険者か ? 」

「いえ、冒険者登録はされていません」


 マリェクさんが即座に答える。


「冒険者ギルドで登録した冒険者であれば、他人の名を騙って依頼をうけるような人はいません。それは犯罪行為です。この人たちは一般市民と思われます」


 一般市民、しかも成人して間もないような年齢。

 何故そんな娘が詐欺行為をしているのか。


「なんにしろ僕のアンナと似ても似つかない容貌で『霧の淡雪』を名乗るとは。身の程知らずにも程がある。許しがたい行為です」


 一瞬キョトンとしたアンナだったが、ライの言葉の意味に気が付いてカッと赤くなる。

 エリカに肘でわき腹を突かれて、お返しに背中をバシバシと叩く。

 そんな二人を無視して『黒と金』はギルマスに説明を求める。


「おかしい。何故急に『霧の淡雪』の偽物が出始めたんだ ? 冒険者など 山のようにいると言うのに。新人、しかも街専まちせんだぞ。討伐系が人気があるのは知っているが、一般市民が真似するほどか ? 子供の冒険者ごっこではないんだぞ」

「知るか、そんなこと。『霧の淡雪』は街専まちせんとしても新人としても超優良物件だ。わざと評判を落とされたりしたら、冒険者ギルドとしても大痛手だぞ」


 評判が落ちれば依頼が減る。

 個人ではなく冒険者ギルドに対しての依頼が減るのだ。

 だからどんな暴れん坊も、ギルド内ではともかく、依頼者の前や街中では常識的に振る舞う

 決していい加減な仕事で評判を落としたりはしないのだ。


「貴様ら、なんでまたこんなことをした。事と次第によってはただではすまないぞ」


 娘たちはブルブル震えて応えない。


「言えないか、おい、マリェク。一般市民が冒険者を騙って仕事をすればどうなる」

「よくて一年の労働奉仕。悪質であれば犯罪奴隷として他国に売り渡されます」

「いやぁぁぁっ ! 」


 女の子たちが悲鳴を上げて泣き崩れる。

 彼女らの前に膝をついて、落ち着くようにとライが言う。


「いいですか。あなたたちはまだ仕事をしていない。今ならただのマネっ子で済ますこともできるんです」


 ライの優し気な声に娘たちは少し落ち着きを取り戻す。

 だがその声とは裏腹に、ライの目が怒りで満ちているのにギルマスたちは気づいている。


「まだ支部ギルドの問題ですが、これが王都グランドギルドまで届いてしまえば、もう庇うことはできませんよ」

「・・・」

「話してくれますね」


『霧の淡雪』擬きの二人は、おずおずと口を開いた。


「街で『霧の淡雪』が皇太子妃候補になったって聞いたんです」


 なんだその正しい情報は。


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眼底出血のせいで更新が遅くなっております。

お待ちいただきありがとうございます。

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