第23話  そうか、君はこんなところにいたんだね

 冒険者ギルドの訓練場が貸し切り状態になっている。

 なぜかというと、例の学者さんのお家にあった全ての書籍と資料が集められているからだ。

 これを放置されていた場所ごとに『十進分類法』で整理していく。

 分類の仕方についての説明書が大きな紙に書かれて張ってある。

 これを見ながら大量の文書を片付けていくのだ。


 この仕訳を行うにあたって、少女二人は学術ギルドに連れて行かれた。


「素晴らしい ! これならどこにどんな本があるのかすぐわかります。今まで魔法はこの辺、地理はこの辺と大まかにわけていましたが、全ての本に番号をつければ図書館内の本の管理も簡単です。これは表彰物の発明ですよ !」


 前世の知識です。

 そう言えたらどれだけ気が楽だろう。

『十進分類法』を発明した先達の皆さん。

 ありがとう。

 あなたがたの知識の恩恵使用料は、あたしたち二人、無駄にせずに大切に使います。

 エリカは特許登録の書類にサインしながら誓った。

 ちなみに魔法は哲学の分類に入れることにした。

 宗教関係もそこなので、場所としては、まあ間違っていないだろう。


 その作業と会わせて冒険者ギルドから派遣された街専まちせんの技術持ちが、家のリフォームをしてくれている。

 生活の場以外を全て書庫にするのだ。

 高い所の本も取れるように設置する移動式の梯子。

 実はこれも建築ギルドで特許登録している。

 本棚の前を上部のレールを使い左右自由に移動できる梯子は、三脚や脚立のように場所を取らず、各書庫でどんどん活躍することだろう。

 少女二人の懐にはガンガンとお金が入ってくる。

 まだ見習冒険者だと言うのに、美少女デュオ『霧の淡雪』の名声はうなぎ登りだ。

 


 リフォームにあたって一応依頼者の学者さんの許可を取る。


「と、このように、家事室を寝室にいたします。お隣の部屋には現在進行形で使われていると思われる書籍と資料を集めます」

「一階の台所など生活空間の近くにお世話をする方のお部屋をご用意いたします。それ以外は全て書庫といたします」


 新しい家の間取り図の他に、絵の得意な人に頼んで書いてもらったイメージイラストを添付して提出する。


「家全体が図書館になるんだね。面白い発想だ」

「お世話する方もいらっしゃいますから、最低限の生活の場は確保しました。本棚が出来てからの搬入になりますが、資料が元あった場所がわかるようにいたします」

「出来ればこれからは同じ種類の本が同じ部屋に集まるようにされるとよろしいかと思います。その時はぜひ冒険者ギルドにご用命を。喜んでお手伝いさせていただきます」


 こんな本屋敷を作る人は、これからもどんどん本を増やしていくに決まっている。

 残しておく本、寄付すべき本、区別がつくわけがない。

 永遠に本を増やし、永遠に家を本で埋めていくのだ。

 宣言しよう。

 彼は十年以内にもう一軒家を購入し、その家もまた本屋敷にすると。


「ねえ、そう思わない、アンナ ?」

「・・・」


 治療院からの帰路、アンナが心ここにあらずの状態なのにエリカは気が付いた。


「アンナ、何か気がかりでも ?」


 スラムの顔役の家に戻って夕食の支度をしながら、まだ何か考え事をしているアンナに訊ねる。


「ええ、今日の依頼主の学者さん、見覚えがあるんだけど、どこでお会いしたか思い出せないのよ」

「アンナは貴族令嬢だもの。どこかの行事ですれ違ったんじゃないの ?」


 それはないとアンナは首を振る。


「未成年のうちは夜会やお茶会に参加することはないのよ。自宅で開かれるお茶会なら最初にご挨拶することもあるけど、わたくしの母は幼い頃に亡くなっているの。体が弱くて王都のお屋敷に住んだことがないわ。だからお茶会が開かれたこともないのよ。家庭教師の先生とも違うし、一体どこでお会いしたのかしら」


 そのうち思い出すんじゃない ?

 そう言って顔役の嫌いなピーマンの肉詰めを作る。

 トマトをすり潰したスープにニンニクや生姜を入れて臭みを取る。

 新鮮な野菜でサラダを用意したところで、アンナがポンと手を打った。


「思い出したわ。あの方、ヴィタリさんよ !」

「誰、それ」


 依頼書には家名しかなかったので気が付かなかった、とアンナが満面の笑みで説明する。


「四作目に出てきたNPCよ。『エリカノーマ・エターナル 夢の宝石箱』っていう作品なんだけど、勉強で躓いたりするとアドバイスしてくれるの。どのステータスを上げるか迷っていると突然出てきて色々教えてくれるから助かったってユリちゃんが言ってたわ」

「お嬢さん、ユリさんって言うんだ」

「あ、ただしくは百合子ゆりこね。で、ヴィタリさんって学問バカって呼ばれていて、微妙な人気でリメイク版のファンディスクにも採用されたのよ」


 学問バカ。

 依頼主をこれほど適格に表現した二つ名はあるだろうか。


「学問一辺倒で浮いた噂のない彼のお世話係として採用された女の子が、屋敷を掃除しながら彼との仲を深めていくミニゲームなの。本以外に興味のなかった彼と恋仲になるのがゴールね」

「あらぁ。不思議なところでキャラクター出現ね」


 最初の教師役五人以外はいないと思っていたのに、こんなところで出会うとは思わなかった。


「確かにあの家を綺麗にしてくれたら嬉しいわよね・・・と、ねえ、あたしたち、今まさに屋敷をお掃除してない ?」

「え ? あ、あらあらあらあら、じゃあお世話係の方って、やることがない・・・いえ、そんなことはないわ」


 元々の状態であれば、お掃除だのお料理だの出来るはずがない。

 エリカたちの努力で普通の生活が出来るようになるのだ。


「ここからが物語の始まりよ。きれいになった家で人間的な生活をするうちに二人は恋に落ちるのよ」

「落ちるかしら、そんな簡単に」


 あの本の柱が乱立した屋敷を作った張本人に、どうやったらロマンチックな雰囲気を作ることが出来るのか。

 むっつり顔の彼が少しずつ表情を変えていく様子に胸キュンするのだと聞いているとアンナは言うが、きっとこれから来るお世話係の腕に期待するしかないだろう。


「これは追っかけしたいわね」

「要観察案件よね」


 前世から一周回って涸れ果ててしまった恋心。

 でも他人の恋はまた別腹。


「アフターケアでお訪ねしてもいいかしら」

「もちろん。本棚の使い勝手とか聞きたいもん」


 二人の願いは『恋よ、続け』。

 まだ始まってもいないが。



「今のところ問題なく色々回っていますが、誘拐された面々は移動していませんね。生活面での情報はありますか」

「あれだけの人数だ。食料の買い込みが多い。ただ、足がつかないよう、買う店は分散しているそうだ。全て調べてあるがな」


 やれやれ。

 随分頑張っているようだ。

 そろそろ苦しくなっているだろうに。どこまでがんばるつもりだろう。


「総裁がどこやらと連絡を取っているぞ。もちろん相手は」

「あれですね。やっと動いてくれましたか」

「我慢勝負だと思っていたが、結構早く音を上げてくれたよな」


 もうちょっと辛抱するかと思ったんだがなとファーが鼻で笑う。


「アンナたちはどうですか。随分と評判が良いようですが」

「ああ、各ギルドからは期待の大型新人って評価が上がっている。外見もあって街でも人気がある。若い男たちの噂にもなっているぞ」


 可愛らしい容姿に抜群の衣装センス。

 礼儀正しく笑顔を絶やさない少女たちは、新人冒険者の中でも人気が頭一つ抜きん出ている。

 先輩冒険者たちへの弁えた態度でこちらも覚えめでたい。


「人気があるのは良いのですが、これからも冒険者を続けていくわけではありませんからね。どこかで手を引かせなければなりません」

「どちらか片方は未来の皇太子妃だしな。妃殿下候補が現役冒険者という訳にもいかないだろう」


 心配事はもう一つあった。

 少女たちが有名になりすぎたということだ。


「二人の正体に宗秩省そうちつしょう総裁が気づかなければいいのですが」

「あの人は貴族関係にはうるさいが、平民の方は司法省と市警の役目と言い切っているからまず大丈夫だと思うぞ」


 だと良いのですがね、とライは豪勢な革張りの椅子に体を沈めて言う。

 世の中『必ず』なんて存在しないのだから。



宗秩省そうちつしょう総裁は届けられた手紙を握りしめて唇を噛んだ。


「予定日過ぎても出荷されないから八割引きだと ?」


 確かに約束の日から過ぎてはいるがたかが二日ほどだ。そこまで値切られる理由がない。


「かわりに王都で一番人気の新人冒険者を寄こせとは。どれだけこちらをなめているのか」


 こちらの地位から足元を見られても仕方がないが、それはあちらも同じこと。

 お互いバレたらただでは済まないのに、なぜこんなにも上から目線なのか。

 鈴をならして部屋付きを呼ぶ。


「お呼びでしょうか、総裁閣下」

「城下に面白い新人冒険者がいるそうだが、詳しい報告を上げてくれ。できるだけ早く頼む」

「『霧の淡雪』ですね。承知いたしました」


 今日中にお届けしますと下がる部下を見送り、貴族社会にまで名が広まっているとは、どれだけ将来有望なのだろうと思う。

 皺だらけになった手紙を執務机の引き出しにしまう。

 いつもなら二重底を使うのに、今日に限って他の手紙と一緒にしてしまったことに総裁は気が付かなかった。

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