第30話 閑話・だって異世界だもん !

 私の名前はレスティ。

 花の十八才。

 貴族ではないけれど、一応モデスト男爵様の遠縁にあたる。

 遠縁過ぎてもはや他人なのだけれど、そういう事を気にする人たちもいて、残念ながら今のところ良いご縁がない。

 まあ十八といえばまだ高校生。

 嫁入りなんてしなくてもいいんだけれど。


 はい、私はお約束の異世界転生者です。


 大好きな乙女ゲームの最新作、『エリカノーマ・フラワーロード 囁く君のその声に』を買って、さあファースト・プレイとスイッチを入れたら、なぜか目の前に軽トラが。

 ちょっと運転してるのは隣の村田のじぃさんで、今年九十になった記念に免許返納したって言ってたんだけど、まさか、ボケて忘れてる ?

 縁側を乗り越えてきたそれに潰されたのだと思い出したのが十五の時。

 確かに異世界転生にはトラックが必然ではあるけれど、自宅の居間で轢かれてっていうのは私くらいじゃないだろうか。

 異例な形での転生ではあったけれど、それから可もなく不可もなく過ごしている。

 だって私、死んだとき十四で、ラノベとかでいうチート、料理やら何やらのスキルなんて持ってなかったし。

 母が専業主婦だったから、掃除も洗濯も全部任せてたもの。

 前世を思い出した時には、もう今の母に色々家事を仕込まれていたから、特に洗濯機とか電子レンジとか欲しいとも思わなくなっていた。

 要するにラノベっぽい展開が一切無い一般市民だったのだ。


「ご領主様のお子様がご病気でね」


 ある日母が仕事の話を持ち帰った。

 ご領主のモデスト男爵様のご三男が王都で病に倒れられたという。


「一人暮らしでお食事とか気を使われていなかったらしいのよ。それでお前にお世話をして欲しいと奥方様から頼まれてね」

「王都って、ここから一週間もかかるじゃない。そんな遠くって行ったことないし」


 私の行動範囲はせいぜい隣村。

 それも一年に二回あるかないか。

 家族とも離れてそんな都会に行くなんて、ド田舎から東京にいくような感じだ。

 ちなみに前世の住まいは九州の片田舎だった。


「私なんかでお役に立つのかしら」

「あちらでは色々と教えてくれる人を用意してくれたって。助けて差し上げてよ」


 荷物は当座の着換えだけでいい。

 後で送るからと言われて、最低限のお金と荷物で駅馬車に乗り込んだ。



 王都は広くにぎやかだった。

 さすがに渋谷のスクランブル交差点とまではいかないけれど、実家近くでは一日に出会う他人は十人以下だったから、どこの通りでも人が歩いているっていうのはびっくりだ。

 何人もの人に道を尋ねながら施療院にたどり着き、雇い主の元に向かう。

 

「やあ、遠い所をよく来てくれたね。僕はヴィタリ・モデストだよ」


 個室のベッドの上の人を見た時、胸がドクンっと音を立てた。

 ヴィタリさんだ。

 ヴィタリさんがいる。

『エリカノーマ・エターナル 夢の宝石箱』のNPCだ。

 私の大好きなキャラが何故ここに ?

 でもビックリするのはその後だった。


「はじめまして。冒険者見習のエリカです」

「同じくデュオ『霧の淡雪』のアンナと申します」


 ダブル・ヒロイン、来たぁぁぁぁっ !

 エリカノーマとシルヴィアンナだぁっ !

 しかも冒険者姿って、これってあれだよね。

『エリカノーマ・コンクルシオ 出会いは春の嵐のように』ってことだよね。


 あ、この作品はお妃を目指すんじゃなくて、お妃教育期間中の別のお話なんだ。

 ヒロインたちは王都での行方不明事件を知って、冒険者になってそれを探って行くの。

 その時に対番として二人を指導、協力する男性キャラが実は皇太子殿下とその側近なんだけど、二人はそれを知らないままゲームは終わって、プレイヤーにだけ明かされるのよ。

 他のシリーズとは違って育成系じゃないから、ちょっと苦手っていう人たちもいたみたいだけど、謎の皇太子殿下がついにって話題になったわ。

 もちろんコミカライズ版もある。

 ヨサファートとライオネルの冒険者姿の時のワイルドな感じと、貴族姿の麗しさとのギャップにウットリしちゃったっけ。

 エリカとアンナの冒険にワクワクしながら、連載の続きを待っていたのは良い思い出。


 大好きな『エリカノーマ』の世界に転生してしまった。

 モブだけど。

 もしかしたら次はあの二人にであえる ? 

 そう楽しみにしていたら、お約束の誘拐からの奴隷候補に。


「なんだか巻き込んでしまったみたいでごめんなさいね」

「ちゃんとモデストさんのお家までお送りできなくて、申し訳ございませんわ」


 ヒロイン二人は謝ってくれたけど、ゲームの流れとしてはこの後二人の奇策で切り抜けるのよね。

 同じようにはいかないかもしれないけれど、ヒロインたちの落ち着きぶりを見るに心配しなくてもよさそうだと思った。

 実際、なんとかなったしね。


 冒険者姿のヨサファートとライオネルはかっこよかった。

 じっくり観察していると、二人がそれぞれどちらに気持ちがいっているのかわかる。

 ああ、そうか。

 こういう流れなのね。

 だとすると、皇太子妃になるのはあの子だ。

 色々収まるまで保護されていた皇帝陛下ご家族がお住まいの御所を辞したので、残念ながら貴族姿の二人を見ることは出来なかった。

 これでイベントが終わったと思った。


「ごきげんよう。こちらのお家での不具合などございませんか」

「安いお店とか、ご案内しますよ」


 全て終わってヴィタリさんの家に住み込んですぐ、あのヒロイン二人が訪ねてきた。


「お世話係の方のアフターケアまでが依頼なんです」

「ご心配なことがおありでしたら、何でも仰って下さい。わたくしたちが出来得る限りのフォローをいたしますわ」


 アフターケア、フォロー。

 そんな言葉、この世界にはない。

 もしかしたらヒロイン二人も転生者なのかもしれない。

 そう思ったけど、そうだとしてもこの世界で何の意味があるだろう。

 私はただ、彼女たちとの絆を断たないことに決めた。


「私は田舎育ちで、こんな賑やかな都会を知りません。できれば依頼とかそういうのではなく、お友達になっていただけますか」


 最初二人はびっくりしていたけれど、ニッコリ笑って言った。


「「お任せくださいませ !! 」」


 数か月後、思った通りあの子が皇太子妃として発表された。

 もう一人の子も側近と婚約した。

 私たち平民には知らされなかったけど、あの後もう一つイベントがあったんだよね。

 そちらのほうこそ関わりたかったのだけれど、二人からの事後報告で我慢した。


 そしてプロポーズを受けた時に気が付いた。

 私もヒロインの一人だったのね。

 今、私はレスティ・モデスト夫人となり、主婦業の傍ら外食チェーン、ヒナ・グループで企画担当として働いている。


 忙しくも楽しい毎日。 

 なぜか時々あの二人がお茶しに来る。

 全員子持ちのいい年なのに、国の重鎮の妻たちがこんなに簡単に抜け出してきていいのだろうか。

 どうせあの秘密の地下通路を通ってくるのだろうけれど。

 ゲームの後の世界は静かで穏やかだった。

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