第22話 腐海が恋しくて
「腐海が欲しい・・・」
「アンナ、止めて。あたしも今同じこと考えてる」
任された学者の一軒家。
全ての部屋を見回った見習い冒険者のいエリカとアンナは、絶望的な声をあげる。
なにしろ二人お得意の汚部屋が存在しないのだ。
「汚れだったら楽なのよね。綺麗にすればいいんだもん」
「この資料の山に触れずにどうやって居住空間を作れって言うの。大体空いているスペースが洗面所とトイレとお風呂だけって、どんな暮らしをしてきたらこうなるのかしら」
タンス、引き出し、納戸、靴箱、食器棚、食糧庫。
収納部分の全てに本や資料が詰まっている。
学者の日頃使っていたと思しき部屋は、ベッドだけはきちんと整えられていた。
タンスに入っているべき衣料は張り巡らされたロープに引っ掛けられている。
ちなみに洗濯は専門の洗濯屋に頼んでいたようだ。
下着までも綺麗に畳まれて送り迎えの袋に入ってぶら下げられている。
「どう見ても数年放置してある本とか資料があるわよね」
「そうね。今一番使っているのはベッドまわりにあるものではないかしら」
一階に三部屋と台所、食事室、洗面所、居間、応接間。
二階にお風呂、家事室と寝室を含む四部屋。
どの部屋も前世で言えば全て十畳以上ある。
その全てが本と資料で埋まっている。
階段部分に本が置かれていないだけマシというもの。
「お風呂とかが無事ということは、まずは台所を使用可能にしないといけないかしら」
「そうね。それから親戚の方の一部屋と家事室じゃない ? 後はひたすら資料を整理しなくちゃね」
「研究のための部屋を寝室の隣に用意するのはどうかしら。やはり生活の場は別にした方が良いと思うのよ」
二人が各部屋を見回っていると、階下から何かが崩れる音と叫び声が上がる。
急いで階段を降りていく二人の眼下には、崩れた書籍の下敷きになったライとファーがいた。
「だっ、
「何を言ってるんですっ ! 早くこの本の山をどかして下さいっ !」
◎
「いたたたっ、まさか本に潰されて死ぬ思いをするとは思いませんでしたよ」
「皇太子とその側近、本に殺されるとか、末代までの語り草だよな」
執務室で痛むところに軟膏を塗りながら二人は愚痴る。
「しかし、あの二人は傑物だぞ。挫けない、慌てない、前向きな上に知識が豊富だ。驚いだぞ、あの仕分け方」
『
「適当に突っ込まれているようだけど、実はその時その時使った資料は同じ場所に詰め込まれているんじゃないかと思うのよ」
「資料に触るなと言っていたのは、自分でどの部屋にどの資料があるかわかっているということかしら。だとしたら勝手にほかの場所に移動してはいけないわね」
では、どうしたらいいか。
そこでエリカが言い出したのが・・・。
「「十進分類法 ?」」
「そう。資料と本をこの方法で分類していくの」
その資料の内容によって十の種類にわける。
さらにその中で細かく十にわける。
全てに番号をつけ、それを見れば何が書かれているかわかる。
「大学で図書館司書の資格は取ってるの。PTAとかパートとかはしなかったけど、図書館のボランティアはやってたのよ」
新刊本の入荷情報とか先にわかったしね。
もちろん一番に貸し出し予約を入れていたわ。
一応書籍購入リクエストも優先的に入れてもらえたし。
エリカは自分の欲望には忠実な主婦だった。
「本棚を作って、順番に並べておくの。各部屋の入口にどんな内容の資料が多いか書いた紙を貼っておいて把握してもらうのよ」
「放置したままの資料や本も多かったわ。なんなら後で依頼をしてもらえば、文学とか政治とか、部屋によって種類を集めるって作業が出来るわね」
そうしたらギルドは定期的にお仕事がもらえるんじやないかしら。
二つギルドに依頼してもいいって言われたから、本棚作りをお願いしましょうよ。
図書館見たいに天井までびっしりの。
左右に移動できるはしごもつけてもらいましょう。
窓のところに書見台があれば資料のチェックも楽だわね。
「家事室って八畳くらいと他の部屋より気持ち狭いじゃない ? あそこを寝室にして、衣類は全部あそこにまとめましょうよ」
「ロフトベッドにするのはいかが ? 下をタンスにするの。衣類はそこに詰めて、上に登る階段にも引き出しをつけて」
「靴なんかはそこに入れればいいわね」
二人の夢はどんどん広がって行く。
あちこちに青あざを作った冒険者は、そんな楽し気な少女たちを呆然と見ていた。
◎
「それで、誘拐された侍女さんと衛兵さんたちはまだ王都にいるの ?」
問題の家の屋上で、見習と対番の四人はお昼を頂いている。
通常は物干しスペースに使われる屋上にいるのは、別に天気が良くて風が気持ち良いからではない。
「お庭番が二十四時間見張っているから間違いない。今のところあの家から出た形跡はない。もちろん地下に出入り口があれば別だけどな」
「それはないわ」
アンナが断言する。
「出入り口の場所は把握しているわ。出入り口は全て城壁に面していて、個人宅の地下に繋がっているところはない。それは間違いないわ」
勝手に使われている扉に続く地下通路には厳重に鍵をかけた。
そして貴族街から城下町に続く扉の外と、城下町から王都外に続く扉の城下町側には、商業ギルドの許可を取った屋台をいくつか出している。
内容は数日で入れ替わり、定休日はない。
また営業時間も不規則で、それが一味が侍女たちを連れ出せない理由だ。
また夜間は出入り口付近の城壁の見回りを重点的に行っている。
夜中にこっそりも無理だろう。
「救出作戦は今練っているところです。この状態が続けば彼らは必ず苛立ってくる。十数名分の食事や生活の世話は、長期にわたって秘密裡に行うのは難しい。なんとかして王都の外に出ようとするはずです。そこを狙う予定です」
「そっちは俺たちがなんとかするから、二人は冒険者の方に集中してくれ。女の子に危ない橋は渡らせることはできないからな」
もちろんエリカたちだって足手まといになるつもりはない。
荒事は彼らに任せるつもりだ。
「必ず助けてあげてね。あたしたちに関わったせいで、命の危険に会うなんて理不尽だわ」
「鎧のおじ様たちだって、命令に従っただけですもの。きちんと仕事をしようとしている人がこんな目にんて、許せないわ。
ところで、と娘たちが話を変える。
「お庭番さんたちって、いつも二人の側にいるの ?」
「ん ? ああ、俺たちには常時必ず一人ずつ付いている」
「用事がなければ姿は見せませんが、どこかにいるはずですよ」
隠す物のない民家の屋上。一体どこに隠れているというのだろう。
エリカとアンナはお弁当のサンドイッチを二つ、ランチョンマットに包む。
「影の皆様、お昼の時間ですわ」
「後で食べてね。中身は卵とパストラミよ」
せーので真上にそれを放り投げる。
するとそれが空中でパっと消える。
しばらくすると包んでいたランチョンマットがポトリと落ちてきた。
「なんか包まれているわ」
「見せて、エリカ」
中から小さな焼き菓子と紙が一枚。
『妃殿下方へ。ごちそうさまです。休憩時間にいただきます。影一同』
娘二人が大喜びしたのは言うまでもない。
◎
なぜか物事が思い通りに進まない。
『出荷したはずなのに、受け渡しが出来ない。生活費はかさばるばかりだ。なぜ突然あのあたりに屋台が立ったんだ』
拠点のまわりにいくつかの屋台が出るようになったのは数日前。
住宅街の外れの屋台は、新商品のお試し価格での提供だったり、遠くの領地の特産品だったり。
商業ギルドに問い合われると、常設の屋台にする予定ではないので、場所代の安いこの場所を選んだということだった。
では夜ならどうかというと、旦那衆狙いの立ち飲み屋台が出る。
深夜、城壁の上に歩哨がウロウロする。
このままでは代金を受け取れない。
支払いは受け渡し完了の時という契約になっているからだ。
「このままでは赤字が出るばかりだ。なんとか受け渡しの方法を考えなければ」
総裁はサラサラと何か書きつけると、封蠟をすると机の上の鈴をならした。
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