第21話 出来る冒険者は九九だってできるのです

お待たせいたしました。

夏休みをいただきありがとうこざいます。

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 王都の城下町。

 貴族街に近い場所には騎士爵や大富豪などの屋敷が並んでいる。

 その一角の小ぶりな屋敷の居間に見習冒険者の二人はいた。


「まずご報告させていただます。息子さんは馬鹿じゃありません」


 エリカがズバッと言ってのける。


「何を言っているのかね」

「もう一度申し上げますわね。最初にお伺いした時に奥様は仰いました。父親である旦那様に似ておつむのほうがいささか悲しいと」


 確かにそう言った記憶がある。

 こんな子ですけれど、なんとかなりますかと。


「前回と今回、ご子息に課題を課しました。その結果を見てお話いたします。ご子息はおつむの出来が悪いどころか、大変上等であると申し上げても過言ではございません」

乗法の法則九九も覚えられないのに ?」

「それは乗法かけざんを理解していないからですわ」


 エリカは依頼対象の課題を見せる。


「あたしたちは彼にこれをやってもらいました。乗法かけざんの基礎です。つまり乗法かけざんの問題を加算たしざんで表してもらいました。数字ではなく絵で」

「最初こそ良く分からない絵でありますけれど、そのうちにこのようにしっかりした絵と字になりました。その上で今日は改めて乗法の法則九九を数字で書きだしてもらいました。その結果がこちらです」


 そこには丁寧な文字で乗法の法則九九が書きだされていた。

 もちろん全て正解である。


「単なる暗記なら誰でもできます。ですが、理解していなければ何度でも間違えます。けれど今、息子さんは乗法かけざんをしっかりと理解しました。ここからは快進撃の開始です」

「ご子息はケガなどで騎士として勤められなくなっても、文官として十分やっていけるだけの力をお持ちです。では、なぜその才能が発揮できないのか。それはご両親にあります」



 スラムの顔役の家に、またまた先輩冒険者がやってきた。

  

「今日は依頼を受ける日じゃなかったの、ファー」 

「いや、依頼の件もあるんだ」


 今日一日は家事をしようと思っていた少女たちは突然の予定変更に首をかしげる。


「依頼って、あなたたちが受けているもの ?」

「ギルマスから直々に頼まれたものがあるのですよ。それがアンナとエリカと関係があるのではないかと思いまして、少し話を聞かせてほしいのです」

わたくしたちでお役に立つのでしたら、いかほどでも」


 先輩の二人は今回の依頼と問題を説明した。

 行方不明者が出ていること、その中に二人に関わった侍女と衛兵が含まれていること。

 そして彼らが一緒にある場所に監禁されていること。

 さらに、門を使わず行き来している可能性があること。


「二人は地下通路をつかって王宮を脱出した。もしかしたら彼らも同じ方法を使っているのではないかと思うんだ。何か気が付いたことはないか ?」


 少女たちは顔を見合わせて、納得がいったか頷いた。


「地下通路を見つけてから、あたしたちは地図を作って出入り口を確かめたわ」

「ほとんどの出入り口は長い間使われていなかったから、開けるのにかなり苦労したのよ」


 油をさしたり釘抜きをつかったりして、頑張って開くようにした。


「でも、二か所だけ、簡単に開いたところがあるの」

 

 少女たちは茶器を片付け、机の上に大きな地図を広げた。

 手書きのそれは広大な王都の地下通路を詳細に網羅している。


「問題の二か所はこことここ」

「貴族街から城下町に出るここ。そして城下町から王都の外に出るここよ」


 そしてもう一枚、透けるほど薄い紙を出してくる。

 建物の設計などに使われるかなり高価な紙だ。


「これを重ねたらわかると思うけど、地上との対比はこうなるわ」


 王都の外に出る場所。

 それは侍女たちが拘束されている家のすぐ裏だった。



「と、このような理由でご子息は最初から、出来ないときめつけておられるのです」


 思えば息子にはこういって慰めていた。

 俺の息子だ。学問が苦手なのは当たり前だ。

 お父さんの血を引いているんですもの。多少成績が悪くてもね。


「やっても無駄と言われづければ、最初から努力する考えさえ浮かびません」

「これからは自分と違ってお前なら出来るかもしれないと励ましてくださいませ」


 できれば月に一度くらいで。


「そんなに少なくても良いのですか」

「逆に頻繁に言われれば、ご自分はからかわれているのではないかと疑います。ここぞという時に心を込めて言って差し上げてください」


 息子と数年しか年の違わない少女たちは、その後数日で乗法かけざんだけでなく除算わりざんも叩き込み、騎士の息子は居残りをすることはなくなった。

 長じて騎士団の経理を担当し、後に財政省に引き抜かれるのだが、それはまた別の話。



 採取、配達、家庭教師と三つの基礎訓練を終え、残るは二つ。

 家事と育児である。

 もうすぐお祝いがあるから掃除と片付けをよろしく。

 夫婦でおでかけしたいから子供たちを見ていて。

 街専まちせんではよくある依頼である。


「というわけで、本日は家事の依頼です、アンナ」

「ライ、何故そんないやそうなお顔ですの ? わたくし、苦虫かみ殺したような顔って初めて拝見したわ」

「あ、あたしも。ファーもなんでそんな顔なの ?」


 少女たちは不思議そうに先輩冒険者の心底嫌そうな顔を見る。


「この時期、学校を卒業した後冒険者登録をする者が多くて、簡単な依頼は争奪戦なんです」

「残ったものは新人では難しい物が多くなるんだが、達成すればそれだけ評価も高くなる。けれど失敗すれば評価も低くなってしまうんだ」


 本来であれば新人の基礎訓練は家庭教師なら小さい子の書き取りなどで、学生の家庭教師などが来るはずがない。

 そもそも加減乗除を習得している冒険者自体ほとんどいないのだ。

 しかしそのような依頼を短期間でこなした『霧の淡雪』は、年度初めに登録した同期よりかなり高いポイントを稼いでいる。

 またギルド内で不正を働いていた案内人たちを一掃するのに多大な貢献をしたということで、現在新人のトップを走っている。

 ただし、それを知るのはギルド職員のみ。


「家事というと料理や掃除などになるんだが、今回は緊急依頼だ。期間は六日。掃除と整理整頓と料理」

「本当はもっと以前に依頼があったようですが、引き受けようという冒険者がいなくて塩漬け一歩手前になっていたんですよ。アンナたちが引き受けなければ、受付拒否でギルドは違約金を払うことになるのです」


 受け取った依頼書を少女たちはじっくり眺める。

 依頼内容は先輩冒険者の言う通りなのだが、前提条件が問題だった。


「確かにこれは、引き受けるのはイヤかもしれないわ」

「そうね。ちょっと躊躇するような依頼だわ、エリカ」


 緊急入院した学者の家の掃除。

 故郷から親族が看病に来るから、それまでに部屋を掃除して生活できるようにしてほしい。

 到着した初日は慣れない王都で外食も難しいだろうから、簡単な食事の用意もお願いしたい。


「一人暮らしの学者の家なんて、何が出てくるかわからないわよね」

「資料は山積み、食糧庫は空っぽ。もしくは腐敗した食材で台所はドロドロ。目に受かぶようよ」

「どうしてそんな実際に見てきたような予想を・・・」


 ファーの疑問は実際にその家に入ってみて、二人の予想がドンピシャリであったことで解消する。


「思った通りよ、アンナ。見て、玄関にまであふれ出した資料の山」

「救いは台所まで書斎扱いされていて、食材どころか食器すらないことかしら」


 面倒くさがり屋の学者は食事は全て外食。

 家では一切の料理をしていなかった。

 水回りは使われることなく新品のまま埃をかぶっている。


「資料と本には手をつけてくれるな。自分と親戚の寝起きするスペースを確保しろ。水回りを使用可能にしろ。確かにこれは引き受ける冒険者が出るわけがないわね」

「後は任せるからって全財産渡すのはどうかしら。入院費用とかこれからの治療費もあるっているいうのに、やはり学者馬鹿って存在するのね」


 仕方がないのでそれはギルドに預けて、治療院から退院までの大体の金額を聞き、それに依頼料を足す。

 さらに退院後のひと月分の生活費も加えて、残った金額の三分の一を修復費用に充てることにした。


「大丈夫 ? 今回は状況が状況だから、ファーとライの対番も参加していいわ。後、二回だけギルドから応援を出してもいいってギルマスが言ってた。いつでも声をかけてね」


 現状を確認している案内人のお姉さまがそう言ってくれる。

 これを六日でやれって、あり得ないでしょう、と。


「ありがとうございます。ゴミ出しとか大物の移動の時にお手伝いいただけますか。さすがにこれだけの量は四人ではむりですので」

「精一杯やらせていただきますわ。病み上がりの依頼者には、清潔なお家で過ごしていただきたいと思います。ねえ、エリカ」

「「お任せ下さいませ !!」」


 やる気満々の見習冒険者の二人に、先輩と案内人の三人は本当に間に合うのだろうかと不安を隠せなかった。

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