第34話 ダメって言われたらやりたいよね
大変長らくお待たせいたしました。 ご笑納くださいませ。
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心は折れている。
バキバキに折れている。
でも体は折れてはいないので、精神的ダメージを受けたまま地下通路に入る。
エリカとアンナが王家の秘密の地下通路の再調査を始めて三日目。
王城内と貴族街の出入り口のチェックは終わっている。
王城内には王都の外への出口はなかったし、貴族街では脱出するには王城から近すぎる。
出入り口の多くは城下町にあった。
「また結構な数があるのよね」
「そうね。でも、通路側と街中の扉は施錠してあるし、使われてるのは王都の外への扉よ。でもあの騒ぎの後、全部封鎖したはずなのに」
自分たちで作った詳細な地図を見ながら、アンナはまた一つ異常なしと書き込む。
「調べるのが城壁に沿った部分だけで良いっていうのは助かるわね」
「そりゃそうだけど、アンナ、王都をグルリは結構広いわよ」
そうなのだ。
目的地が決まっていればそこまでトロッコで行けば良いのだが、一つ一つチェックした後の帰りの便がない。
結局来た道を戻ってトロッコを回収するしかない。
めんどくさい。
めんどくさいが利点もある。
「ファーが着いてこないってだけで本当に気が楽」
「ライと離宮で会わなくていいっていうだけで、こんなに心が軽くなるなんて思わなかったわ」
朝食を済ませると用意されたお弁当と水筒を持って地下に潜る。
夕五つの鐘に離宮に戻る。
皇太子たちが離宮を訪れて良いのは、昼食時と三時のお茶の時間。
当然ここ数日は顔を合わせていない。
「あの二人があんなに饒舌だとは思わなかったわ」
「しかも意識して言ってるじゃない。ファーはともかくライが少女歌劇のようなセリフをいうなんて、はっきり言って反則だわ」
「アンナはいいわよ。あたしなんて下手すると
待っていたよ、私の天使
はあぁぁ。
前世ではこれを聞きたさに何度もプレイする女の子もいるというのに、現実にその危機にさらされている二人にとって、いらない知らない聞きたくないセリフだ。
見た目は少女。
中身はおばさん。
たった一つの秘密を隠す。
美少女冒険者デュオ『霧の淡雪』。
「エリカ、
「あたしこそ知りたいわ。なんでファーはあんな意地悪をするのかしら」
どんなにお願いしても他人がいるところで恥ずかしいことを言うのを止めてくれない。
まるで小学生男子のようだ。
近頃ではお昼もお茶菓子も喉を通らない。
二人だけで行動できる現地調査は本当にありがたい。
王城側からは出入りできないような措置を取っている。
あの二人が地下通路に入り込んで追っかけてくる心配はない。
「前はあんなに優しかったのに」
「いつも気遣ってくれてたのに」
皇太子たちの熱い想いは、彼女たちにぜんっぜん伝わっていなかった。
◎
「今日もまだ帰らないのですか」
「いくら仕事とはいえ、もう何日も会っていない。エリカは寂しがってはいないか ? 」
「お二人ともせいせいとしておいでですよ」
皇太子たちの問いに侍女長はやれやれと溜息をつく。
「ここのところご昼食も三時のお茶菓子もほとんど召し上がらなかったのに、お仕事を始められてからは活き活きとしてらっしゃいます」
「そんなことはないでしよう」
ライは否定するが、侍女長は腰に手をあてて二人を睨みつける。
「まったくお二人とも、騎士学校入学前の児童ですか。あんなに可憐なお嬢様方を虐めて、恥ずかしくはないのですか」
「虐めてなんて・・・」
「はっきり申し上げて、お二人にはガッカリです。どうしてあんな嫌がらせをなさるのですか」
壁際に並んだ侍女たちがウンウンと頷く。
「あの呆けたセリフを垂れ流すのはお止め下さい。このまま続けていると、皇太子妃候補辞退ということになりますよ。そして私たちはお二人にそう言う手段もあるということをお伝えいたします」
「な、なにを言ってるのです ! 止めてくださいっ ! 」
二人は慌ててとんでもないと言う。
「冗談じゃない。やっと生涯を共にしたいという女性に出会ったんだ。邪魔するなっ! 」
「しますともっ ! 」
平民から雇用試験を経て出仕した叩き上げの侍女長。
小さい頃から、成人してからもなにかというと口うるさく言われていた。
口答えすれば鉄拳制裁。
この年になっても逆らう気力はない。
「めんどくさいと周りに侍女を置かずにいたせいで女扱いがドヘタ。二人で仲良く遊び歩いているなら、夜の店くらい行っているかと思いきや冒険者ごっこで暴れるだけ。少しは女心や口説き方を学んでくださいませ」
「大体殿下方、あんなセリフをどこから持ってきたんですか」
居並ぶ侍女たちから容赦ない声が飛ぶ。
ファーとライは顔を見合わせてから小さな声で白状する。
「母上の乙女小説・・・」
「はあぁぁっ ?! バカなんですかあっ ?! 」
次期皇帝に容赦ない罵声が浴びせられる。
「信じられないっ ! あのセリフを本気で言う男がいるなんて ! 」
「あれ現実で聞かされたら軽く死ねる ! 」
「皇后陛下の乙女小説ってあれよね ? ホントにあれ言ってたの ?! 」
「何を言うんです ! 君たちだって聞いていたでしょう。何を今さら」
反論する男二人に、侍女たちは一斉にポケットからあるものを見せた。
「耳栓・・・」
「近衛騎士からの報告を聞いて、この子たちには予め支給しておきました。私も最初の二日間は聞いていましたが、さすがに我慢の限界でした」
若い侍女たちの冷たい視線。
侍女長の蔑みの目。
二人は無意識に正座をする。
「よろしいですか。乙女小説というのは乙女の夢です。夢であって現実ではないのです」
「・・・はい」
「実際にアレを言われたい娘はおりませんよ。あれはヒロインが言われているところを楽しむものなのです。突然あんなことを言われたら、十中八九、逃げだしますから」
え、そうなのか ?
男たちはポカンと口を開ける。
「なにもご存知じないのですね。これはしっかり教育が必要です。お覚悟はよろしくて ? 」
侍女長と侍女たちの黒い笑顔に、皇太子殿下たちは自分たちの死を覚悟した。
◎
一つ一つ扉を確認して回る。
王城からの出入り口には問題はなかった。
城下町から王都外への扉を確かめていた時、二人は一つの扉で異変に気が付いた。
「ねえ、アンナ。ここ、カギがかからないわ」
「変だわ。かからないって言うか、かかってるのに効いてない。壊れてるのかしら」
どこか壊れているのだろうか。
二人はそこから城下町に出る。
そこは商人たちの住まいの近く。
幾つもの倉庫が立ち並ぶ『倉庫街』と呼ばれる場所だった。
「修理した方がいいわね。出来るだけ早く」
「そうね。でもアンナ、早くここから離れたいわ。見つかったら大問題だもん」
そこはエリカの家にほど近い場所。
父が経営する外食チェーンの食糧倉庫もここにある。
本来王城の離宮にいるはずのエリカの姿を見られるのはよいことではない。
「時間も時間だし、離宮に戻りましょうか」
「ええ、そうね」
二人が隠し扉に向かおうとすると、彼女たちより先にそこに向かう影があった。
少女たちはすかさず建物の陰に隠れる。
「何か抱えてるわ」
「袋 ? でも動いてるみたい」
「エリカ、
「まあ、奇遇。あたしもよ、アンナ」
男たちは暴れる袋を担ぎ上げると、隠し扉の向こうに消えていった。
二人はしばらくそのまま隠れていたが、もうそろそろいいだろうと動き出す。
「追いかけちゃ、ダメな感じね」
「そうね。そのまま拉致られること決定ね」
でも、今を除いてはあやしい男たちの正体を探るチャンスはない。
「行きますわよ、エリカ」
「よろしくてよ、アンナ」
女の辞書には撤退の二文字はなかった。
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