第29話 そして二人は
総裁執務室と彼の自宅からは、人身売買の記録と某国からの指示書が発見された。
ただし指示書のほうは何十年も前の物で、呼び出された某国大使が真っ青になって否定した。
「ここに書かれている名前は過去に我が国で暗躍していた国賊で、私が子供の頃に処刑されています。まさかまだこのような計画が進められていたとは・・・」
某国は今、上を下への大騒ぎらしい。
この件に関しては必ずやご満足いただける報告と謝罪をするので、しばし時間を頂きたい。
そう正式な使者が伝えてきた。
なんと外交官ではなく、某国
なにしろ一国を乗っ取ろうと長期に渡って画策していたのだから、並大抵の謝罪ではすまない。
「国内が落ち着きましたら、改めて夫と共にお伺いいたします。ただいまは
両陛下の前で頭を下げる某国
このことが公になればただではすまない。
「この首でお許しいただけるのであれば、いかようにもお使い下さいませ。どうか、どうか民の命だけは・・・」
まあ、こういう状況だ。
攻め入られ国を潰されても文句は言えまい。
それでも国民だけはと一人敵地にやってきた勇気は見事と言えるだろう。
ここからは国と国との問題。
小娘たちの出る幕ではない。
◎
「偽エリカは修道院に送られることになったよ」
離宮の居間。
エリカとアンナは正式な皇太子妃候補として離宮で過ごしている。
今日のファーとライはしっかりと貴族姿だ。
「総裁の企みを知っていたわけではなく、単純に養女として貴族の家を渡り歩いてきただけらしい。ただ小さい頃から世話になった総裁には恩を感じているから、皇太子妃候補になってからは期待に応えようとしたんだろう」
「あのまま正式な妃になっていたら、総裁の意のままになっていたでしょう。水際で止められてよかった」
例の男爵令嬢は本当は全然別の名前で、候補になったときに皇太子妃に相応しい名前にと改名させられたそうだ。
胡散臭い様子はいくつかの家を養女として渡り歩いてきた結果、自然と身に着けた処世術のせいらしい。
それなりに苦労してきたようなので、修道院でしっかり教育し直してもらい、問題がなければお解き放ちになるという。
一般市民の移民という枠で。
そしてもう一人の引き篭もり侯爵令嬢の部屋は、もとより誰もいなかったそうだ。
抵抗する侍女を無視して押し入った先には、設えられた時のまま薄っすら埃を被った部屋があった。
「その侍女は掃除もせずに何をしていたのですか。我が家の侍女なら職務怠慢で厳しく処罰されていますわ」
「そういう問題ではないのですが。でも、引きこもりのアンナを想像するのは面白かったですよ」
侍女の方はいろいろ分かっていたようで、戒律の厳しい修道院に送られた。
驚いたことに侍女ではなく、総裁の愛人だった。
「あの、ずっと聞きたかったことがあるんだけど」
話が一段落したところで娘たちが切り出す。
「あなた方のうち、どちらが本物の皇太子殿下なの ? 」
「ああ、それですか」
対面式の時に二人が皇太子殿下として立っていたので、自分たちの考えは間違いではなかったとはわかった。
だが二人のどちらかというと未だにわからない。
「十才になると皇族男子は騎士養成学校に入るんだけど、その時は低位貴族として偽名を名乗るんだ。そしてそこで将来の側近を選ぶ」
「選ばれた側近と二人三脚で『皇太子』を演じるんです。どちらが本物の皇太子かは婚約発表の時にわかります」
皇太子殿下が夜会などに出て社交をしないのはそういう理由らしい。
ただこれは男子の時だけで、女児が第一皇位継承者の時はこの限りではないと言う。
「じゃあ今はあたしたちには教えてもらえないってこと ? 」
「我慢してくださいね、アンナもエリカも」
まあ、どちらかが本物だろうけれど、そういう事なら無理に聞き出す必要もないだろう。
「そう言えば家庭菜園はどうなったかしら。ハーブの様子も心配ですわ」
「あの屋敷は今、庭園管理部の管轄になっていて、菜園は造園課の職員が手入れをし、出来上がったものは職員の賄いに使われていますよ。ちゃんと面倒は見ていますから、安心してください」
自分たちの植えた野菜が有効利用されているのは嬉しいことだ。
「先生方の行方はわかったの ? やっぱり奴隷として売られてしまったのかしら」
二人以前に行方不明になった人たちは今だに見つからない。
あの時逃げられなければ、自分たちも同じように奴隷になっていた。
楽しく過ごしていたけれど、本当はギリギリの危ない所だったとファーとライに怒られた。
「大手の奴隷商人が関わっていたのはわかっているんだが、あちらもこれという証拠を残していない。しらばっくれられたらそれまでだ。永続的に調べていくしかない」
「そう・・・」
短い間ではあったが師と仰いだ人たちだ。
無事に発見できることを祈ろう。
◎
皇太子妃候補としてお妃教育を再開させた二人だったが、以前より少ないとはいえ休日はある。
そんな日はゆっくりとお茶を楽しむ・・・ようなことはしないで、エリカとアンナはスラムの顔役の家に来ていた。
「誘拐されてって聞いたときは驚いたぞ。すぐにお庭番から無事だと連絡があったからよかったが」
あの日は二人がいつまでたっても帰宅せず、何があったのかと心配して影を派遣した。
無事に解放されたとの知らせにホッとした。
「ごめんなさい、おじ様。ご心配をおかけいたしました」
「すぐに来たかったんだけど、色々とゴタゴタしてしまって」
まあ、いいってことよ、と顔役は久しぶりの美味い茶を飲む。
「それで、悪の親玉はどうなったんだ ? 」
「
少年の頃に秘密の指令を受けてから数十年。
主が何十年も前に失脚して処刑されていたと知った時、総裁の中で何かが壊れてしまったらしい。
「なんだか茫然自失って感じらしいの。でもお家は当然だけど取り潰し。財産は没収。これは被害者への慰謝料と捜索費用に充てられるって」
「お一人身なのでご家族が路頭に迷うこともなくてよかったですわ。でもご本人は・・・」
奴隷として売り出されることになった。
売り上げはもちろん被害者探索に使われる。
年が年だから肉体労働は無理だけれど、事務仕事専門の奴隷になるらしい。
教養の必要な仕事はお給金も高いから、奴隷がその仕事をやってくれれば報酬を支払わなくてよいので需要は多く、かなりの高値で取引されると言う。
「奴隷商売をしていたやつが、自ら奴隷に落ちるか。身から出た錆っていうか自業自得だな」
奴隷候補仲間は全員職場復帰している。
巻き込まれたレスティさんは無事にヴィタリさんの家で侍女をしている。
そのうちロマンスが始まるだろう。
エリカもアンナも楽しみにしている。
二人の訓練はヴィタリさんの家のリフォーム終了で達成扱いになっていて、あと一つの課題をこなせば正式な冒険者になれる。
「お前たちは皇太子妃候補なんだろう ? 冒険者になんかなっていいのか ? 」
「うーん、そのことなんだけどねえ」
ファーとライとも相談したが、どちらが妃殿下になっても、地下通路があるからにはかならず脱走するに違いない。
ならこのまま
地下通路のことはもちろんナイショだ。
一緒に通った皆さんにも、王家の秘密なので口外無用とお願いしている。
「せっかく始めたんですもの。途中で止めるのはどうかと思うのよ」
「皇太子妃候補と言っても、決定までまだ何か月かありますのよ。市井の生活と問題点などをしっかり見ておくことは、貴族として大切なことではないかと思いますの」
偉そうなことを言ってるが、本当は遊びまわりたいんだろうが。
そんな顔役の声を軽くあしらって娘たちは出ていった。
「お待たせ、ファー」
「大丈夫だ。時間通りだぞ、エリカ」
冒険者ギルドの前で二人の対番たちが待っていた。
「今日は最後の課題の育児だ。三つ子と双子が二組。合計七人の子を夕四つの鐘まで面倒を見て欲しいそうだ」
「ご近所でも有名な野生児だそうですよ。アンナ、大丈夫ですか ? 」
エリカとアンナは顔を見合わせてニッコリ笑った。
「「お任せ下さいませ !! 」」
たかだか七人。
元主婦の子育て経験者にとっては楽勝だ。
美少女冒険者デュオ『霧の淡雪』は軽やかな足取りで城下町を進む。
こんなキャラクター、どのゲームにも出てこなかった。
ゲームとは違う生活。
違うイベント。
皇太子妃候補なのは変わらないけれど、頼もしい友を得た。
ここはお約束の言葉で締めくくるのが相応しいだろう。
エリカとアンナ、二人の物語が始まった。
「え、何言ってるのよ。まだあのセリフを聞いてないのよ」
「そうですわ。あの二人のどちらが皇太子殿下かわからないではありませんの」
二人の物語は、始まらなかった。
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えっと、すみません。まだ続きます。
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