第20話 影のロマンス

 その日、朝一番でライとファーがスラムの顔役の家にやってきた。


「どうしたの。門の前で待ち合わせって話だったよね」


 二人を中に招き入れ、少女たちは五人分のお茶を淹れる。


「内密に知らせておきたいことがあるんだ」

「おやっさんのところにも連絡が来ていますか。王宮侍女行方不明について」


 おい、おれはいつから『おやっさん』になったんだと突っ込む顔役。

 それをまあ座ってと少女たちが爽やかな香りの紅茶を配る。

 スラムで使うものだけあって、最下級の品を高く売りつけられたものだが、娘たちの手で丁寧に入れられ良い香りをはなっている。


「俺のところにはまだその報告は来ていないが、間違いないか」

「ああ、今は城下町で閉じ込められているそうだ」

「ねえ、それってあたしたちのところに通っていた人 ?」


 エリカの言葉に男たちがハッとする。


「やはりそうですのね。そして消えたのは四人全員で間違いありませんか」


 そう言えばこの娘たちは最初から言っていた。

 口封じに消されているかも、と。


「わかっていたのか」

「違うわ。あたしたちだったらそうするって思ったの」

「口封じは悪事には定番ですわよ」


 言外にあなたたち甘いんじゃないと言ってくる娘たち。


「場所移動してないならまだ静観していて大丈夫ね」

「次はきっとあの鎧のおじ様たちだわ、エリカ」


 拉致るならどうやる ?

 任務を言いつけて城下町に出す。

 どんな任務 ?

 わたくしたちを探せというのが一番適当かしら。

 うん、任務を遂行せよでいいんじゃない ?

 そして協力者を紹介しておく。

 その協力者はもちろん総裁の手先ですわね。

 そのままアジトまでご案内でいいかな。 

 そしてそこには王宮侍女の皆さんがいらっしゃるのよね。


「「そんな感じでどうかしら ?!」」


 ワクワクのドヤ顔で同意を求める少女たち。


「なんだ、その企画立案は」

「あなたたち、本当に成人前ですか」


 コトリ。

 テーブルに小さく折りたたまれた文が落ちてきた。

 顔役がそれを広げて読む。


「遅ぇわ。今頃あんたらの言った情報がきたぜ。侍女行方不明」

「あー、僕のとこには昨日の午後でしたが」


 影が正式な雇い主を優先するのは当然だなと顔役は言う。


「影がいるの ?!」


 娘たちが何かを期待するかのように聞いてくる。


「あ、ああ。いるが、それがどうした ?」

「えーと、もし良かったら、会わせて頂いてもいいかしら」


 ライとファーは顔を見合わせてどうしようかと相談する。


「いいんじゃね ? どうせ長い付き合いになるだろうし」

「確かに。ここは顔合わせをしておいてもいいでしょう。いますか、影」


 ライが声をかける。

 するとの服を着た男が二人現れた。

 彼らはスッと膝をつき頭を下げる。

 

「影をお呼びか」

「影はここに」

「「キャァァァっ !! 影、きたぁぁぁぁぁっ ! 」」


 少女たちは目をキラキラさせて控える二人を見つめる。


「聞いたっ ?! アンナっ !」

「聞きましたとも ! 影よ、エリカっ !」


 二人は手を取り合ってはしゃいでいる。


「仮面の人よっ ! 青かしら、赤かしらっ !」

「やっぱり一押しは白よっ !」

「あーっ ! ギヤマンの鐘がっ !」

「金目様がっ !」


 夏休みになると各テレビ局が子供番組の再放送をする。

 これと『銀色の巨人』は必ずやっていたし、珍しいところではアニメとの合成で変身する狼の話なんかもあった。

 まさかあの主人公のお兄さんが、その後国民的刑事ドラマの主役になるとはあの頃は思いもしなかった。

 これらが始まると、ああ、夏が来たなという気持ちになった幼い頃。

 二人はウットリとひざまずき控える『影』たちを眺めた。


「あ、あの、ご用がなければ失礼しても・・・」

「あー、うん。戻っていいですよ」

 

 変だ。

 こういう展開を期待して呼び出したわけじゃないんだが。

 居たたまれない様子のお庭番たちを下がらせる二人。


「あーあ、行っちゃった」

「もう少し眺めていたかったですわ」

「君たちはお庭番に一体何を期待しているのですか」


 呆れた声で尋ねるライに二人はきっぱりと答える。


「「ロマンっ !! 」」

「なんだ、そりゃ」


 お庭番に求められるロマンとは。

 それが何なのか、ライとファーにはさっぱりわからなかった。

 もちろん『おやっさん』になった顔役にも。



 その日の訓練は家庭教師だ。

 騎士養成学校の三年生。

 乗法の法則九九が記憶できず、居残りが続いていると言う。

 それをなんとかしてほしいというのが依頼だ。

 日数は決まっていないが、相手が完璧に覚えるまでとなっている。

 生徒が馬鹿でないことを祈る。


「三年生って言うと十三才ね」

「これって冒険者ギルドに依頼を出すものかしら。家庭教師を雇ったほうが早いんじゃない ?」


 貴族街の手前。

 そこそこの大きさの家の前に立つ。

 依頼書によるとこちらは騎士爵で正式な貴族ではない。 

 代々優秀な腕の騎士を輩出しているのだが、如何せん頭の方が残念で、それなりの地位までしかいけないらしい。

 多分、剣の腕ばかり磨いて頭を磨くの忘れてたんだろう。

 家庭教師は高いから、お試しで冒険者ギルドに依頼したのだろうか。


「まず、どの程度覚えているか確認ね」

「その後どういう覚え方をしているのか聞きましょうよ」

「性格も大切な要素よ。それ次第で教え方を考えないと」


 二人は家の扉を大きくノックした。



「承りました。必ずや発見し保護いたします」

「頼みましたよ。君たちだけが頼りです」


 宗秩省そうちつしょう総裁は警備隊の分隊長に指令書を渡す。

 先日娘たちの拘束に失敗した男だ。

 これを始末すればあの二人の事を知る者は王城からは消える。


 分隊長にはあの家に住んでいた娘たちが攫われたと説明する。

 どうやら城下町へと連れて行かれたらしい。

 なんとか救出して欲しい。

 誘拐されたと知れると彼女たちの将来にかかわる。

 協力者の家で平民に変装してくれ。

 そして密かに王城に連れ戻して欲しい。


 分隊長はすっかりこちらの話を信じている。

 攫われた少女を救い出すなど、男にとっては夢の仕事だ。

 救い出されたかわいい娘たちに感謝されることしか思い浮かばないだろう。

 モテない男は扱いが楽だ。

 総裁は自分の計画の完璧さに一人満足する。

 まさかそれが孫のような年の少女たちの計画と全く同じだとも知らずに。



「それでは少し休憩いたしましょう」

「ありがとうございました」


 対象の私室を辞して空いている部屋に移動する。

 ここはエリカとアンナの控室になっている。

 一日二日では乗法の法則九九は覚えられないだろうと、依頼主が用意してくれた。

 こちらの話が外にも聞こえるように扉は開けたままにしている。


「頭は悪くないみたいだけれど、なんだろう。思い込んでる部分があるみたいだと思わない ?」

「そうね。そこは親御さんの責任だと思う。後、バラツキがあるわね。普通苦手な六の段と七の段は完璧。代わりに三の段が怪しいってどういうことかしら」

「そもそも乗法かけ算の意味をしっかり理解しているかを知りたい。まずはそこを確認しましょうよ、アンナ」

「そうね。数字だけ覚えていても、応用に繋げられなければ何の役にもたたないものね。九九どころか二桁三桁の乗法かけ算が出来るくらいにまでは仕上げましょうね」


 依頼対象はとんでもなく壁を引き上げられていく。

 先輩冒険者たちはこの一週間でどんな地獄が見られるかと背筋を寒くした。



 その日の夕食時。

 再び根本の赤い羽根が届いた。


「アンナたちの言う通りでした。警備隊の分隊が行方不明です」

「エリカたちの言うとおりとは、まさか本当に ?」


 届いた文には少女探索に出された分隊の十人が、例の家に入ったまま出てこないとあった。

 例の家。

 王宮侍女たちが連れ込まれた家だ。


「明日は訓練のない日ですが、アンナに地下通路について教えてもらわなければ」

「ああ、エリカなら詳しく知っていそうだ」


 とりあえず明日朝一で出られるよう、書類仕事を急ピッチであげる。


「ところでファー、あなたは何故あの二人を呼ぶときエリカを先に呼ぶんですか」

「・・・ライ、お前だってアンナのことを先に呼んでいるぞ」


 暫し見つめ合ってしまう二人。


「仕事をしましょうか」

「ああ」

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