第24話 逝け、膨大なる書物よ
学問バカこと学者のヴィタリさんちのリフォームは順調に進んでいる。
エリカとアンナは朝から晩まで本の分類だ。
だが、彼女たちは気がついていないが、城下町には不穏な空気が渦巻いていた。
「ちょっと、聞いたかい ? あの新人の女の子たちのお尻を追っかけている奴らがいるって」
「聞いたも何も、あたしは見たよ。コソコソと後を追っかけていくのをね。色恋沙汰とも違う胡散臭い感じだったから、用事がある振りして足止めしてやったよ」
この頃人気の女の子。
『霧の淡雪』の仕事の行きかえりをコッソリ追いかけるので、偏執狂ではないかと城下町では噂になっている。
それも一人や二人ではない。
チームを組んでいるらしく、日によって違う男たちを見かける。
「似顔絵とか廻状はちゃんと回ってるんだろ ?」
「もちろん。少なくとも城下町ならね。貴族街の方はわからないけどさ」
王都の名誉にかけて、かどわかしなど許さない。
もちろん、意味のない付きまといも。
王都の城下町には平民なりのルールがあったことに、貴族階級は気づいていなかった。
◎
「やっと四分の三が終わったわね」
「がんばったわ、エリカ。
冒険者ギルドの訓練場。
物凄い量の書籍は数を減らしてあと僅かだ。
それも半分は整理済みになっている。
「ねえ、アンナ。手の空いた皆さんが手伝ってくれてはいるけれど、資料の減りが早くない ?」
「それは
「やっぱりあれよね。お庭番の皆さんかしら」
まるで寝ている間に家事をしてくれる妖精のよう。
ありがたやありがたや。
感謝を込めて手を合わせておがんでおく。
先輩冒険者のファーとライ。
二人には専属のお庭番がいるという。
それ以外にも自由に動かせる人員もいるようだ。
エリカたちは二人から職業は冒険者としか聞いていない。
定期的に王城に出入りして依頼を受けているとは言え、一介の冒険者にお庭番とは、不思議に思わないほうがおかしい。
「やっぱり最初の予測通りで間違いないわね」
「ええ、ただどちらがって話になると判断に迷うわね」
エリカたちが初めてあの二人にあった日。
ピンと来た。
この二人のどちらかが皇太子殿下だと。
会えない婚約者候補に身分を隠して近づく。
少女小説の王道ではないか。
「金髪で礼儀正しいライかと思ったんだけどな」
「ええ、でも妙にフレンドリーなファーがって線も捨てがたいわね」
「態度、デカいもんね。命令し慣れてる感じだし」
「顔役がお庭番の話をした時も、しまったバレたみたいなアクションがなかったわ。お庭番がいることが当たり前っていうことよ」
隠そうともしなかったしね。
「あたし、ファーだったらいいな」
エリカが仕分けをしながら言う。
「だってあたし跡取り娘だもん。家を継いでくれる人を探すのって面倒だわ。今だって下心見え見えで近づいてくる従業員多いし」
親の事業には一切関わることのない普通の女生徒のエリカだったが、年に一度の創業祭ではオーナー家族として参加している。
厳格なルールのあるお貴族様と違って、一般庶民は未成年でも赤ん坊でも行事に参加することが出来る。
エリカもその日だけはお嬢様と呼ばれ、各店舗から選ばれた優秀社員から挨拶を受ける。
平々凡々な顔の彼女を誉めそやし、未成年のエリカを落とそうと躍起になる男性も多い。
そういう輩は全て両親に報告し、あまりにあからさまな相手はある日店から姿を消した。
「ファーが皇太子ならそのままお嫁に行けばいいし、違ったら婿入りしてもらえばいいわ。あの人なら、まあ楽しく一生すごせそう」
「一生楽しくって、そんなのでお嫁に行ってもいいの ?」
「うん、やっぱり傍にいて、一瞬でも嫌な気持ちになる人とは無理かな。ファーならどっちになってもあたしのこと大切にしてくれそう。アンナはどう ?」
どうと言われても・・・。
「
「あら、なんで ?」
アンナは仕分け済みの本に分類番号を張り付けながら考える。
「
ライなら真面目に領地経営に励んでくれそうだし、もし今の職を失いたくないと言うなら自分が領主代行として動けばいい。
だが一生のパートナーとしてどうかと言われると、どうにも具体的なイメージが湧いてこない。
「あれからなにかアプローチはあった ?」
あれとは、王城からの脱出前夜のハグだ。
「・・・何もないわ。一体なんだったの、あれは」
アンナは口を尖らせてプイッと横を向く。
あんな熱烈な告白らしきものをしておきながら、その後は元通り未成年の子供扱いだ。
付き合いたいなら付き合いたいで、もっとそれらしい態度を取れと言いたい。
釣った魚に餌はいらないというが、まだ釣られてすらいないのだ。
もっと盛大に餌を撒きやがれ。
「それにしても一体どちらが殿下なのかしら」
「そうねえ。ファーがそうだった場合、後で秘められた高貴な気配を感じ取れなかったのかとか言われそうだし、ライが殿下なら当たり前なのに何故気づかなかったって笑われそう」
「後は例のセリフを言いそうなのはどちらか、かしら」
仕分けの手を止め顔を見合わせる二人。
一斉に噴き出して大笑いしてしまう。
「ど、どっちが言っても似合わないっ !」
「どちらに言われても嬉しくないっ !」
待っていたよ、私の天使
「あの顔であのセリフを言われたら、噴き出すの我慢できる自信がないわっ !」
「封印っ ! 封印よっ ! 絶対に言わせちゃいけないわっ ! 全力で阻止よっ !」
好き放題ここにいない二人を笑い飛ばしていると、昼十二の鐘がなる。
「今日は二人とも来ないのね。お弁当、余ってしまったわ」
「もったいないわ。そうだ、影のみなさーん、いますかー」
エリカの問いかけにどこからかコトンと音がする。
どうやらエリカたちにもお庭番が付いているようだ。
「お弁当、余ってしまったの。良かったらどーぞ」
「二人の好きなおむすびですわ。どうぞ、召し上がれ」
高さのある天井に向かってソーレっと放る。
シュッと風を切る音がしてお弁当の包みは消えた。
「ファーたちの正体を知ってること、ナイショにしててね」
「あちらから話してくれるまで知らないふりをしますからね」
昼休憩の終わる頃、包みが戻ってきた。
前と同じように小さなお菓子と手紙が入っている。
「ご馳走様でした。妃殿下方からのお願い、承りました、って」
「お庭番さんが雇い主に隠し事。忠誠心はどこに行ったのかしら」
「頼んだの、あたしたちだけどね」
さあ、もうひと頑張り。今日で道筋をつけてしまいましょう。
すっかりリフレッシュした二人はまた本の山に戻るのだった。
◎
さて、その頃の王城。
庭園管理部園丁課の一室に十数名の者が集められている。
「迷惑なんだよ、君たちのような存在は」
園丁課の課長は苦虫嚙み潰したような顔で掃き捨てる。
「正式な職員でも無いのに城内や王都を我が物顔に歩き回られて、いかにも自分たちがお庭番ですというような態度は許しがたいものがある」
「じ、自分たちは
「お庭番と名乗れるのは園丁課に所属している者のみ !」
バンっと机を叩いて課長が立ち上がる。
「お庭番とは庭を司る者。薄汚い間諜擬きではない。本日をもって君たちは園丁課に所属となり、お庭番としての基礎の基礎から叩き直す。覚悟しろ !」
「ひいぃぃぃっ !」
翌日から王城の庭で草むしりに精を出す集団が見かけられた。
「
「みっちり鍛えれば中には『影』になれる者も一人くらいはいるでしょう。とりあえずアンナたちを付け回す集団もいなくなったことですし、そろそろ行方不明者を助け出しますか」
話しながらも目は手元の書類から離さない。
放っておいても自然と溜まる仕事を二人は黙々と片付けた。
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